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俺の邂逅、魔導士の宣戦布告

 翌日、遂に大会の時を迎えた。

 応援席に向かったアディ達らと別れ、コロッセオに入場していくつか用意された内の一箇所である選手達専用の控え室へと案内される。


 熱気と喧騒に包まれた部屋に入ると一斉に、緑の俺の姿に視線が集う。

 何だアレと鼻で笑う者、魔物だよな? と訝しく警戒する者、一瞥したきりウェイトトレーニングを続ける者と三者三様の反応だった。


「よぉぉ! こんな所で会えるとは奇遇だなぁ!」

 がなり立てるという表現に近い程の大きな声で、まるで知己に対する時の様に誰かが呼び掛ける。

 一瞬、ざわめきが止まった。皆、こっちを見る。

 もしかして俺? 如何にも乱暴そうな口ぶりだが、こんな声を出す知り合いなんていたっけ?


「あの時のゴブリンだよな。俺の事をまさか忘れちゃいねぇだろうな?」

 のしのしと、遠慮の無い足取りでやって来る声の主。特徴としては頭部がスキンヘッド。黒い革の胸当てに筋肉と脂肪がダブルマッチした大男。

「お、お前は……!」

「前回は邪魔が入っちまったからなぁ、ようやくテメェを取り逃がさずに済みそうだ」

「--鉄板のワイフ! 生きてたのか!?」

「ワイルだワイルぅ! 剛腕のワイル! 何だそのおふくろみてぇな呼び名は!?」


 唾を飛ばしてなじる男。俺もやっと思い出した。いたな、こんな奴。

 確か、初めてアルマンディーダを見た時だっけ。酒場でこの男が彼女に粉掛けナンパして、トラブルになりかけたタイミングで俺が口出ししたんだっけ。


 その件で撒こうとしていた俺を追う魔物狩りのゴラエスにまんまと蹴散らされて終わった筈なんだけど。無事に復帰したか。俺にとっては良い事なのか悪い事なのか。


「まぁいい。あの時の落とし前、きっちりつけてやろうじゃねぇか」

「まぁまぁ待て待て」

 体格差としても圧倒的なワイルに詰め寄られ、両手をあげる。今にもギタギタにしてやるオーラが満々なのでやんわりと制止した。


「アンタの目的は元々試合だろ? こんな所でやりあっても良い事少ないぜ? それに、ここに来たって事は試合に自信あるんでしょ」

「当然だ。あの日あの鞭野郎に焼き倒されてから、鍛え続けて来たからよ」

「だったら尚更この場で発散して終わりしたら勿体無いじゃない。今俺にお灸を据えたら間違いなく失格になるのくらい分かってるんじゃないか?」

 間近でガンつける奴の眉間が、ひくついた。


「こういうのは試合でケリつけた方が一番だろ。俺も、一応此処に来た以上勝ち続ける気でいる。だから互いに勝ち進めれば近い内にぶつかるんじゃないの?」

「ずいぶん吠えたな、ゴブリンが」

「でなかったら参加する意味ないし」

 この場で勝気な宣言をするのは得策ではないんだけど仕方ない。証拠に、一同からのヘイトが伝わって来た。

 ちなみに俺が試合番号がいくつなのかは分からない筈。俺がグレンだと知ってる奴が選手にいるとは思えないからだ。


「上等じゃねぇか。だったら俺と当たるまで、せいぜい負けるんじゃねぇぞ。その前に終わったら後でぶっ潰してやる。試合で当たれば速攻で捻り潰す」

「激励どうもありがとう」

 捨て台詞を残して離れていく大男。すれ違い様に肩で突き飛ばそうとするがひょいと避けておいた。


 そういえば、組み合わせ表は完成したのかな。壁に掲示された参加者一覧に目を通す。勇者カイルの名前はあるかな。

 うん、やっぱりあるか。大分離れてるな。勝ち進めないと奴とは当たりそうにない。


「……え? おい、待てよ?」

 つらつらと流し見していると、目を疑う人物の名前があった。アイツが、どうしてこの大会に?



 背景には人、人、人。表舞台を見おろす観衆の声が、開けた空の下を埋め尽くす。

 巨大な闘技場で、100名以上の参加者が舞台に立ち、司会の言葉が反響する。

 どうやら風の魔法でも使っているのか、こんな騒々しい場所でもハッキリと一人の流暢な男性の声は俺の耳にも届いた。


「さぁ皆様! お待ちかねの勇猛なる戦士達の登場でぇす! 偉業に名立たる者から本大会初出場のニューフェイスまで、雁首揃えての来場だ! 決勝まで勝ち進め、チャンピオンに挑戦権を得る者は一体誰だぁああ!」

 更に大きな歓声が湧いた。ビリビリと大気を震い、参加者の闘志を鼓舞する。


「ではさっそく説明と行こう! 本日はさくさく進めて粒をふるいにかけちまうぞぉ! 1回戦と2回戦は複数の試合を同時に行う形式だぁ! もう一つの目玉な優勝予想もただいま絶賛集計中。紳士淑女の皆さん、平行して倍率オッズも表示してますよ。各所の気になる選手に賭け金ベットを託したまえ!」

 

 並ぶ選手群の中、俺は一人一人の特徴を見て探している。何処だ。何処にいる?

 勇者カイルではない。剛腕のワイルでもない。俺が探しているのは。

「いた」

 俺より前の方に並んでいたその人物の背中を見つけた。


 背中まで届いた銀の髪。つば広の地味な帽子とローブ。老木の杖を持ったその人物には見覚えがある。



「おい、ロギアナ」

 一度選手たちが解散し、試合に呼ばれるまで控え室に戻ろうとぞろぞろ砂地の試合場から戻ろうとした所で、彼女を呼び止める。

 魔導士の丸眼鏡の奥にある紫水晶アメジストの冷たい瞳が俺を視野に入れた。


「何」

「まさかこんな場所で逢えるとは思ってなかった。今まで何してたんだよ?」

「私の勝手」

「おい冷てぇな。それより、こんな野蛮な大会にお前が出るなんてな。やっぱアレか? 賞金狙い?」

「関係ない」

 言葉少なげに、ロギアナは切り捨てる。


「そりゃ悪かった。ま、試合で当たったら加減してくれよ? 俺は魔法使いが天敵なんだ」

「……」

 距離感があからさまに他人行儀の物になっている。確かに元からこんな感じだったし、人目の前だからあまり言葉を話さない態度を取っているのだから仕方ないと言えばそうなるが。

 問題は、その後ろだ。


「どうしたロギアナ? 緑の色男に言い寄られたのか?」

 少女の細い肩に手を乗せ、混ざって来たのは緑の勇者。

「おいゴブリン、ウチのパーティーの女に何か用か? 怖気づく事も無く大会に来たと思えば、早速色目使うとは見境ないなぁ。後でリューヒィに教えてやりたい」

「おや勇者殿。よもや彼女とお仲間でらっしゃるとは、俺もそちらと少しだけ面識があったんで挨拶しただけだよ」


 すっとぼけて何だが、申し込まれた決闘の時から顔合わせしているんだけどな。

 ロギアナは身体接触に微かな嫌悪の色を浮かべているが、カイルの方は全く気にも留めていない。

 それどころか、この女は俺の所有物だとでも言わんばかりに横に並んだ。


「へぇ、そうなのかロギアナ。地味ったれなお前が俺ら以外と接点があるなんて珍しいな」

「……」

「忘れてないよな? お前が出場する理由」

「……当然」


 何かを念押しする勇者。ロギアナは、間を置きながらも答えた。

 これは事情がありそうだ。後で彼女に聞いてみたいところだが、

 複数の選手群が風魔法のアナウンスで点呼される。そこの中には早速勇者の名前があがった。観客の動く声と物音が激しくなる。皆、奴をお目当ての試合として移動し始めた。


「俺が呼ばれたか。てなわけで、精々がんばれや。対決出来ると良いな、それまで勝ち進めると到底思えないけどさ」

 嘲笑いながら、試合に赴く勇者。ロギアナも俺の前から去っていく。

「ロギアナ」

「アンタと当たった時だけど」

 立ち止まった銀の魔導士は、後ろを向いたまま寡黙を装っていた態度を少しだけ解き、俺に言った。


「絶対に手は抜かない。勝たなきゃならないから」

 宣戦布告。言葉尻からして、それには強迫観念が滲み出ている。

「脅されてんのか、お前」

「関係ないって言ったでしょ」

 足取りを早めていく。俺は、この大会で色々な因縁に片をつけねばならないのだと、予感を覚えた。

次回更新予定日、11/29(火) 7:00

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