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俺の圧勝、勇者サンドバック

 沈黙が、降りた。

 状況を呑み込めず、阿呆面を見せる勇者。

 失敗と思い、手応えを見出だそうと何度も斬り込んで来る。

 その度に俺は手の角度を変えて弾き、いなし、捌く。全力の一太刀すらも悠々と止めた。防御を崩す目的にしてはお粗末な猛攻。斧の腕としてなら俺は劣っていたが、素手であれば話が変わる。


「テ、メェ……何やって、んだ」

 ギリギリと、どれだけ剣で押しのけようとしても動かない俺の腕を見てカイルがぼやく。

 この緑の肌に刃が通らない事など、想定の範疇に入っていなかったに違いない。


「何仕込んでやがる!? 身体ん中に鉄板でも入れてんのかこの手ごたえ!」

「さぁ? どうだろう、なっ!」

 空いた方の拳を握る。その状態で部分硬御ぶぶんこうぎょを維持して打った。硬拳といったところか。

 勇者の端正な顔に入る。鼻っ柱を文字通り折った。


「ぶがぁ!?」

 たたらを踏み、顔を抑える。その手の隙間から血がボタボタと零れた。

 観客席から--特に女性陣から悲鳴が聞こえる。奴のビジュアルを台無しにしてやったからな。


 周囲の温度が下がる。俺がタブーを犯したと、認識するだろう。

「おーい大丈夫? 鼻曲がっちゃった?」

「……血、血がぁ……。……でめぇ、やりやがっだ、なぁぁ!」

 ふがふがと怒りの呻きを漏らすカイル。流石にこれで戦闘不能になられては困る。一瞬で終わらせるのなら、崩拳ほうけんで野郎の顔をぶん殴っていた。


 更に距離を取ろうと後退した奴は、血を拭いながら剣を振りかぶる。

「ごろすっ! 空牙くうがァ!」

 力任せに飛ぶ風の斬撃。奴の全霊が籠っている。


 ひょいと、身を反らしてすり抜けると空牙はステージ外の壁を砕いた。観客席は10メートルの高さから見降ろしているから良いものを、下手すれば被害を招くぞ。

「避けんじゃねぇよォ!」

「素直に当たる馬鹿が何処にいんの」

「うるせぇえええ連空牙れんくうが!」


 鼻血が収まった所で口元を赤く染めながら怒鳴り散らす。そしてがむしゃらに、闘技とうぎを連射した。

 さぁ稽古の成果だ。ステップを踏み、最低限の動きで風刃の雨をかいくぐる。

 軌道を見切れば数を増やしても安全圏を見出せた。未熟な証拠だ。 


連空牙れんくうが! 連空牙れんくうが! 連空牙れんくうがァッ!」

 懲りずに乱射された幾多の空牙は、俺を素通りしていく。


「チィ! なら、散空牙さんくうが!」

 今度は一振りで小型の風の斬撃が一挙としてほとばしる。辺りかまわず飛び散った。

「よっと」

 しかし指向性が変わらぬ以上、単純に跳躍しただけでやり過ごせた。

 思い通りにいかない結果に、向こうは肩で息をしながら歯噛みした。


「だからァ当たれやァああああ!」

「大抵の魔物だったら闘技とうぎをばかすか撃ってればそうやって倒せたかもしれねぇが、生憎今は対人だぜ? きちんと隙や好機を見計らって放てよ」

「説教してんじゃねェよォゴブリンの分際でぇェ、殺す殺す殺す!」


 遠距離攻撃でダメならと、再び剣を携えて躍りかかる。カイルは間違いなく怒りに搔き乱されて思考が働いていない。

「おらぁああああ!」

「うるせぇよ」


 そんな太刀筋を受け止めるまでもない。振り降ろしてくるのを見計らい、カウンターにジャブを放つ。

「おぐっ」

 首がガクッと跳ねた。あのすかした顔が痛みにしかめていた。やけくそになってか遮二無二に武器振り回す。

 勿論そんな駄々を捏ねるような攻撃にやられる訳もなく、ひらりと避けて離れた。


「無駄な動きが多すぎる。誰にも指導されて来なかったのか? そりゃそうか、こんな勇者に口出しなんてデメリットしかないもんな」

 苦労を知らずに頂点に上がった奴ほど、弱点が多い。

「が、があぁあああああ! クソゴブリンがぁあああああああ!」


 試合の最中の罵声が声援を止める。皆、黙って変貌したカイルと予想だにしていなかった試合運びに目を奪われていた。

 奴は肩で息をしている。闘技とうぎを湯水の様に使い、全力で攻撃に回っていた為か、俺の眼からでも疲労がちらつき始めていた。


「大丈夫か? もうお疲れの様だ。これくらいでバテて世界を守れるのかな? そのクソゴブリンに翻弄される勇者か、滑稽だねぇ」

「だ……黙れェ……! まだ、コイツが残ってる……!」


 カイルが構えを変えた。剣を引き、突きの動作を見せる。


翼竜(ワイバーン)を仕留めた奥の手だ喰らえ穿空牙せんくうが!」

 切っ先を前に出すと同時に、螺旋の風が槍の様に伸びた。貫通力に特化した空牙か。


 俺は腕を前にして直立不動のまま、迎え撃つ。部分硬御ぶぶんこうぎょ

 細く逆巻く空牙が掌と衝突した。そのまま中心を受け止めるとガリガリと音を立てた。

 だが俺の手を削る事はかなわない。そのまま、穿空牙せんくうがとやらもほどけて消えていく。


「奥の手ってこれで終わり?」

「……は?」

「は? じゃねぇよ。これで終わりかって聞いてんだよ」


 俺は前に進み出た。慌てた挙動を見せたカイルは剣を後ろに回す。俺は奴が叫ぶ前に言葉を先取りした。

「またそれか」

「く、空牙くうが!」

 斬撃を手で横に弾く。俺の硬御こうぎょの前ではダメージ一つ負う事は無い。奴の猛攻は徒労に終わった。


 そうして手立てを奪いつつ、奴の間合いに迫る。勇者様は距離を稼ごうと周囲を見渡すも此処はステージの内側、移動できるところは限られていた。それに俺が意図的に逃げ場を奪う立ち回りをしている。


「反則だ! コイツ、反則してやがるぞ! クソチートが! 俺の空牙くうがを受けて、何で、ピンピンしてんだよォ! 不正以外、あり得ねぇだろ!? なぁそうだろ、審判!?」

 息も途切れ途切れにカイルは喚き散らす。ステージ下で見ていた審判も戸惑い、返事に困っていた。


「オイ! 失格にしろって! こんな、汚ねぇ奴に闘わせる資格、なんてねェよ!」

「ふーん。具体的にどういう不正だ? 俺は何を違反した?」

「え、それは……テメェの、その」

「素手で闘ってるだけなんだが? 鉄板なんて仕込んでたら俺の腕はもっと太い筈だろ? ほら」

 肌をペチペチと叩く。審判も頷いた。俺は何の違法にも当てはまらないと公認される。

 奴は言葉を失う。何の根拠も無く感情的に言っただけだと認めざるを得ない。


「まさか、俺がおたくの攻撃を防げるようなことがあっちゃいけないって言いたいのか? そりゃタダのワガママだ。お前の闘技とうぎが弱いってだけじゃあないの?」

 鼻血を垂らしながら、あっけにとられるカイルの表情は醜態の一言を表した。


 奴は相当な闘技とうぎを使用し、魔力が底をつきかけているのが見て取れた。しかも重い鎧と剣を持って激しく動き回っていた事で、体力も著しく消耗しているせいで息も絶え絶えだ。

 反して俺は、最小限の動きと最低限の防御だけで余力を殆ど残していた。呼吸も全く乱れていない。


「そう、ハッキリ言ってやるよカイル。俺よりつえー奴はごまんといるさ、ただオメーは弱い。それだけだ。それを分からせる為に今まで手を抜いて遊んでやったんだ。けど、そろそろ終わりにしようぜ」

「…………ッ」

「来いよ金メッキ。剥がして衆目に曝け出される覚悟をしとけよ」

 ちょいちょいと、指で手招きして煽る。


「負けないでー勇者様ー!」

「嘘だー! あんな奴の言う事なんて信じないぞーッ!」

「勝ってくれェ!」


 追い詰められた勇者に声援が降りかかる。それが、奴から降参を奪った。

「お……お……」

 プレッシャーに押し潰されそうになりながら、カイルは一歩一歩踏みしめる。

 徐々に助走をつけ始め、駆け出す。


「俺は、負けねェえええええ!」

 両手で掲げた細剣に風の渦が現れた。それを俺の前で振るう。


断空牙だんくうがッ!」

「だからさぁ」

 横合いに逸れただけで、奴の闘技は空振った。虚しく足元を削る。


「予備動作で全部バレバレだよ」

 故に事前に対応する準備が出来てしまう。もっとスマートにやるべきだ。

 拳を軽く握る。ローミドルハイの中で最弱の威力の闘技とうぎを使う。


崩拳ほうけん

「ゲェッ?!」

 奴の鎧に一発の拳が打たれた。高価な金属が軽くへこみ、足が浮いた。

 地面を転がり、悶絶する勇者。


「が……がはッ……ぐぁ……あぐぅ……!」

「良い装備じゃないか。ダメージを吸収してくれてるみたいだし。なのに胸を強く打っただけで大袈裟に悶えるなよ」

 床に手をつき膝をつき、立ち上がれずにいるカイルを見降ろしながら、言い放つ。


「ほらほらースタンドアーップ。どうした? ゴブリンごときにひれ伏しちゃって大丈夫か? 頑張れ頑張れ」

 手を叩いて鼓舞する--煽ってもいる--と、物凄い形相でカイルは顔を上げた。

 歯を食い縛り、気力でよろよろと起き上がっていく。


「なぁ勇者殿。もう一回同じ台詞を言ってくんない?」

「……ハァっ……ハァっ…………あァ?」

 満身創痍な彼はもう立っているのすらやっとと言ったところ。


「これが勇者の力だ、ってさ。改めて言ってくれよ。言えよ」

「……ッ。テ、メェ! 調子に--」

 剣を地面に突き刺しているのを見計らい、脛を部分硬御(ぶぶんこうぎょ)で覆い蹴り飛ばす。小気味良い音を立てて勇者の剣はステージから落ちていく。

 ふらりと崩れそうになるのを踏ん張りながら、飛んでいった虚空へと手を伸ばす。


「あぁ! 俺の、剣が!」

「今まで調子に乗ってたのはどっちだ? 剣も無きゃ何も出来ない癖に」

 人は武器を介して闘技とうぎと言った戦闘能力を発揮する。それが使えなくなるという事は、アキレス腱を奪われたも同然である。


「さぁどうする。武器が場外に行ったけど取りに行くか? そしたら当然負けだぜ? それとも俺と同じように素手でやるか?」

「…………負けねぇ! 俺が、俺はァ勇者なんだぁああああああ!」


 歯軋りし、俺を睨む。死に物狂いで勇者は俺の顔を殴りつけた。

 そのまま全力の拳が俺に届く。ワザと受けてやった。


「あ、ぐァあああああ! 手がァ!」

 硬御(こうぎょ)をしていた事で、顔を狙った手の甲が傷む。人を殴ると自分が痛いってのはまさにこういうやつだ。……意味が違うが。



「じゃ、お返しだ。ウチの家訓でな。やられて嫌な事はするな。やられた嫌な事はそのままそっくりやり返せ、って。お前には過去に散々辛酸舐めさせられたから」

「う……うぁ……嘘だ」

「その分を此処にたっっぷり! 上乗せしてやる」

 腰を捻り、武器も無いカイルに目掛けて、無数の崩拳(ほうけん)が速射された。


「ありえねぇ! 俺が敗ける筈が--」

多連崩拳(たれんほうけん)ッ!」

 奴の顔に、胴に、腕に、全身に俺の闘技(とうぎ)が叩き込まれる。

 鎧はボコボコに凹凸が増え、顔が大きくひしゃげ、瞬く間に勇者という名のサンドバックはボロ雑巾に変わっていく。

「ぶぎぁああああああぁああああああああああああっ?!」


 宙を舞い、そして地上に降りようとする勇者という名のサンドバックに再びラッシュを叩き込む。

「ウォラァアアアアアアアアアアッ!」

 二度目は声すらあげる余裕も無く、奴はステージから離れて吹き飛ばされた。


 場外の壁に背を預け、がくりと気絶している。殺しはしない。そんな事で済まされては困るからだ。

 カイルを打ち倒した拳を悠々と空に伸ばす。

 少しの間を置いて審判がこの覆しようの無い結果に、コールした。

「……勝者、グレン・グレムリン」


次回更新予定日、12/25(日) 7:00

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