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俺の投降、受ける嘲笑

「おーい! 敵対国ペテルギウスの皆さんこんにちはー!」

 俺は逃げも隠れもせず山から降りて、自分が此処にいる事をアピールした。

 当然、大勢の兵達が押し掛ける。剣や槍を振りかざし、あっという間に包囲陣を組んだ。


「両手をあげて伏せろ! 貴様が例のゴブリンだな!?」

「はいはい、仰せの通りに」

「どういうつもりだ……! まさか投降の為に来たのか」

「そのまさかだ。おめおめ降伏に参りましたよっと」


 騒然とする周囲をよそに俺は腕を頭の上から前に差し出した。

「ほら、さっさと手錠でもしてくれ。抵抗できないように。それとも何だ? このまま全員でフクロにする気か? そちらのお偉方は生きている俺を見たがると思うがね」

 矛に突きつけられながら、俺は涼しい表情でそのまま身柄を拘束された。



「アレが噂の」

「……醜い。あんな輩に勇者殿がやられたというのか」

「許せんな……! この手で断罪を施したいものだ」

「よせ。執行人に任せるに越した事は無い」

「確か、刑は酌量の余地なく断頭で確定らしいぞ。衆目に見える様、城下町の広場にしばらく残すそうだ」

「こんな化け物の首を街のど真ん中に飾るというのも、困り者だろう」

「違いない。しかしそうでもしないと気の済まない民はごまんといる。出過ぎた真似をした報いに相応しいと思うぞ」



 アーチ天井のある馬車に揺られ、鉄の鎖に繋がれた俺は相席する兵士達の会話を耳にする。隠す気も無いらしい。侮蔑と、怨嗟が見え隠れする視線と声に晒されていた。

 針のむしろに座らされるこの感覚。こっちが当たり前だった頃に逆戻り。安らかな最期は、迎えられなさそうだ。


 まぁ、この兵士の言っている事も一理ある。出しゃばったゴブリンに相応しい、この世の幕引きだ。


「しかし、こんなゴブリンが具体的にどうやって勇者殿を再起不能にしたのやら」

「あの見た目で先日のリゲルで行われた闘技大会で優勝したそうだ」

「はは、ありえん。国王の怒りを買うって事は何か卑劣な手でも使ったに違いない。なぁ、そうなのだろう貴様?」


 俺の名など知らぬ存ぜぬで、『ゴブリン』や『貴様』といった呼称で扱われる。家畜みたいな扱いだった。


「どうだろうね、あの勇者様が実はこんなゴブリンに負ける程弱かったって事じゃあないかな」

「おい、あんまり口が減らないと」

「言わせてやれ。余生の分を喋っているんだ。いずれ嫌でも話せなくなる」

「話が分かるぅ。あ、もしもの為にとっておいた荷物の中に金があるんだ。送ってくれる駄賃にくれてやろう」


 誰がお前みたいな奴の手垢のついた金なんて、みたいな反応だった。金貨が結構あると思うんだけど。

「で、さっきの話の続きだが、気を付けてくれよ。手錠をかけているからって油断していると痛い目を見るかもしれないからな。刑の前にレベルを秘跡ミサで初期化させる事を勧めるぜ。勇者殿と同様にな」


 蹄と車輪の音だけが残った沈黙の後、どっと笑いが巻き起こる。一蹴だった。

 一部も理解の無い嘲笑。でも、慣れ切っているさこんな待遇。他人が想像だに出来ない程の偏見と差別をこれまで受けてきている。


「ワハハハハ! 冗談も大概にしてくれ。そんな細っこい腕で俺達のこの数に勝てると宣うとは」

「ゴブリンと言えば下級の中でも最下層に位置する魔物だろう。俺一人でも勝てるね」

「こんな奴がのさばる様な大会だ。リゲルもレベルが低すぎたのさ。卑怯な手で負けた勇者殿が不憫でならないな、優勝も間違い無かっただろうに」


 まったく、見聞の無い連中には一切信用されないか。しかし、妙な違和感を覚える。

 俺が暴れるとヤバイぞ? というやる気の無いハッタリで警戒を引き締めさせ、逆に緊張感を和らげた所で俺は聞いてみた。

「ところでその勇者殿ってどうなったの? 秘跡ミサを受けて牢獄にぶち込まれたって聞いたけどさ」

「何を言っている。貴様が二度と闘えない身体にしたのだろう? この度の試合で深手を負い、やむなく勇者を引退なされたのだ。牢屋で会えると思っていたのか?」

「引退?」

「しらばっくれるな。酷い重体を負わせ、国の支えを奪ったゴブリンを許すわけにはいかん、と陛下が直々に申されている」

「……へー。そうなんだ」

「何を他人の振りをしている。全部貴様が悪いのだろう」


 話が変だな。牢獄に送られたって認識が兵には無いみたいだ。隠蔽か?

 俺が蹴落とした勇者カイルの名声が、ペテルギウスにまで浸透していない。あたかも、俺がカイルを一方的に倒して二度と闘えなくさせたみたいな流れになっている。

 国王からの言伝も、一緒にカイルへの罰を付した事など無かった事にされた様な物言いだったし。もしかしたら都合よくあのペテルギウスの王が国中に事実を捻じ曲げたのかも。

 

 今更そんな事どうでも良いけど。国への怒りを買ったという事実は変わらないのだから。

 アーチの外から空が見える。青空が広がっていた。

「良い天気だ」


 この青い空ともこれで見納めか。鉄の枷にはめられながら、俺は自分の処遇を受け入れていた。

 これで良い。全てが穏便に済むのなら、俺の命なんて物の数にも入らない。

 天涯孤独でもおかしくなかった俺の立場としては、とても恵まれていた部類だったと思う。


『結局お前の行為はただの逃避なんだよ。お前は別に、誰かの為だとか被害を食い止めようとかそんなつもりで動いている訳じゃあない。所詮は建前さ』

『気付いてないだけかもしれないが、お前は結局我が身可愛さで今回動いたんだぜ?』

 不意に脳裏をよぎる、夢うつつに届いた糾弾の言葉。そんな事言ったって、こうする他にどうしようもないだろう。

 俺が出来うる事の中で最善で間違いない筈--


 そんな頑なに自分の破滅へと向かう俺の道中だが、事態が変わる。

「う、うわぁああああああああ?!」

強い爆発と、騎手の喚きが耳を貫いた。馬の悲鳴と共に馬車が止まる。

「どうした! 何が起きた!?」

「敵襲! 敵襲ゥ!」

「おのれ何者だ、ペテルギウスの兵に喧嘩を売る馬鹿どもはァ! 早々に蹴散らしてやる」

「ゴブリンはそこにいろ! 良いな!? 勝手に動けば容赦しないからな!」


 アーチの中で色めき立った兵士達が降りていく。襲撃者を撃退すべくして果敢に向かうが、騒ぎは収拾される気配が無かった。

「ヒィィ……!」

「何だあのバケモンは?!」

「こ、この野郎――ぐわぁああッ」

「逃げろォ! 退避だァ!」

「捕虜はどうするんですか?!」

「捨て置けェ! 食い殺されるぞ!?」


 それなりの警護に数を誇った兵達は何を見たのか、戦意を喪失させて、今まで通った道を一目散に逃げ出していく。手綱を引きちぎって馬も何処かへいなくなった。何かが燃える音と共に、俺は完全に取り残された。

 何が起こっている。嘘だろ。俺を敵国に送る騎士に逃げだされては計画が台無しだ。

 動くな、と言われながらも状況確認の為に荷台から出た。その矢先、影が地面を覆う。



「グルルルル」

 今にもかじりつこうとする様な獣の唸りが間近で降りかかった。振り返ると、

「お前……」

 赤い鱗を纏った巨大な竜。馬車の行く手に火を噴き、空から来襲したと思わしきコイツに、兵士たちが怖れを成したのは間違いないだろう。

 竜の背後には、人を引き連れていた。見慣れた者達だった。いいや、このドラゴンの事も良く知っている。


 赤き竜は枷を爪先を一振りで壊すと同時に、変化を行ってみるみる姿を小さく変えていく。

「大馬鹿者がっ」

「ぐぉっ」

 そして赤い衣を纏った美女に姿を変えて、俺の前に詰め寄ったかと思うと、長い尾をしならせて俺を罵る。

 重い一撃に吹き飛ばされて尻餅をついた俺に、薙ぎ倒した本人は冷たく紅い瞳で見下ろした。


「勝手な行動をしおって、探したぞこの大馬鹿者!」

 アルマンディーダの顔はこれまでにない程、烈火の如く怒りを露わにしていた。

次回、修羅場

次回更新予定日、1/26(木) 7:00

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