俺の治療、荒療治
ゲリラ更新
※視点が変わります
会場の熱気が冷めやらぬまま、俺はロギアナに話をする約束を取り付け、何度往復したのか分からない控えの通路を歩いた。
「痛ってー……アイツ思いっきりやったなぁ」
結構ギリギリだった。向こうが手加減していなければ間違いなく俺の方が不利だった。
打ち身に塗れた身体を引き摺る様にして部屋に戻る途中、
「よぉ、まさかロギアナに勝つとはなぁ。下手やらかしたなぁアイツ。ワザとなら後で仕置きだわ」
「……」
すれ違い様に立ち止まり、勇者カイルが何事も無かった様子で俺に声を掛ける。
昨日の晩以来だ。コイツの顔を見るのは。さっきまでの疲労が吹き飛び、喉奥に熱がこみ上げる。
だが、それは吐き出さなかった。もう少しの辛抱だ。
「今朝は風邪ひかなかったか? 俺の方は二日酔いが中々治らなくてねぇ、それだけ昨日は楽しかったって事だ」
「で、振られたのか?」
「酒を交わしてて思ったがリューヒィは良い女だ。伴侶を気にして昨日は落とせなかった。あれだけゴブリン相手に献身的な奴は他にいねぇな」
テメェにアイツの事を褒められたくねぇよ。上から目線で言いやがって。
「良い事教えてやろう。お前が試合やってる時にアイツ俺の元に来たぜ」
「何?」
「昨晩言ってたんだよ、自分は強い人間にこそ惹かれると。ありゃあきちんとした段取りなら心を動かせそうだ。俺の支援者にも挨拶したいんだとさ」
時折り見え隠れするあの底意地の悪い笑顔で、カイルは言った。
「何処で今日の試合を観戦してるか探しに行って来いよ。ま、見つける前に俺との試合が始まっちまうだろうけどなアハハハハ! 楽しみだなぁ! もうじき見限られちまうんじゃないかなぁ? 決勝まで来れるなんて対戦相手に恵まれなかったのかお前、相当運良いぜ」
「おい。ロギアナが敗けても何とも思わないのか?」
「ああ、アイツね。昨日スカウトしたフレデリカの方が有能だって分かったしなぁ、下っ端として今後も頑張って貰おうかねぇ。あんな奴に勝てたくらいで良い気になっちゃってるお前?」
彼女の本当の実力を知らない故の言葉か。多分俺達の試合もロクに見てはいないんだろうな。
「既に満身創痍だろうし、昨日見た限りじゃ俺の敵じゃ無いと思うが、まぁ次も精々頑張れよ」
好きなだけ言い放った後、奴は試合へと向かって行く。しかもそれは八百長試合。苦も無く決勝戦に進む事が決まっている。
ともあれ、アディは上手くペテルギウス国と接触出来た様だ。そして勇者カイルが次のアンティで何を要求して来るかはおおむね予測出来ている。その条件に乗るのがこの計画だ。
湧いた実況の声を尻目に戻ると、選手のいない筈の部屋で良く見知った人物が俺を待っていた。
「レイシア? 何で此処に。お前選手じゃないだろ」
「関係者という事で無理言って入らせて貰った」
私服騎士の金髪の髪が白んだ。光属性の魔力を高める時の彼女独特の変化だ。
「お前の治癒をしてやる。見た目以上に結構手酷くやられたんじゃないか」
「ええー、治癒魔法って痛いんだから良いって」
「そうはいかない。私も奴とのいさかいの事情を聞いた。断じて許しがたい、だが卑怯にも強国の勇者という地位によって守られてる。下手に手が出せなかった。今までもそうだ。しかし!」
俺の両腕をがっちりとホールドし、くっころ騎士は有無を言わさず治癒を行い始めた。
「いたたたたたたたたたたたた!」
「遂にアイツへ制裁を加える時が来たんだ! 此処まで来て先の試合を引き摺って負けられては困る! アルデバランも相当奴に辛酸を舐めさせられて来てるのだからな! 私も! 散々! アイツにつきまとわれて迷惑してたんだ!」
「それ完全に私怨あてててててててて!?」
「我慢しろ。男だろ」
傷口が無理やり活性させられる事で、痛みを伴いながらも無理やり回復させられた。
王女ティエラだったら、水の鎮静を併用して穏やかな治療をしてくれるが、レイシアにはそんな扱いが出来ない。完全に荒療治だ。
「よし! これで怪我の方は大丈夫だ。後は試合まで体力と魔力を回復させておけ」
「二度とお前に治療されたくない」
肩を強く叩かれながら俺はぼやいた。ふと、そこで疑問を投げかける。
「そういや、治癒魔法って悪用したらヤバイよね? 例えば拷問した相手を更に痛みを伴って回復させられるし」
「ああ、それは無理だ」
きっぱりとレイシアは言い切る。
「光属性の魔力は想いに影響する。人を純粋に治したい、という気持ちでなくては治癒魔法など到底使えないよ。ましてや再び痛めつける為に使おうとしても発動しないさ」
「へー」
鈍痛は確かに収まった。これなら決勝戦も差し支えなく動けそうだ。
「今、会場は揺れている。お前という水面の投石が波紋を呼び起こしている。決勝まで進んだゴブリンの存在に衆目は釘付けだ」
「そうなのか。そりゃ上々だ」
「アデ……リューヒィ殿もあれこれ動いてるみたいだぞ。それは、お前の為でもある」
拳を俺の前に突き出し、レイシアは言う。
「だから思う存分やって良いんだ。次の試合で思い知らせてやれ。お前の本当の実力を」
「もちろん、サンキューな」
俺もそれに合わせると、彼女は観客席に戻ると言って部屋を出た。
よし、コンディションを幾分か戻せた。奴との試合は、もうじき終わるだろう。
『グレンさーん』
席に座っていると、声が聞こえた。突然の事にビクッと身じろき、周囲をキョロキョロと見渡す。
誰? 誰? この声確か、
『僕です僕。聞こえてるみたいですね。今、観客席からグレンさんの頭の中に直接話しかけてます』
ああ、と納得する。アレイクの仕業だ。初めて彼からの精神的な干渉を受けた。
少年騎士、アレイク・ホーデンはドラヘル大陸で転生者の固有とも言うべき能力を発現していた。反逆者と似たような力だと俺は捉えている。
それは魔物との精神交信。いわばテレパシーだ。どうやら意識的に念じる事で向こうが拾ってくれるらしい。
推測では亜人である竜人もまた魔物の側面を持っていた為テレパシーを行えたのだ。ならばゴブリンである俺もこうして交信出来てもおかしくない。
それにしても控え室から結構離れてると思ってるんだが、良く届くな。
『はい。どうやら2、3キロまでの距離ならいけます。この半年間、色々試してみましたよ。やっぱり普通の人間には不可能だったとか、知能の無い魔物とは意思疎通が出来ない事とか、これって魔力を消費する事とか』
へぇ、でも便利だな。あ、そうだ--ファ〇チキください。
『あああああ! 一回やってみようと思ったのに! 先越されたあああ!』
耳を塞いでもガンガン響く彼の大声。クソッ、これ一方的に送り付けられるから嫌がらせに使えるじゃないか。
で、わざわざ魔力を使うって事は連絡という事で良いんだな? と念じる。
『あ、そうです。アディさんからの言伝を預かってますよ。ペテルギウスの国王と接触して--』
※
グレンの準決勝戦が始まる頃、儂は特別な国賓に用意された観客席にいた。
深い緑のローブ姿に王冠を被り、浅黒い肌に厳格そうな顔の初老の男との謁見を果たす。
「リューヒィ、か。勇者に紹介された様だが、我に用とは何だ? 婚姻の報告ではあるまいな? あれの妻になろうとする輩はごまんといるが、気に入られたからと言ってこちらにまで足を運ぶまでも無い」
「既に伴侶はおる。ご心配は無用じゃ」
兵士達が左右から長い槍を向ける。
「貴様、言葉に気を付けろ。何処の貴族の女とて容赦しないぞ」
どちらが無礼なのやら。何かを言う前に背後のパルダが影となって動いた。交差した矛先を素手で捕まえて、抑え込む。
「この方に手出しをしようものなら許しませぬ」
「ぬぅ……! 手練れか」
「パルダ。穏便にのう」
呼び名に、国王含めたペテルギウスの面々がしきりにざわついた。
「パルダ? 首狩りパルダか!?」
「如何にも。儂の懐刀よ。国王、此度は急な押し掛けに謝罪しよう」
言葉遣いをより尊敬した物にしても良かったが、此処は交渉の場。なるべく対等である様に振る舞いながらも、こちらが格上である事実に気付いて貰わねばならない。下手に出ていては、それが難しくなる。
ま、S級冒険者トップとしての立場を獲得したパルダがいて、その有利さを見せるのに手間が省けそうじゃな。
なんせ儂は知っておる。この国もパルダという戦力を欲しがっておった事を。手札にするのに持って来いじゃ。
ペテルギウスの国王はまじまじと、儂に対して問う。
「何者だ? それほどの名実優れた者を付き従えるとはタダ者ではないな」
「本題と行こうかえ? もうお分かりであると思うが、別に勇者殿と友好を持ちたい訳ではない。強き国の王よ、儂はそちらとこの大会を契機に橋渡しが出来る事を希望しておる」
そのまま、儂は人の姿をわずかに竜人の姿に傾けた。密かな場で、正体を明かす。
兵達がどよめき、席に座っていた王も腰をすべらせた。
「つ、角……! それに翼!」
「ドラヘル大陸に住まう竜人。貴殿も少しはご存知じゃろうな。儂はそこの王女。名を、アルマンディーダという」
身元を明かしてから説明するにつれ、国王の態度は一変した。尊大だった態度から、もはや--犬が腹を見せる様な物に近かった。あの岩の如く厳しい顔が柔和な作り笑いでの接待までしておる。
「そうですかそうですか! いやぁ遠路はるばる大陸を渡り、この様な場所までお越しいただけるとはー。あ、紅茶は如何ですかな!? 我が国の茶葉は名産でしてな--」
ペテルギウスとしても竜の国とは交流を、ひいては同盟を組みたくて仕方がないに違いない。
それはこちらとしても望みであったがのう。今後竜人達がこの大陸でより活動的に動くには、ペテルギウスに敵ではないという認識を持って貰う事が一つの壁である。
片時で、試合の様子を見た。グレンの奴が飛んでくる魔法をかいくぐっている場面が目に映る。無事に勝っておくれ、と祈る。
「アルマンディーダ殿?」
「ん、何でもない。それでじゃ、今後予言の事で儂らは動こうと思っておる。近い内にアルデバラン近辺に竜人達が更にやってくるじゃろう」
「まぁ、勇者殿がどうにかして頂けるとは思いますが」
「念には念を押すべきであろ? 彼一人に全て預けては酷と言う物。亜人である儂らも、人間であるおぬしにも関わる問題よ。だから全面的な協力を、竜人達は表明する」
反逆者の事などやはり露知らず、か。勇者の事もじっくり話せばな。
「頼もしいですな。是非お近付きになりたい。アルデバランより我が国の方が戦力が揃っておりますぞ!」
「ふむ、中々自信がおありじゃな」
「それはもう。この大会に出ている勇者カイルが、優勝で証明するでしょうから」
試合の最中、轟音が空を貫く。辺りに悲鳴も広がった。
それは決着であった。魔導士とゴブリンの勝敗。グレンが土俵に残る。あやつは無事に勝ったか。
「まさかゴブリンが勝つとは……。これでは決勝は--」
と、国王が口をつぐんだ。やはり、と確信する。
「勇者殿は決勝戦まで辿り着く様じゃのう。となると、彼と対決する訳じゃな」
「し、勝敗は確実ですな。カイルは大いに我が国の権威を知らしめてくれますよ」
「それはどうかのう? もしかしたらゴブリンが勝つやも」
国王は笑った。悪い冗談と受け取った様だ。
「まさかまさか。彼は勇者ですぞ? 確かにあのゴブリンは普通では無い様ですが、とてもとてもカイルに敵うとは思えません。3分と持ちますまい」
「ほう、なら少し賭けをせぬか?」
乗って来た。儂は計算づくで国王に持ちかける。
「儂はゴブリンの勝利に賭けてみよう。そちらは勇者殿の勝利で如何かえ?」
「御戯れを。それでは我々に賭けを譲る様ではありませんか」
「なれば受けるにこしたことなかろう。条件を交わそうか。おぬしが勝てば、今後の外交をアルデバラン以上に傾きを重んじよう。竜人達や品々も当然そちらに賜る。儂が勝てば--」
王はその意味を量りかねながらも、了承した。これで、布陣は整った。
次回更新予定日、12/20(火) 7:00




