俺の撃退、八つ当たり
「さあ皆様お待たせしました! 本日こそが本番中の本番。これまで以上に栄光の為に、誇りと財を賭けて挑戦者達がいざステージに上がっていくぞぉおおお!」
4回戦からはルールが追加される。アンティだ。提示した資産または本人達の合意で何かを要求した物を賭け、試合を行う。これでより緊張感と士気を高める。
8人の勝ち残っている参加者が各々用意した資産が明示され、例外なく俺が5万ディルを賭けにした事は周囲に知られる事となった。
「おーおー、大した額を用意してるじゃねぇか。A級の依頼を2つ分くらいか」
次の対戦相手、剛腕のワイルがステージに上がって気安く俺を呼び掛ける。
奴の提示した資産は1万と5千程度。とはいえ冒険者が持ち歩くにしては中々の金額だ。
「猛る筋肉! 誰が呼んだがその名は剛腕! ワイル選手の登場だァあああ!」
両拳を鳴らした大男の腕から鎖が垂れ、そこに繋がれていた丸い鉄の塊が地面に転がっている。
それがワイルの武器。鎖付き鉄球だ。
「まさかの4回戦進出! それは幸運か! それとも必然なのか!? 実力未知数の奇抜なゴブリンチャレンジャー! グレェェン・グレムリィィィンッ!」
「ブゥウウウウ!」
実況の後に続いてブーイングが湧いた。完全に憎まれ役を買っている。
「やっと対面出来たぜ、よくもまぁ此処まで勝ち残れた。運が良かったが、此処でおしまいだ」
ニタァと強面を歪める。作り笑いのつもりらしいが、目が笑っていない。
「ワイルゥううう! あのゴブリンぶっ潰せぇえええ!」
「ワーイル! ワーイル!」
ノーマークであったが彼もまた大会随一の怪力として衆目を集め、観客にとってヘイトの権化たる俺は格好の当て馬扱いだった。
「潰せ! 潰せ! 潰せ! 潰せ!」
コールが会場に響き、ワイルは手を挙げて声援に答える。
「両者、互いの要求を」
審判がアンティの宣告を求めた。するとワイルは、
「金よか良いもんがあるよなぁゴブリン」
「……何だ」
「その鎧、ドラゴンの鱗で出来てるだろ? 希少品だ」
そう言って俺が身に纏っている蛇竜鱗の鎧を指差す。それを御所望だと。
「グレン選手、要求は提示した資産とは相違していますがどうなさいますか?」
「良いよ。俺が敗けたらそれを出す。なら俺はその武器の鉄球を貰おうか」
先の事を軽く一考し、俺も提示している資産とは別の物を要求した。
「ハッ、これを奪おうってか。やれるもんならやってみろよチビ」
鎖をたぐり、人の頭より大きな鉄球を浮かせる。その重量から繰り出される一撃は、相当な破壊力を秘めているのだろう。
「ワイル選手も了承と受け取ります。賭けの合意が確認されたので、これより試合を始めます。両者、前へ」
野卑な笑いを漏らしながらステージに登る剛腕のワイル。俺も同じ土俵に立った。
正直、宿で皆の前では完全に立ち直った様に振る舞っていたが、まだあの夜の怒りは収まっていない。
「悪いな」
「あん? 何か言ったかゴブリン」
「先に謝っておく。今からお前にやるのは完全に憂さ晴らしだから。トラウマになっても責任取れない」
奴に言葉の意味を考える時間も無く、審判が試合の火蓋を切る。
同時に俺は手にあるハチェットに魔力をおもいきり込めた。
「付与、紅蓮斧」
斧の刃に、柄に、全体に、燃え盛る業火が包まれた。その光景に一瞬目を奪われるワイル。観客の声も、止まった。
「お、おらァあああああああああああ!」
奴は燃え上がった俺の得物の変化に怯みを見せるも、力に物を言わせて鉄球を振るう。そのまま沈めれば関係無いと思った様だ。
だが、火属性の付与は爆発的な火力を引き出す。単なる焼きごてとはわけが違う。
俺はただ、迫りくる鉄の塊に目掛け横合いに振るう。片手斧の刀身が丸い鉄球に食い込み、粉々に砕く。
遅れて、自然では起こりえないような激しくけたたましい破砕の音が会場を揺るがした。
「…………は?」
先端を失った鎖を持ち、茫然とするワイル。俺は構わずボールを打つように奴の胴体にスイング。刃ではなく峰でぶっ叩いた。
決着は二手だった。鉄球を粉砕し、相手を場外まで吹き飛ばす。100キロはある巨漢がデタラメな力に蹂躙され、観客席の下の壁に激突した。
人口密度が多い場所なのに、沈黙が降り立つ。
俺は、その場でハチェットを持たない方の腕を頭上に掲げた。天に中指を立てる。
「審判、判定」
「し、勝者! グレン・グレムリン!」
審判の声に司会も己の本業を思い出した様で、慌てて実況を再開した。
「しゅ、瞬殺ゥうううう! なんとぉ!? あの怪力の代名詞を真っ向から小さなグレン選手が打ち破ったァあああああ! 信じられなーい!」
ざわつきが遅れて波の様に会場を埋め尽くす。ステージを降り、沈黙したワイルの元へ俺は向かう。舞台に残して行った残骸の鎖を拾った。
この男は爆裂鞭を受けて焼き豚の様にされても生きてるくらい頑丈な奴だ。だからあの程度なら大丈夫だろう。
「お……ぐ……」
「賭けで鉄球は俺の所有物になった。つまり弁償しないって事で良いな。鎖は返すよ」
何か言おうとしたところでワイルは意識を失った。その掌に鉄球の鎖を渡しておいた。
救護班が駆け寄るのを尻目に、俺はまた控えに戻ろうとして、奥から銀髪の魔導士が歩いて来るのが見える。
今度は俺が素通りしようとした。普段なら声を掛けてた所だが、今はそんな気分ではない。
しかし何故かロギアナは俺の前で立ち止まり、口を開く。
「何された?」
「……珍しい。お前の方から声を掛かるなんて」
「とぼけないで」
「大した事じゃねぇよ。女を寝取られ掛けただけだ」
耳を疑う様な反応を見せ、心当たりがある様子で尋ねる。
「……アルマンディーダ?」
「こっちじゃ名前はリューヒィだというのを忘れるな。それやったのが誰か、察しが付くだろ。そのけじめをつける。さっきのは偽りの本気のチラ見せだ。底を読み間違えて貰う為のな」
「そう」
「これからの対戦相手、ジャガーノートか。前チャンピオンの」
「だから?」
「その調子だと負ける気なさそうだ。なら、お前は次に俺とやる事になる。が、先に言って置く。俺は、あのクソ勇者とやり合わなきゃならないんだ。お前に遠慮が出来ねぇ。それともいつもの金目当てなら出してやるよ、今の試合に勝ったら降りてくれ」
息をゆっくりと吐いて、ロギアナは少しだけ素に戻った。
「まるで私じゃアンタの相手にならないみたいな物言いね。自分で言ってた事忘れた? 魔法使いは天敵なんでしょ? 闘技隠して闘ってるみたいだけど、その斧と付与だけで何か勝算あるの? それとも私舐められてる?」
「悪いが、お前の背後の事情までかまけてらんない。何弱み握られてるか知らねぇが、気にしてやれねぇよ」
紫水晶の眼が、見開かれる。動揺だった。
「どうせこのまま決勝で勇者と当たればワザとお前が敗北する手筈なんだろ?」
「……そうよ。今残ってる選手ではジャガーノートとアンタ以外、既に八百長状態」
アディの予測通りだった。勇者は決勝戦まで確定。ペテルギウスの威信をそうしてアピールするのだ。
彼女の役目はその息のかかってない者の露払い。故に向こうも退く訳にはいかない。
「そうかよ。恨みっこ無しだな」
俺は言い残して脇目も振らずに控え室に入った。
数分後、試合の喝采が轟々とこちらに届く。
「まさか前チャンピオンの途中敗退! ロギアナ選手、無傷でジャガーノートを瞬く間に打ち倒した! 先程のグレン選手と言い今年の新人達は一体どうなってるんだァあああああ!?」
アイツも、圧勝か。恐らく、この大会で一番厄介なのは--
次回更新予定日、12/14(水) 7:00




