俺の悪役、魔女っ娘ピノ
「お疲れ様です」
「アレイク、お前もやっと復帰したか」
時間に余裕が出来たので、一度観客席の方へ移る。3回戦は午後の部に回るのでそれまでは小休憩だ。
「どちらの試合も見ておったぞい」
「みたいだな。応援聞こえたよ」
他の試合を見ながら、俺も席に腰を据える。
「スマートだったなグレン」
「お見事でした旦那様。稽古がお役に立てたのなら幸いでする」
「明らかに対人慣れしてなかったからな。周囲に闘技を見せずに済んだ」
2回戦までの顛末を見ていたのか、レイシアとパルダから賛辞を貰った。
「それで、警戒すべき目ぼしい奴はいた?」
「勝ち進んどる者達もまだおぬしと同じで殆どが本領を発揮しておらんし、何せ同時並行だから全員は見れぬが、ぼちぼちといったところかのう。儂の方で確認できただけで良ければ、軽く羅列してみるかえ?」
虎の獣人、狂牙ジャガーノート。コイツは会場で俺に唸っていた剣闘士で、この大会の前チャンピオン。両手の籠手爪を駆使した強靭な格闘能力は注意すべきだ。
炎を得意とする女魔法使い、紅花フレデリカ。中級を苦もなく使っている事からそれなりの実力者だと伺えたそうだ。
それと勇者カイル。新緑の風という異名を持ち、まさに風の様な容赦無い攻撃を繰り出して快勝したそうだ。
そして、ロギアナ。彼女は下級魔法だけで、軽々と連勝をしている。
「今のところはこれくらいじゃ。まだ実力不明の大玉はおるやもしれぬが」
「なるほど。ルメイドの地でも竜人の目に適う連中はそこそこいるって事か。そんな奴等がゴロゴロいて、うーんこの先勝てるかなぁ、心配だなー」
「パパなら大丈夫! 悪い奴等全部やっつけられるよ!」
「いや悪い奴等じゃないからね? カイルはどうなのかは知らんけど」
それから皆と昼食を済ませ、また控えに戻った。
次は3回戦。遂に一つ一つの試合に観客がそれぞれの見たい同時対戦に分散されることなく、一挙として注目する。
それまでとは違い、フィールドは一つになって石畳の床がせり上がっていた。埋まっていた舞台を土魔法で浮かしたみたいだな。今度のリングアウトは、そこから落ちたら負けになる。
対戦相手は俺の天敵の魔法使いらしい。
「みんなー! 元気してたー!?」
司会と同じ風の魔法で反響させた女性の声が響く。そして男達の歓声が沸き上がる。
遅れて、戸惑いながら司会が進行を再開した。
「み、皆さん。お待ちかねの常連チャレンジャー、ピノ選手!」
「ピノでーす! 初めての人こんにちわー! ファンのみんなーっ久しぶりー! 今年も戻って来たぜい☆」
「「うおおおおおおお!」」
桃色のツインテールにブラウスとコルセット。フリルのミニスカートという如何にも魔女っ娘な服装の女が、闘うべき俺をよそに観客アピールしていた。アイドルのライブ会場に迷い込んだ気分になる。
これが、次の俺の対戦相手か……
「今日はー! リゲルの大会でー! 優勝狙っちゃうよー!? 応援よろしくー!」
確かに、間違ってない。人気者になるということは、冒険者として人脈を獲得する事に繋がる。
でも、今目の前にいるのは魔法少女と呼ぶにはあまりにも大人だった。
「ピノ選手は当初23歳で初出場、以来7年連続大会の参加だぁ! つまり今年で3--」
「オォイゴラ司会ィ後で裏来いや」
きゃぴきゃぴな声音が、すこぶるトーンダウンして低い物に変質した。
「--失礼しました。今年も彼女が来てくれたぞー!」
「きゅぴん☆」
開いた指2本を片目に当ててポーズを取る魔女ピノ。すげぇ人格の変わり様だ。
「そこのゴブリンさん!」
置いてきぼりにされていた俺を、突然名指しする。先端がハート型になっている白い杖を突きつけながら、ピノは言った。
「上手くこの大会に潜り込んだみたいだけど、貴方が人々を惑わそうと企んでいるのはお見通しよ! これ以上の悪さは天が許してもこのピノちゃんが許さない☆ 私が成敗してやるんだからぁ!」
「参加してるだけで何もしてないんですけど」
悪役として担ぎ上げられた俺はこの謎の舞台に立つ。
「悪党は皆そう言うんだぞぉ! えぇい! いざ勝負ーッ」
「ピノちゃあああああん!」
「負けるなピノちゃん!」
「そんなゴブリンやっちまえぇ!」
完全にアウェーなこの場で、俺は身構えた。ふざけているが、3回戦まで突破した相手。それに魔法使いだ。油断してるとやられる。
「試合開始!」
「いっくよー!」
審判の合図が放たれ、桃色のツインテールを揺らしてピノが動いた。
「雷鳴ゴロゴロどんがらガッシャーン! 怒った神様眼下に天誅! 落ちろ落ちろ、ビリビリ痺れる正義の刃!」
一瞬、脱力しそうな魔法の詠唱だった。確かに下級以上の魔法はイメージを固定する時に、各々のインスピレーションで口上を唱える事で安定させるという話は以前も聞いた。
ヘンテコなのは彼女のボキャブラリがアレなだけで問題は別のとこにある。大体どういった形態の魔法なのかは共通しているのでそこを想像すれば何が来るのかある程度は分かる。
多分これは、レイシアも使っていた雷属性の上級魔法--
「輝く落雷の刃!」
快晴の空が瞬く間に暗雲に覆われ、雷轟が連鎖する。
振ったステッキが、雷を誘導した。狙うは俺の頭上。そして眩い閃光が落ちてくる。
予兆の段階で弾ける様に全速力で駆ける、背後で落雷が地面を砕いた。やはり地点を定める類いの攻撃であれば、俺の機動力なら事前に動く事で何とか避けられる。
今のは不味かった。ロギアナみたいに膨大な魔力が籠められていたのなら、範囲ももっと広くなって一巻の終わりだった。
「おおっと! ピノ選手! いきなりの上級魔法! グレン選手、間一髪でその場から逃げた!」
「んもー! 避けちゃダメでしょ必殺技なのにー!」
「避けるわ! そんな見え見えの大技!」
戦闘態勢故か、風の魔法で周囲に自分の声を広げるのを止めたピノは頬を膨らませていた。
「石さん岩さん起きてください! お空に飛んで、雨になろう!」
次いで魔法の詠唱が始まる。その間に俺は接近する。魔法使いは近距離に弱い。
魔女の足元の石畳がひとりでに砕けた。破片が飛び散り、浮かび上がる。次は土属性の魔法、恐らく中級か。
「近づかないで、岩粒降雨撃!」
大小様々な無数の飛礫の雨あられが降り注ぐ。大きい物で俺の頭くらいの物まである。
ハチェットを振るい、目の前に飛んできた石畳の欠片を砕く。足は止めない、一刻も早く相手の元へ。
惑わされるな。数は多かろうと、大雑把に拡散している以上全部が被弾する訳じゃない。必要最小限の攻撃にだけ意識を向ければ良い。
避けきれなさそうな飛礫だけを迎撃し、殆どをすり抜ける様に土魔法をかいくぐる。雨に比べれば全然やり過ごす空間の猶予がある。
「な、にィ!?」
まさか、牽制を放っても怯まずに突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。猫かぶりを忘れてピノは呻く。
「付与」
ハチェットを横合いに魔力を宿らせた。淡く青い霞が灯る。
これくらいなら見せてしまっても構わないか。これで確実に決める。
「水衝斧!」
「何クソォ!」
間合いに踏み込んで水属性の魔力を含んだ片手斧を振るう。魔女は杖を立てて身を守った。
激しく金属が火花を散らす。続いて細い身体を守ろうとする女性にガードの上から何度も撃ち込んだ。
杖だけを狙う。それだけで十分だ。魔法を使う隙は与えない。
水の付与による鎮静の効果で、幾度となく受けた杖から間接的に相手の集中力を削いでいく。
ほんとだったら、此処で崩拳を打ちたいところだが、まだだ。まだとっておく。
「う、ぐ、ぐう」
「グレン選手! ラッシュラッシュラッシュ! 息をつかせぬ猛攻だぁ! このままではピノ選手が危ういぞ!?」
興奮する実況。
防戦一方となりつつある光景に、観客の声が矢となって会場に降り注ぐ。
「ゴブリンテメェエ!」
「うわああああピノちゃん! ピノちゃんがあぁああ!?」
「止めろぉおお! 止めろよぉおおおお!」
「クソがぁゴブリンぶっ殺す! 後で覚えてろよお前ェ!」
悲鳴と俺に対する罵倒が周囲から飛び交っていた。完全に悪役だった。
でも、こっちも負けてやるわけにはいかない。
「ほらよ」
甲高い金属音を立てて、白い杖は空を舞った。そのまま柔い身体がへなへなと床に崩れて膝を付く。
「どうする魔女っ娘お姉さん。杖無しでもまだやる?」
「……ま、参りました」
怒号が、火山の噴火のように地面を揺るがす錯覚を起こした。
更に悪い事に、彼女はそのまま指で両目を擦りながらめそめそと泣き始めてる。
「あーーん。ごめんねぇえええみんなああああ。ゴブリンさんにいじめられたうわーーん」
「オイイイイイ! お前そういう事やるなよ! 絶対演技だろコラ!」
そのウソ泣きが拍車を掛けた。
俺に対して完全に憎悪を向けられ、会場からゴミが投げられていく。
「か弱い女の子をいじめやがってぇ! テメェぜってぇ許さねぇからなぁあああ」
「ゴブリンのくせにぃいいいいい!」
「があああああああああ! 殺す! ころぉすッ!」
うわぁ、ファンってこえー。
物を投げないで下さい、という司会の注意に構わず非難轟々の観客。悪い意味での熱気が冷めやらぬまま、俺は逃げる。泣くジェスチャーをしながら、後ろでピノは舌を出していた。ヤロー後で覚えてろ。
ともあれ、3回戦もこれで突破だ。順調ではある。
あーでも、こんな形で目立って良いのかな?
次回更新予定日、12/5(月) 7:00




