俺の喧伝、同盟と竜人とカップルと
今年最後の更新になります
チャンピオンとして賭けられるのは誇りとその栄誉。彼女が居座る座は幾多の人間が追い求めては挫折した地位である。
それに挑めるというだけでもありがたく思えと言われそうな話なのだが、俺の思考は挑む前から降参に近い。
常日頃の鍛錬によって幾度なくパルダと手合わせしたからこそ、身体にその経験が染み込まれている。
俺は一度たりとも勝ったことが無い。だからこそ悟っている。接待勝負でない以上、勝とうだなんておこがましいという事を。竜人である彼女は、これまでの相手とは次元が違うのだ。
するとチャンピオンは何を考えたか、身元を隠す為の頭巾を取った。
薄い桜色の短い髪が降り、普段よく見るパルダの素顔が公の場で露わとなる。
「ええっ!?」
「女ァ!?」
「か、可愛い……!」
「あんな娘がチャンピオンって嘘だろ?!」
ざわつきが広がる。大衆が彼女の正体に大いに動揺を示した。
「我が名はパルダ。代表するそちらのゴブリンに敬意を評する」
凛と、普段のおしとやかな声が一段引き締まった声音で告げた。
「この場で正々堂々と勝負する事を誓う」
「パ、パルダ選手まさかの顔バレぇえええ! 今まで隠していたベールを脱いだと思えば何あの子猫ちゃん!? 血気盛んな者達の頂点がこれ程の可憐な女の娘なんて嘘だろビックリ!」
実況も慌てて場を湧かせる役割に戻り、進行が進む。
何となくだが、このタイミングで素性を見せた意図は分かった。これはアディの命だというのを考えれば腑に落ちる。
皆が更にパルダと俺達に注目する、この試合に関心を集める為のパフォーマンス。この王座防衛戦で宣伝を行う気だ。
「ワオォオオオオオオオオン! ウオォオオオオオオン! パルダ様ぁあああああああああああああ! パルダしゃまぁあああああああああああああ! 何と見目麗しい素顔! まさか女性だったとはたまらん--離せェ! 離せ貴様ら! わたしもあの場に赴くのだァ邪魔するなぁああああああ!」
大興奮のあまり遠吠えをしながら、観客席を降りようとする犬女はギルド関係者や警備員等の十数名に抑えられて騒ぎを起こしている。今度からアイツは駄犬確定だわ。
「では準備はよろしいですか」
「行きまするよ、グレン様」
「え、あ、ちょ」
俺もあたふたとハチェットを構え、パルダと向き合う。こうなりゃ破れかぶれだ。
「試合開始!」
「行くぞ! うぉおおおおおおおおおおお!」
吠えながら、チャンピオンに向かって飛び出す。もう手加減なんて言っていられる状況じゃない。
少しでも勝機を見つけて食らいつく。
「試合終了ぉおおおおおおおおおお! 今期最大の闘いが終わるゴングが鳴ったぁああああああ!」
荒ぶる声を俺は地面で聞いていた。厳密に言うと、パルダの細い腕でうつぶせに組み伏された状態になっている。
熟知された弱点を突かれた。硬御は関節技には通用しない。俺はまな板の上の鯉である。
……やりようはあると言えばあるが、それは身内にやる事じゃあないな。
素直に降参を示した。
瞬く間の決着。2分と持たずに俺はチャンピオンに敗北。
全く攻撃は当たらないし受け流されるし投げ飛ばされるし手酷い結果だった。
「申し訳、ありませぬ。責はいずれ負います故」
「……あんまり痛い目に遭わなかったし、良いよもう」
「……ではそろそろ始まります。お立ちください旦那様」
何が? と俺を起こすパルダに手を引かれながら訊ねようとしたところで、目の前に一つの赤い影が落ちて来る。
俺のよく知る人物が高所からステージにやって来たのだ。そして、振り返る。
世界が凍り付いた錯覚に陥った。
「二人とも健闘ご苦労。おかげで予定通り事が運んだぞい」
「--お前! 何してんだっ」
「まぁ見ておれ。此処からは儂の本領じゃ」
その姿を目の当たりにして肝が冷える。正気とは思えない行動にしか見えなかったからだ。
アルマンディーダが竜人の一部である翼で飛翔し、空からこの晴れ舞台に舞い降りた。角と尾も堂々と出していた。
パルダは黒装束のまま、一歩引き下がって片膝をつく。
自ら曝け出した亜人の姿に会場の視線が集う。ダメだ、隠すにはもう遅い。
今、空から飛んできたよな? 亜人だ。ハーピィー? いや鳥の様な翼じゃない。何者?
各々の呟きが不穏を煽り立てた。何考えてるんだよ、アディ。賭けについて文句を言おうと思っていた事なんて、既に吹き飛んでしまった。
「今宵の武闘を観戦した諸君。許可を頂き、この場をお借りする事を許してほしい。妾の名はアルマンディーダ・マゼンドル・ドラッヘ。見ての通り人に近くも人ならざる者、亜人である」
そんな胸中をよそに、竜姫アルマンディーダは大衆に向けて名乗り上げた。
人々は妖艶なる乱入者の声に耳を貸し、水を打った様な静けさが起こる。
まさか、このタイミングで演説をする気なのか?
「此処とは違う大陸--竜の国に住まう王女であり、竜人を代表してどうか聞いて貰いたい」
竜人? 竜の国? と戸惑う声もある。しかし、怯える色は殆ど無い。
熱中したばかりの会場で、彼女の限りなく人に近い姿が脅威として畏怖を抱き難いのだろう。これが完全な竜形態だったり、顔がドラゴンだったりでもすればパニックになっていた事もありうる。
友好を前面に出す事、それを最優先にしている。
「我等は今、同志を募っておる。存じている者も限られてはおろうが、かつて予言されていた世界の危機が今も水面下で進められている事を皆にも知ってほしい。これは周知でもあろう。まず、こちらの地で竜が襲った事がその予言の始まりであった。これは妾の同胞が裏切り、この世界の脅威と手を組んだ痛ましい事件じゃ」
朗々と彼女の話が続く。
これから大陸全土にも災厄が迫るであろうという警鐘。その為に竜人達は動き、同志を集めている事。そしてどうか力を貸してほしいと乞う。
歴史が大きく動き出す瞬間であったとは思いも寄らなかった。
「--で、この二人じゃが」
現チャンピオンであるパルダは恭しく周囲にお辞儀する。そして決勝戦を勝ち抜き、王座の防衛に挑戦した俺を竜姫アルマンディーダは傍らに立たせた。
なるほどな。それでゴブリンの俺をアピールか。
「他ならぬ妾の同胞である。この度の闘いを観戦した皆も頷ける、勇者以上の実力者達じゃ。妾達は、人も亜人も受け入れる所存だ」
この陣営が俺みたいな者も分け隔てなく同盟に加われるという、客寄せにする状況をアディは考えていた。全く大した策士だ。
「ちなみにこのグレンと妾はいずれ契りを交わす予定なのでよろしくのう」
「ちょ、おま」
爆弾発言と同時、アディが俺の腕に絡み付いた。
「「えええええええええ!?」」
驚きの声が爆発する。美女と野獣の組み合わせによって大騒ぎになった。
実況が再開される中、俺達の同盟と竜人達の存在がこうして滞りなく喧伝された
悪印象は持たれにくいデビューにはなっただろう。これから、徐々に竜という脅威を払拭していく根気が要される筈だ。
「お前……まさか一番の目的は、俺達の仲を公に知らしめる為……?」
「いかんのか?」
なんて悪びれもせず、アルマンディーダはコロコロと笑っている。
ほんとに食えない奴だ、と俺は舌を巻いた。
「それよりおぬしは心配せい。帰ったら屋敷の普段掃除できてないところを主に頑張って貰わねばな。一日は」
「男の純情を何だと思ってんだい」
「かっかっか。そこまで言うなら仕方ない」
唇を尖らせていると小声で彼女は言う。
「優勝まで頑張ったんじゃ。期待を裏切らぬよ。賭けに勝たなくても、のう」
「え、マジで!?」
心臓が跳ねた。からかいは、愛情表現とも言うが。
そうしてリゲルの闘技大会は慌ただしく幕を閉じた。
次回更新予定日、1/2(月) 7:00
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