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俺の傍聴、剥奪と制裁

 俺に対する称賛の声は少なかった。大穴狙いで賭けに勝った物好きな奴や仲間達の声援等は上がる。

 大半は勇者の陥落による悲嘆やどよめきに揺れている。罵声は無かった。勇者でも止められない相手を罵れる者は殆どいない。


「まさかの大番狂わせだーッ! 誰が予想しただろうか!? 決勝戦にあの勇者を正々堂々と降し、優勝……ひいてはチャンピオンへの挑戦権を得たのはなんとなんとーっゴブリンのグレン選手でぇす! 我々は大きな歴史の1ページが綴られる瞬間に立ち会えているのかー!?」

 先ほど俺が崩拳ほうけんで撃破した勇者が救護班に担架で運ばれているのを目の当たりにする。生きてはいるが完全に虫の息だろうな。


 これが奴との決着。中々晴れやかな気分だ。これからは後処理をするだけで済む、もうアイツに権力を笠にして翻弄されたり絡まれる事は無くなるだろう。

 次の最終試合--チャンピオンとの闘いには時間がある。その間に合流するか。


 控えに入ろうとすると、人波が出口を塞いでいた。

 俺の姿が見えるなり、ペンや羊皮紙を持った集団が我先に押し寄せる。

「グレン選手! おめでとうございます」

「優勝おめでとうございますっ今のお気持ちは」

「グレン・グレムリンさん! インタビューをお願いします!」

「チャンピオンへの挑戦への意気込みをっ」

「ゴブリン初の大会進出についてお聞かせ願えますか」

 大会優勝者へのインタビューを求めて今まで見向きもしなかった俺に殺到する。確かに今後の事を考えれば、間違いなく世間に影響を与えるだろう。新聞の見出しにでもされるのかな。


「あー、えっと。伝えたい事はそんなに無いけど、ゴブリンの自分が酷い偏見に晒される日々を今後少し払拭出来れば幸いですはい。俺の様に差別を受けてる亜人達にも、今後正当な評価をしてもらったりと日の目を見られるきっかけになれば良いかなーと。とりあえず次も頑張るって事で」

 それっぽい事を並べる。全く台詞なんて考えてなかった。

 一斉に書き留められ、それから飛んでくる幾多の質問攻めに困った。とにかくと、俺は続ける。

「これから皆さんご存知の通り、アンティの件で勇者との話があるから失礼しますね。すんません通してください」

 介入してきた大会関係者が取材陣を抑え、俺は蛇の様にするすると抜け出した。


「グレン選手ですね」

 出口で、見慣れない鎧を来た兵士の男が呼び止める。

「ペテルギウスの者です。国王陛下とアルマンディーダ様に貴殿をお連れする様に言われました。こちらへ」

 遂にこの時が来たか。アディの名前を出したという事は、もう準備が出来たという事に繋がる。


 さっきは物理的に勇者へお灸を据えた。社会的にお灸を据える瞬間がこれから始まる。

「お疲れ様だったのう、見ておったよ」

「どうだった? アディ」

「充分じゃよ、話は通してある。ぬしと奴との試合が説得力を推した。ペテルギウスの国王が待っておる」


 VIP専用の観客席と思わしき部屋に通され、そこでは緑のローブを着た壮年の男が迎えていた。

 褐色の肌に強面の男性、彼が国王ペテルギウスだ。

「グレン・グレムリン殿ですな」

「はい。えー、この度は」

「いや、そんな畏まらずに良いのです良いのです。聞けば貴殿はアルマンディーダ殿の配偶者だそうではないですか。先ほどの試合もいやはや見事でした」


 あれ? 外見と違って揉み手で腰の低い態度をとる強国ペテルギウスの国王。俺は目を白黒させる。 

「言うたであろう? 話は通してあると。竜の国ドゥハンの事も、予言と反逆者の事も、勇者殿への処遇も承諾済み」

「ああ、それで」

 竜人の身元を知ってこうも低姿勢な態度を取っているのか。

 それなら説明が省けて助かる。勇者の活躍も見当違いな物であるという事も。


「早速本題に入ろうかえ? 当事者たるグレンも最後の試合がある。ちゃっちゃか済ませてしまおう」

「お聞きした所では、貴殿らにご迷惑をお掛けした様で。あの様な偽者を輩出させた身として慎んで責を負わせていただきます。当然、彼奴にも……此処にあの勇者を連れて来い! 応急処置はとうに終わっただろうッ!」

 王は配下に命令を放つと兵達が部屋を出て行った。俺達との態度の温度差が違う。


 数分後、奥から罵声と悲痛な女性の声が近づいて来た。数人がかりで担ぎ込まれたのは、ボロボロになった勇者だった。奴の腰巾着であった黒髪の女戦士、兵士の制止を押し切りステラも付き従っている。

 至る所がへこんだ鎧をつけたままで、鼻血の跡が残り大きく腫れた顔。緑の前髪は乱れており、俺と試合をする前とは見る影もなかった。二枚目が三枚目になったな。


「……うぅ……ゴブ、リぃン」

 兵に肩で持ち上げられ、腫れぼったい目で俺を見つけるとカイルは低く唸る。

 傍らで布で顔を拭おうとしていたステラはその手を止め、恨みがましい面持ちで本人の代わりに俺に言った。

「よくもカイル様を此処まで痛めつけてくれましたね……! この様な無礼が許されるとお思いですか!?」

「一対一の真剣勝負だ。命の危機だってある土俵に立ってそれで済めば御の字だろ。何勝手な事言ってんだ」

「黙りなさいっ。ゴブリン如きが意見する気ですか! 恥を--うっ?!」


 彼女の口が止まったのは、矛先が喉に当てがわれたからだ。兵が勇者の一行の一人に槍を向ける。

「な、何の真似ですか? 私は勇者の付き人ですよっ。どうして矛を私に向けるのです。向けるならそこの醜悪なゴブ--」

「口を慎め! その御方への無礼は我が許さぬぞっ!」

 王自らが一喝した。困惑を増す勇者とステラ。奴等からすれば、俺は威を借る狐そのものだった。


「勇者、カイル・ヴァルホア。そこに直れ」

「へ? --うぉっ?」

 左右の兵が貸していた肩から離れると、勇者はそのまま膝を付く。先ほどのダメージで自分一人ではロクに立つことも出来ないみたいだ。

 ペテルギウス王は奴の前に来て見下ろす。珠玉の錫杖を持つ彼に、カイルは力無く笑った。


「……ハハ、陛下。あんなのただのまぐれですよ。俺は勇者として選ばれ、めざましい活躍をしたじゃないッすか? そう、調子が悪かっただけで俺の本領はこんなもんじゃない。良いですよね? ペテルギウスの勇者を続けても。陛下の権限があれば、賭けの件も白紙に--」

「醜い物だな」

 王の放った言葉で、カイルの口は止まった。


「貴様は、勇者に似つかわしくない。その功績も過大評価であった。我の眼が曇っていた。だから貴様の様な輩が甘い汁を吸う様な結果となり、最後にはこの様な我が国の醜態を晒す事となった」

「……え? 何、言ってんですか? どういう--」

「痴れ者がっ、我は全てを聞いたぞ!」

 手に持ったワンドで、勇者の頭部は殴りつけられた。ゴッ、という鈍い音が俺達の耳に届く。


「ぎあっ」

「カイル様ぁ! 何てことを!?」

 王に薙ぎ倒された勇者に、悲鳴をあげて駆け寄ろうとする女戦士は、数名がかりの兵に止められる。


「勇者という権力を振りかざし、各所の村町や周辺国にまで横柄な行動をとっていた事は我も多少は耳に入れていた! しかしそれも平和の為にやむなしと目を瞑って来たが、それがどうした事だ! まるで予言とは無縁の小事を解決して回っただけではないか!?」

「そ、そんなの、俺、知らな」

「黙れぇっ」

 錫杖が再度振り降ろされる。王自らの制裁が下された。


「どれだけ貴様に国の投資をしたと思っている!? その鎧も! その剣も! 財も地位も権力も! 貴様が予言に謳われた世界を救う勇者であると信じていたからなのだぞ!? しかし我はあの試合を見て我は目が覚めた! 貴様くらいで平和を保てるなら、そちらのグレン殿やS級冒険者に頼んだ方が遥かにマシという物だ!」

 俺はうわぁ、と言動と共に執行される暴行を見て胸中に呟いた。与えたのは王様自身だろうに。

 ま、コイツを庇おうなんて微塵も思わないけど。


「あがっ! うっ! ぐぁっ!」

「全てを国に返して貰うぞ! オイ! この者から鎧や金銭を取り上げろ!」

 肩で息をしながら、兵によってカイルは装備や持ち物が没収されていく。抵抗する勇者、制止しようにも助けに行けないステラ。他の一行はいない。ロギアナは勿論だがあのクレーマーエルフ達は姿をくらましたのか?


「やめろォクソッ下っ端ごときが俺に触れるな! それは俺の物だァ!」

「いいや元々は国の所有物だ! 貴様は勇者の名の下にあらゆる物を預かっていたに過ぎない。もはや無用の長物であろう! グレン殿との約束を守ってもらうぞッ!」

 俺に勝ったら条件として勇者を止めて貰うという提示を奴は承諾した。それは個人だけでなく、周知の事実に成り立っている。


「本日付けで勇者の称号を剥奪。異論は無いだろう。貴様自身が約束した事だ」

「大有りだ!」

 カイルは押さえ付けられながら抗議した。


「たがが一回負けただけだろうがッ! 何でそれだけで勇者を辞めなきゃならねぇんだ!? 俺の許可なく勝手に決めんじゃねぇ!」

「負けたら辞めるって条件を呑んだのはお前じゃん」

「うるせぇゴブリンテメェは黙ってろォ! がはっ」

「黙るのは貴様の方だ!」


 再度暴行を受ける勇者--いや、元勇者。ポロポロと、栄華を極めた彼の人生に破滅の兆しを見てか、ステラは涙をこぼし始めた。完全に被害者扱いだった。

 野郎のやってる事は、他人に苦汁を強要して、甘い汁を吸うダニの様な行為だったのに。

 俺に関連した事象だけでも、亜人としての俺を迫害し、婚約者のアディを姦計で奪おうとした。

 それもあのアルデバランの勇者だから、という立場でお咎めなしにされるなら、その立場を降ろすしかない。


「グレン殿」

「え、はい」

 国王が向き直り、俺を呼び出す。

「貴殿もこの者に手酷い真似をされたと聞きました、何か怨恨がございましたら今此処で」

「いやー、俺自身はさっきので晴らしたんで特には。勇者という地位を降ろせれば充分です。ただ」

 さらに顔が膨れ上がり、頭に血を流したカイルを見て一つの要求をする。これだけは、忘れちゃならなかった。


「以前、アルデバランで反逆者の事件があった後、犠牲になった騎士達の墓の前で唾を吐いた事。今此処で、謝罪してもらおうか」

「な、何言ってやがんだっ本当の事だろうがぁ! 勇者の俺が何も出来ねぇ雑魚どもの事なんかぁ何で悼んでやらなきゃ……!」

「頭をつかせろ」

 王の言葉で奴は強制的に額を地に擦り付けた。髪を掴まれながら、痛みと屈辱から逃れようともがくカイル。


「謝れ!」

「謝罪しろ!」

「俺は悪くねぇっ! 本当の事言って何が悪いんだぁ!?」

 兵達は自国の勇者だった者にも容赦をせずに、叩きつけた。呻くカイル。再度謝罪を強要する。

 奴が折れるまでそれは続いた。数分の間、その格闘が続き、


「…………ず、ずいません」

「聞こえんぞっ! おい、もう一度」

「すいませんでしたぁあああ!」

 絶叫だった。少しは、あの時亡くなった騎士達も報われただろうか。

 顔を真っ赤にして酷い不細工になった面で俺を睨む。しかし何も言えない。罵声を吐けば手痛い目に遭わされるのを学習したからか。


「他にございますか?」

「あ、いや。もう結構。後はそちらにお任せします」

 もっと処罰しようか? といった持ち掛けに遠慮する。それ以上、俺はコイツに求める物なんて無い。反省すら期待していない。


「ではカイル。貴様に今後の事を言い渡す」

「……」

「勇者という地位を持て余した事による国家の内乱罪及び、我が国の印象を著しく貶めた侮辱罪によって終身刑。そして奴隷だ。当然、爵位も撤廃だ」


 宣告に、腫れぼったい瞼越しの瞳がこれでもかと見開かれた。信じられないと言わんばかりに。

「い、一生って!? そんなの、重すぎだろぉ……!」

「それまで贅沢の限りのやりたい放題であったのだろう? ましてや、ペテルギウスの代表の看板であった貴様があろうことか違法酒場を利用し、犯罪にまで手に染めたことも知っている。面目丸つぶれだ。死刑にならぬだけマシだと思え。ああ、ついでに我に対する不敬罪も付す」

「あーらら、これはまた」

 ご愁傷様と元勇者に告げる。怒り狂い、獣の様に吠えて飛び掛かろうとする彼は兵士達に拘束される。

 自業自得だ。それにこの判決は、俺ではなく国王本人が決めた物。あくまで俺は勇者を辞めて貰うまでが望みだ。

 後は向こうの判断次第。それに関して引き止める義理も無い。


「もう二度と貴様の顔など見たくも無い。ペテルギウスの監獄に連れて行け。秘跡ミサを忘れるな、出発前に僧侶を呼んでレベル1にしておくのだ」

「ゴブリィィィィィぃンンッ! デメェさえいなければァあああああ!」

「お前が何もしなければこうはならなかったんだよ」

 以降はもはや言葉にならないカイルの声。ステラは幾度となく奴の名を呼ぶも、引き離されていく。


 やがて勇者の成れの果てがいなくなる。その一行という肩書きを失ったステラも問答無用で部屋から追い出され、ようやく静かになった。

次回更新予定日、12/28(木) 10:00

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