俺の決勝、緑と緑
『要するにですね、国王が次の試合に注目しています。それでどちらが勝つのか、賭けに興じたみたいで……』
それが狙いだったんだ。分かっている。
『なら詳しい説明も大丈夫そうですね。滞りなく事は運んでいるとアディさんは言ってました。手筈通りにお願いします』
俺はアレイクからの精神交信でゴーサインを貰った。大会の役員からの呼び出しも丁度かかる。遂に決勝戦か。
じゃ、そろそろ出陣と行きますかね。
『グレンさん、あの勇者に思い知らせてやってください。僕も聞きました。貴方に何を言い、何をしたのかを』
伝わる感情には強い義憤が入り混じる。だからか、俺に対して熱の入った激励を送って来た。
『勝ちますよ絶対、いえ勝ってください。覚えてますよね? あの日の墓所での事。アイツは騎士の皆を笑った。眠りについた人の土に唾を吐き捨てた』
忘れる訳が無いよアレイク。無駄死にと嘲笑いやがった時の言葉、今でも復唱出来るぜ。
ヴァジャハの一件で国を守ろうとして散ったオーランド達に、何て言ったのか。
ほんと、死ねば何でも美談にしようっていうのがバカみてぇって。アイツは言ったんだよな。
『仇をとってくださいね』
いや仇じゃないと思うが、きっちり言葉の責任はとってもらうつもりだよ。
そんなやり取りの後、アレイクの声は聞こえなくなった。
俺はすくっと立ち上がり、ステージ会場に赴いた。
開けたステージの前にまで来ると喝采が蔓延していた。それは偏った声援であった。
「遂に入場しました! 生ける伝説! 世界の平和の象徴はこの舞台に舞い降りたァー! その名は風! その名は勇者! 決勝にまで勝ち進むは必然だったか、カイィル・ヴァルホアァァ!」
「カイル! カイル! カイル!」
「カイル様ー!」
「勇者様ァああああ!」
老若男女問わず、その口で呼ぶのは勇者の名。観客の大半が奴を味方していた。
てくてくと俺が歩んだ先にいるのは、容姿に恵まれた顔で不敵な微笑みを浮かべる緑髪の男。
「おおっ。もう一人も姿を現したぞーっ。誰が想像しただろうか!? 頂点に挑む為の切符を狙える者が、こんな小さな男だとは! 緑の身体に無限の可能性! まだまだ私達を驚かせるのか!? それとも華々しい最後になるのか! グレェェン・グレムリィイインン!」
声はざわつきへと変わる。
アイツほんと何なんだ? どんな手を使えば決勝まで来れるんだか。早く脱落しろよ。といった、声を潜めた悪意が漏れていた。
構わない。俺はもてはやされたい訳ではない。むしろ知らない者からすればごく自然の防衛反応だ。
ただ、極単純に世間へ知らしめる。奴が本物だと妄信する奴等の幻想を此処で掻き消す。
「年貢の納め時だなゴブリン」
「どういう意味だそりゃ」
「世の中への悪あがきがどれだけ虚しい事か、この場で無様を晒して嫌と言う程向き合うんだからよ」
「へぇ、楽しみだな」
俺は軽口で返す。果たして年貢の納め時なのはどっちだろうな。
「お互い、アンティに何を求めますか?」
「そうだなー、おいバケモン」
勇者が先に要求して来た。もはや無礼であるとも思っていない口ぶりだった。
「お前のどうやってかき集めたのかも分からん端した金なんていらねぇ。その汚ねぇ身なりに着けた物にも食指が動かねぇや。だから、代わりに俺が勝ったら一つ言う事を聞け。良いよな? 負けなきゃ良いんだからさ」
「何をしろって?」
「リューヒィと別れろ。婚約破棄だ婚約破棄。俺が貰うから」
直球だった。人を虚仮にするにも程がある。
「アイツが言ったんだぜ? 強い奴に恋い焦がれるんだってな。自分を救ってくれたから、強くて頼りになると幻想を抱いてるんだよ。でも相手がテメーじゃ、幻滅するのは時間の問題ってもんよ。不幸になる前に俺が受け入れてやるのさ。優しいだろ?」
「ハハッ……なんともまぁ」
その先は口にしない。なんともまぁ、頭が花畑な奴だ。どれだけ自分に都合良く、世の中が動いてくれると本気で思ってやがる。
「どうしたことだぁ! グレン選手にまさかの交際発覚ゥ!? どういう神経してるのか、果たして勇者が求めるのはどんな女性なのか知りたーい! そしてカイル選手! さながら野獣に囚われた姫君を救うが如く男前の宣言だ! まさに女性を巡っての一世一代の大勝負! さて、グレン選手どうするぅ!?」
その情報を逃さず拾った実況が煽り、拒否の退路を塞ぐ。此処で断れば試合以前の負け犬だぞ? という圧迫だった。
「ほらイエスと言わないのか? それとも勝つ自信がないならさっさと降りてくれや」
「良いよ、別に。おたくが勝ったら何でも奪ってけよ」
これも、折り込み済みだった。他ならぬアディがこうなる事を言い当てていた。アイツとんでもねぇな、と内心舌を巻く。
そして了承した俺は、返す刀で要求をする。
「ただし、それなら俺にも条件がある。俺が勝ったらお前、勇者辞めろ」
会場が戸惑いの渦に巻き込まれた。
当人は鳩が豆鉄砲でも撃たれた様に、ぽかんと間抜け面を晒す。
「……はぁ?」
「そんなに難しい事かよ。言い換えようか? 負けた時は勇者という称号を潔く捨てろと俺は要求してるんだ。言ってたじゃないか。別に問題ないんだろ? 負けなければ」
「馬鹿じゃねーの! 吊り合うかよそんな要求。国の勇者を、たかがゴブリンの勝手な発言でどうにか出来るわけねーだろ」
「おいおいおい何言ってくれちゃってるの? ただのゴブリンに負けた勇者なんて、価値無いんじゃあないのか」
奴は言葉に詰まる。
「こっちだって大切な人を引き離される覚悟で受けたんだ。俺の人生の半身だぜ? そんな物を要求しといておたくは何のリスクも持たない? どっちが馬鹿な話だ。お前が俺の要求を呑まなきゃ俺もお前の要求を呑まなねぇぜ。勇者様とあろう御方が、一方的に搾取を考えてたら示しがつくのかな?」
公の場で俺は言ってやった。逃げられないのはお互い様だ。この場では、奴の言動に誤魔化しが利かない。
「どうする勇者殿? 俺に負けたとしても、その勇者の看板を後生大事に抱えとくかい?」
「……ほざきやがったな、トカゲ野郎」
「そのレベルの罵倒は聞き慣れてるぜ。もう少し捻った物言いを考えてくれよ」
実況も俺の要求を周囲に広める。轟々と非難が飛び交った。何様だ! 調子に乗るな! ふざけるな! 生意気だ! 等々。
だから俺も声を大にして周囲に言い放つ。ワザとらしい演説をする様に、カイルを前に当てつけにする様に。
「ただのゴブリンなら問題ないと思うんだけなどーっ。負ける心配なんて誰がするんだーっ? えー!? まさか皆は心配してんのー!? 俺が勇者に勝っちゃうなんてさー! 勇者を疑ってるのかー!? だーかーらー、みんな勇者様を引き止めるんだろぉ!?」
水を打つ様に、観客も言葉を奪われた。
「考えてみろよたかがゴブリンだろー!? 何でそんなに恐れる必要あんのかなー!」
衆目に事実を、染み込ませる。奴の様に、否定の出来ない正論を使って場の主導権を奪った。
「あーそれなら仕方ないよねーっそうかそうかー! さっきの発言取り消した方が良いんじゃないかなー勇者どの!? この要求を呑んじゃ不味いって思ってるみたいだよ!? 俺が言うのもなんだけどさー! ゴブリン如きから逃げたって恥ずかしい事じゃあないんだよー!? でも変だよねー! そしたら勇者って何なんだろー! 誰よりも勇ましい勇者様が臆病風ェ? そんなんで良いのー!?」
頬をひくつかせる勇者様。一つテンポが遅れて、一際大きな怒号が観客席を支配した。
「やっちまえェカイル!」
「あんな奴に好きに言わせちゃダメだー! 負ける筈無いんだアンタは!」
「勇者様ァ! 野郎に実力の差を見せつけてやってくださーいッ!」
「ぶっ殺せェ!」
「あのペテン師ゴブリンを黙らせろォ!」
背後で彼を後押しする声援。それは知らず知らずのうちに、完全に退路を塞いでいる事に繋がっているのだとは当人は露知らず、
「やってやろうじゃねぇか。乗ってやるよ、テメェの要求。此処までお膳立てしてくれて、タダじゃあ済ませねぇぞ?」
かかった。大いにプライドに障った俺の挑発によって、気分を害して冷静な判断を失った奴は了承した。勝てばそれで良いと、結論を出す。
自分が負ければどうなるか、などとは微塵も頭に入っていない。俺は最悪の場合も視野に入れた上で動いている。
例え婚約を解約しても時間を置いてまた結べば良いではないか。どちらに転んでもカイルに傾倒する事などありえないのだからと言うアルマンディーダの屁理屈。いや、当事者である俺でもかなりせこいと思う。
「だそうだぜ審判?」
「か、確認しました。それでは早速試合に入りたいと思います」
始まる前からこれまでに無く荒れる会場の空気に関係者達も翻弄されながら進行させる。
両者はステージの上で端に立ち、それぞれの武器を手にした。
俺は片手斧を振って展開。カイルは長い剣を鞘から抜いた。
「腕が落ちても恨むな雑魚が。ゴブリンの分際で吠えた罪、そして俺の名に泥を塗った罪、重いからよ」
「おお怖い怖い。お手柔らかにね勇者サマ」
俺は奴と以前も手合わせしたことがあるが、あの時とは違う。
もう勝ちを譲ってやるつもりは無い。後ろ楯を考えてやきもきする必要なんて無い。
緑の勇者と緑のゴブリン。構えて数秒の沈黙。
「試合開始ぃッ!」
合図と同時に、俺とカイルは相手に目掛けて駆ける。
斧と剣が、火花を散らして激突した。
クリスマス連続更新決定
次回更新予定日、12/23(金) 7:00




