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俺の通達、非情なる要求

 アルデバラン城に強国ペテルギウスの使いが訪れる話が俺にも伝わった。そこに同席を求める様、王女ティエラからのお達しが届く。

 前回、リゲル国の闘技大会で優勝を果たしてペテルギウスの国王とのコネも獲得しており、恐らく向こうは竜人の繋がり欲しさにこちらを呼びつけたいと考えているみたいだ。


 この時はまだ知る由も無かった。急転直下の事態が差し迫っている事に。


「良いかグレン、我々アルデバランもトゥバンのバックアップによって力関係が逆転した。今までは勇者らの査察を寄越して来ただけにも関わらず、国王自らが赴いて来ているのが何よりの証拠だ。だからと言って、くれぐれも粗相が無い様にだな」

「さっきも聞いたし良い加減耳にタコが出来るぞレイシア。いちいち言わんでも分かってる」

「念を押すに越した事は無いだろう? 相手は自国の人間じゃあないんだ。ゴブリンのお前の一挙一動に向こうが何に機嫌を損ねるのか分かった物ではない。だから、細心の注意を払えと私は言いたいのだ」


 このくっころ騎士の小言は煩いにも程があるな。俺がそんなに乱暴で大雑把な奴みたいな物言いだ。

 どうせアディらとの対談に居合わせるだけで、特に口を挟むつもりは無い。静観するだけの簡単なお仕事なのだ。


 しかし、黒い礼服を用意して貰ったがどうも似合ってない。鏡で自分の姿を見たら等身大の悪趣味なマスコットみたいだった。


「彼等とも共闘していけば、反逆者との闘いも俄然有利になれるだろう。そしたらお前の呪いも」

「皮算用はよそうぜ。一つ一つしっかりこなして行かねーと足元掬われるんだからな」

「……そうだな」


 そろそろ時間だ、とレイシアは玉座の間に先導する。此処もかつてはヴァジャハとやりあった過去が記憶に新しい。その時の傷痕もきれいさっぱり修復されていた。

「グレン様」

「ごきげんようティエラ姫。本日もお日柄も良く、えーと」

「ご挨拶ですわ。貴方はこちら側の陣営ですから、畏まるのはもうしばらくお先に」


 アルデバラン側の姫様、ティエラ・モロイ・アルデバラン。蒼髪の聖女は一度コルト村に訪問した時『血の息吹ブレスを吹く方の姫様』という認識を竜人達に植え付けた遍歴がある。今日はまだ調子が良い方らしい。

「直に時間だが、準備は出来てる様じゃの。儂らはとうに万端よ」

「アルマンディーダ様は見繕いがお早くて、殆どわたくしのお召し替えに時間を掛けて貰いましたわ。良妻を娶りましたねグレン様は」


 身分を堂々と明かせる様になったアディと並ぶと情熱的な赤と清廉の青の姫が城のシンボルの様になっている気がした。アルデバラン王は、俺を見るなりまだ顔を青くする。だが、

「オ、オホン。ゴブリンのグレンよ、貴殿も同席をきょ、許可しよう」

「光栄です陛下」

「し、しっかり頼むぞ」

 普通に会話をするにまで進歩を見せていた。亜人恐怖症も徐々に克服すると良いな。でも、今俺の同盟には相当な亜人が加入している。その面子と一斉に顔を合わせたらひっくり返るんじゃないか?


 そわそわする国王。談笑するティエラとアルマンディータ。後ろでは人の姿をとったオブシドとパルダらが控えている。


 30分程その状況で待つ。城下町まで来ていれば、兵士から連絡が来る手筈になっている。


「しかしそろそろ来ると思ったんじゃがのう」

「そこそこ遠出だから予定通りにいかないんだろうさ。もしかしたら慎重になり過ぎてるんじゃねぇか? あっちの王様も凄くヘコヘコしてたし」


 そこから1時間程待ったが連絡は無い。今頃は会食も済んでいる予定だったんだが。まぁこれくらいは仕方ない。流石に腹は減って来たが我慢だ。

「……少し、遅いですわ。この様な重要な場で遅れるとは。事前に訪れるくらいが……」

「まぁティエラ姫、世の中とは往々にして上手くいく事ばかりでは無い。多少の不備には目を瞑らねばならぬ時もある。長い目で見れば、この一時の我慢など些細な物よ」

「おーい、あんまりそういう事言ってるとトリシャに年の功って言われ--あべしっ」


 アディの後ろから赤い尾が伸びて額を叩かれた。そんなコントをやっていると。


「報告! ペテルギウスの使者が参りました!」

「使者? 陛下ではないのか?」

「は、はい……。それも、一人で」

「一人だと!?」

 兵士からの連絡に王座の間に戸惑いが広がる。とりあえず話を聞こうと、他国の人間を城に招き入れた。


「いやはやお待たせして申し訳ありませんな。こちらも色々ありまして、遅れてしまいました」

 杖をついて訪れたのは貴族らしい服を着た初老の男だった。会談にペテルギウスが寄越したのは、この男一人。

 50代辺りと思わしき白髪と皺のある顔立ちには穏やかな笑顔を貼り付け、臆する様子もなく紳士的に王の御前に膝をつく。



「使いの者よ。ど、どういう事か、説明して貰おうか」

「ええ。私はペテルギウスに依頼をされて伝令を担わされた者です。名を、ゴルディ・バロンと申します」

「まさかこの御仁があのゴルディ……っ?」

 兵達がどよめく。誰だ? と俺が困惑していると、後ろからひそひそとパルダが俺に告げる。


「血染めのゴルディ。S級の冒険者、序列は二番目の実力者です」

「S級? あの細い爺さんが?」

 随分物騒な異名だ。前に行って押せば倒れそうだが、コイツがパルダに次ぐ腕利きの冒険者なのか? 見掛けは路上の喧嘩すら知らなそうなただの貴族じゃないか。


「この度は国王陛下に代わりまして、アルデバランの皆様にお話がございます。何、そう長くはありません。お聞きすれば私も長居をする事はないでしょう」

 初老の男は整えた白髭を湾曲させる様に笑って言った。



「ではお伝え致します。『先日の闘技大会により、我がペテルギウスは多大な損失を被った。ゴブリンの仕業による勇者の損失だ。賠償を求める次第である。返事によっては宣戦布告も辞さない』とのお達しですよ」


 空気が凍り付いた。冗談にしたって何の面白みも無い。俺の耳が、正しい変換をしているとは思えない様な伝言だった。


「陛下の要求は単純でして、そちらの貴方。そう、貴方ですゴブリン殿」

 ゴルティは杖を持って立ち上がり、枯れた手で俺を指差す。

「貴殿の投降を御所望なのです。理由はお分かりですね? 勇者殿という国の誇りとも言える御方を失墜させた事が、国王の逆鱗に触れられたのですよ」

「ま、待て。どういう事じゃ! 話が違うではないか!?」

「はて。そう声を荒らげて詰問なされましても、私はただペテルギウスからそう伝えろと言われただけでありまして」

「国王がそのような事を申すか!? 儂らはあの時、同盟を結ぶ約束を--」


 切実なアルマンディータの言葉に、男は首を傾げる。

「御婦人。どんないきさつがあったにしろ過去は過去、今は事情が変わった様です。こうも申しておりました。『竜人などという得体の知れぬ輩との口約束など知った事ではない。そもそもいるとすら思わない』だそうで。他人事でありますので言いますが、そちらの国にとって由々しき事態なのでしょう。あの大国がそちらを押し潰す前に要求を呑まれる事が賢明かと」


 細い杖がぴくりと動いた。俺の横から影が走ったと同時に、ゴルディの身体が突如として翻る。

 杖の先がすっぽ抜け、長い刀身が露わになる。仕込み刀だった。


 パルダの腕から伸びた腕の刃鱗を受け止め、悠々と奴は続けた。


「--ついでに、あわよくばそこのゴブリン殿の首を獲って来いとも言われておりますが」

「させませぬっ!」

 止めに入るパルダとゴルディと戦闘が勃発した。騒ぎに城内での戦闘に扉から兵士達が飛び出す。

 隙を見て奴はパルダから離れ、こっちに来た。

「その者を抑えよ! 決して殺すな!」

「いけませんなぁ」


 老紳士と侍女の剣戟けんげきに割り入ろうとした兵の数名が、身軽に横切られた拍子に斬り捨てられた。

「が、ぁ……」

「雑兵の無駄使いになりますよ」

「それ以上の暴挙をっ!」

「ほほ。元気がよろしいねお嬢さん。しかし」

 一刻も早く鎮圧しようと再度迫るパルダの前に、革袋を取り出して放る。そして両者の間で仕込み杖の刃が切り裂いた。濃度の高いダイアモンドダストの様な銀粉が舞う。


「ゲホッ。何だ、コレ!」

 部屋に充満した謎の粉塵に視界が塞がれる。誰が何処にいて何が起きているのか、把握出来ない。毒だったら不味い。周囲では騒ぎになっている。

 ただ、ひとつの確かな足取りが音でこっちに接近しているのは分かった。


 そして俺の喉笛に目掛けて、刃が一直線に牙を剥く。

「私はこちらさえ仕留めれば良いのです」

「--んなろォ!」

 紙一重の次元で反射的に、その刃を手で掴んだ。握るタイミングで部分硬御ぶぶんこうぎょで守る。


「おお、これは見事。勇者殿を倒したというのもあながちホラではない様で」

 ギリギリの対応に、こちらからは見えないゴルディが素直に称賛した。見えている刃が銀の粉塵の中に退く。


 同時に後ろから俺を守る黒い腕が俺の目先に振るわれる。竜人の姿に戻ったオブシドの攻撃を回避する為に奴は下がったのだ。


「では忠告を残しておきましょう」

 煙幕の中、奴の動向を伺っていると部屋のどこからか声が響く。

「猶予は3日。その間に良き返答をお待ちしております。なあに、たかが亜人お一人の命で国が守られるのです。安いと思いますがなぁ。ホッホッホッ」


 荒事を起こした張本人とは思えない穏やかな口調と共に、壁際の窓が割れた。銀の粉が晴れる頃には、奴の姿は消えていた。

 残していったのは、倒れた兵士と床に落ちた一枚の勅命状だった。


 それには勿論、ゴルディが言い放った物と変わらない内容が記載されていた。まぎれもなくペテルギウスの意志であるという証明である。


 怪我の無いアルデバランの国王と王女ティエラは茫然としてその場に立ち尽くす。アディもまた、首を左右に振る。

「どういう、事じゃ。こんな……こんなはずでは」


 俺も追いつかない状況を精一杯理解しようと組み立てる。

 同盟を組もうとしていた強国ペテルギウスからの突然の要求と宣戦布告。

 理由は俺がお抱えの勇者をダメにした事だと言う、突拍子もない理由だった。突きつけられた条件は、俺自身をさし出す事。


「戦争……カイルを倒したせいで……」

 さもなくばこの国は戦争になる。襲撃して来た使いの者は確かに言い残した。

 俺が原因でこの事態は招かれた。信じがたい事実が、突き刺さる。


次回更新予定日、1/17(火) 7:00

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