俺の激戦、魔導士ロギアナ その2
記憶が一瞬飛んだ。遥か空高くに打ち上げられた俺は、やがてステージに落ち始める時の不快感を覚える。
全身を苛める打撲と擦り傷の痛みに堪えながら、俺は眼下を見た。実況の色めき立つ声。粒の様に小さな観客が見えた。
考えを改め直す。今のは中級の魔法だ。階級を上げた魔法を彼女が使えば、周囲にまで被害が及ぶ。だから彼女が使える筈の天上級魔法等ですぐに片を付けられなかった。向こうなりの制約があった。
だからランクを下げながらも質を高めた攻撃魔法を中心に仕掛けて来る。
翻弄されて見失うな。まだ、やりようがある。普通であれば転落死の状況で俺は頭を動かした。
そうだ、俺がこのまま潰れたカエルみたいに死ぬようなことはまず未然に防がれる。とすれば、そうならないようロギアナは必然的に動く。俺はそのまま身動き一つする事なく、硬御で全身を纏う。
当然そのままの激突は俺の手の内を晒す結果に繋がるが、そこは大丈夫だ。
「氷柱凍華葬」
ロギアナの水と風の魔力が混ぜ合わせた氷魔法。生み出された氷山だが一度崩壊する。それが厚い雪のマットに変化し、俺の落下地点に用意された。そこに俺はずっぽりと埋まる。
痺れるような冷たさに全身がくるまれた。衝撃が吸収された後、すぐに雪は蒸発し地べたに転がる。
硬御を解き、むくりと起き上がった。どよめきが起こる。念の為に使っていた闘技を悟られる事はなかっただろう。
ラッキーだったのは、ほぼ真上に打ち上げられて場外に追いやられなかった事だな。まぁ下手に吹き飛ばしたら観客席に落ちた時大変だってロギアナも考えてるだろうし。
「ふぃー、良いスカイダイビングだった」
「何とぉ!? グレン選手、あれだけの高度に吹き飛ばされても無事! 無事です! しかしこれはどうしたことだ。勝敗決定なのか付けかねるぞ!」
ロギアナがいなければ転落死。だがあからさまに死ぬような攻撃は反則である。つまり俺を助ける前提での芸当だった。
しかし俺は健在。意識がなければ戦闘不能で敗北だったがピンピンしている。……正直ダメージが残ってるな。
審判は悩んだ末、俺の状態で判断した。
殺さずに戦闘不能にする。それが試合の枷として俺の敗北を繋ぎ止めた。例えるなら彼女としては大砲で弱らせなければならないようなものだ。
「グレン選手、まだ出来ますか?」
「もちろん」
「ではこのまま試合は続行されます!」
「どうして、意識が?」
「雷属性の魔力を全身に纏ってみた。全身の付与なんて初めての試みで、咄嗟にだけど」
土属性は雷属性に弱い。威力が幾らか相殺出来たと考えて良い。
それと、もしかしたらステータスに記載された俺自身の土属性の耐性で半減出来たのかもな。極めつけに先の件で言ったロギアナの手加減の結果だ。
だから、転落を除けば決定打として認められない。試合は再開。
落下地点から動いてないのでその場から始まる。まだ距離は20メートルはあった。
「……しぶとい」
「伊達にヤバイ奴等とやり合ってないんでね」
「仕方ない」
トンと、ロギアナは杖を地面につく。再度地鳴りが起こった。俺に対してじゃない。
「地殻盤防壁」
ステージ周囲から突如として壁がせり上がり、ぐるりと俺達を囲った。
岩盤が天井まで行き届き、ドーム状に包んでいく。
音も、光も閉ざされた。
「何の真似だ」
「こうすれば、誰の眼にも耳にも触れられないでしょ。アンタも私も気兼ねなく戦える」
杖で灯りを点けた銀髪の魔導士は、口調を緩める。
暗がりの中で、少し会話をする気らしい。
「その前に確認したい事がある。アンタ、最初のアレはどういう意味? 私を仲間にする? 何の為なのか聞かせて」
「決まってるでしょ。知ってるだろうが、俺の勢力には戦力が必要だ。少しでも多く引き入れるに越した事はない。お前は優秀な魔導士だからな」
「アンタもそうなのね。人を好き勝手に利用するだけ利用して使い潰すろくでなしの一人」
「違う。一方的な利用じゃなくて、協力を求めるんだよ。俺に助けが必要な時は協力を頼み、お前に助けが必要な時には協力する。ギブアンドテイクってやつだ」
少女は鼻で笑う。表にしてこなかった感情を露わにした。
「何? それじゃあ私が本当に困ってたら助けられる訳?」
「言ってみろよ。本当は誰かに聞いて欲しい癖に。だからこうやって、特定の相手には饒舌に話すんだ。誰にも言いたくないなら、本当に隠し続ける」
「うるさい」
「距離感はお前だけが決めるもんじゃあない。生憎、俺はお前の中の事情なんて察して敬遠する気は無いぜ」
唇を噛み、眼鏡の奥で瞳が迷いにブレている。普段からは到底想像出来ない様子だった。
「前にも、言ったわよね……知り過ぎて良い事なんて無いって。聞いてる側は良いでしょうね。知るだけ知って満足すればさぁ。でも、その後どうもしなかったら話す必要ないじゃない。聞いて終わりの奴に話したって無駄だわ」
「出来ることなら力になってやるよ。あの勇者に脅迫されてんなら何とかしてやる」
「大きく出たけどそれは可能かしら。他人がどうこう出来る問題なのかも分からないのに」
「だから、ロギアナ。悩みを分かち合わせろ、って言ってんだ。自己完結してハナから決めつけるな。何で出来ねぇんだ」
「--負債だからよ! アンタにどうこう出来る問題じゃないって言ってるでしょっ! 意思とは別にそっちになんか行けないのぉ! 少しはこっちの身の上考えろよぉおおお!」
金切り声で彼女は喚いた。感情的だった。
「転生者として生まれて来た私の家はこの街の数ある商人の店だった! 黒と茶色の親の髪とは異なるこの銀髪で優秀な魔女になるともてはやされたもんだわ! でもそんな事どうでもよかった。前世の時みたいに変なしがらみに巻き込まれる気はさらさらなかったから!」
ロギアナが語るのは、自身の身の上話。現在に至るまでのいきさつ。
「でも親に騙されて貴族が通う魔導学園に通わされたわ、国の宮廷魔術師にでも出世して貰う気で莫大な金を使ってね。それでも我慢して学園を過ごした! しかしそこでも騙された! あろうことか教師に! 汚い大人に! 勝手な考えを押し付けて! どいつもこいつも! 私を都合良く動かそうとするんだから、辞めてやったわよ! その馬鹿にならない金を不意にしてやった! それから冒険者として私は親と絶縁した!」
想像がつく。ロギアナがそれで金にこだわっていた理由に行き当たる。
彼女は貸しを作るのが嫌いな節がある。親にさえそうだったのだ。
つまり学園の貴族が通える莫大な入学費を突っ返す為に。
では、どうして提示資産である竜人の至宝を金にしなかったのだろうか。それとも、もう返済額に行き届いたのか?
「あの旅から帰り、私はリゲルに戻った。これで親のツケを清算出来ると思って。そこでようやく知ったのが、両親の店が多額の借金を抱えて、あろうことか店の権利書まで手放していた状況だった。返済はしたけど、権利書の持ち主はあの勇者。何度か一時あのパーティーに入ってたから、それで目をつけてたんでしょう。私のゆすりに使えると思って先回りして手に入れてたの。金じゃ譲ってくれなかった! 当然よね、国からの支援を貰って困ってないもの! 私は、アイツの言いなり……傀儡よ」
その背景が、勇者カイルとのやり取りでも如実に出ていた。
実質、ロギアナは奴の奴隷のような状況だったのだ。
昨晩奴等と同伴していなかったのも、女性陣としてのご機嫌伺いの必要がこの少女には必要がなかったからではないか? 離れる事はないとたかをくくって。
「だからそちらの陣営には移れないというのはそういう事……! 私は権利書の為に……」
「従ってたって返してくれる保証はないだろう」
「うるさいッ!」
杖を乱暴に振るい、地面から氷の剣山が飛び出した。凍柱氷華葬。距離を置いて回避。
「一人でどうにか出来る問題じゃないな。お前本人でもどうしようもない。ほんとはもう、分かってるんじゃないのか」
「うるさい! うるさい! うるさ--」
「いいから聞けええええええェ!」
怒号が、岩壁のドーム内で反響する。ヒステリック気味な少女の勢いが止まった。氷が蒸発する。
なんだかんだ言って、彼女も親の為にそこまでして犠牲になろうとする程の他人想いな部分がある。
なら、こちらも何かをしてやりたいと思えるだけの人物だと評価出来た。
「俺が、何とかする」
「……は?」
「これから俺は勇者とやりあうのに、一計を案じてる。上手くいけば、お前の問題も何とかなるかもしれない」
「その、保証は、どこにあるって、いうの」
「動いてるのはお前と違って俺一人だけじゃないからだ。皆と協力してるから、何とかなる。詳しくは省くが、任せろよ。今まで旅して来た俺達が、お前の言う人を貶めるような連中に見えるか?」
有無を言わせず、俺は信頼を求めた。
「これは同情じゃねぇ。その為のギブアンドテイクだ。お前の問題が解決したら俺達に協力しろ。もしその気があるなら、信じてくれるなら、退いてくれ」
彼女は俯く。躊躇いを見せる。
「……それだけじゃ、無理」
「どうしたら信じて貰える。俺に何を求めてるんだ」
「それなら、打ち勝ちなさいよ。私に」
古木の杖を前に出した。
暗がりの中、赤々と灼熱に照らされる。彼女の周囲に立ち昇る火柱がうねる。そして、地面から岩石が浮き上がった。
その岩の塊に、火炎を取り込んだ。やがて赤熱し始めた岩石が回る。土と火、二つの属性の混合魔法。
「この一撃に勝って証明しなさい。コイツは威力特化の攻撃よ。アンタが信頼に値するか、これで決める」
「良いねぇ、シンプルなのはよきことかな」
多分本当は、こうなることをロギアナは望んでいたのかもしれない。
俺が全霊の場を設ける為に、そして身の丈をぶつけられるように、この大掛かりなドームを作り上げたのだ。彼女の肩を借りている。
ハチェットを閉じ、背中にしまう。そして手ぶらとなった両手を交差する。
「身体付与、紅蓮甲」
煌々と、業火が拳に宿った。俺の本命。
灼岩の弾丸は猛回転の速度を上げ、放たれる。俺も迷うことなく、前を走る。
「熱岩爆砕砲ォ!」
「紅蓮・多連崩拳!」
無数に繰り出された炎の鉄拳と、燃え盛る岩石砲が接触した。
周囲に両者の業火が弾け、閉じた岩盤を激突の余波だけで吹き飛ばす。空が広がった。暗幕が晴れる。
「ロギアナ」
俺は魔導士の目前に立つ。間合いにまで辿り着いた。魔法使いとしては詰みの状態。ステージの端で少女は杖を落とす。
「これで充分かよ?」
銀の髪の彼女は鈍い溜め息を吐く。重い肩の荷を一度下ろした時のように気を抜いた物だった。
「ええ、この勝負」
目を閉じて地面に手を付き、後ろに下がって降りた。場外だった。
「アンタの勝ち」




