俺の選抜、ダックスハント
S級冒険者にして獣人の女、ダックスハントの課題に冒険者達がざわついた。
俺達B級以下の者からすれば、奴への挑戦は無謀以外の何者でもない。更に言えば、生半可な覚悟で来た参加を望む連中にしてはこの上ない脅威になるだろう。
強者たる犬女の御眼鏡には決して叶わないと悟り、戦意を失う奴も周囲で見えた。
しかし、なーんかどっかのくっころ騎士を彷彿させるなぁ。キャラ被ってるぞキャラ。
「なんとも横暴な輩だ。参加者を選別前から有無を言わさず落としたり、試合に臨む気でいる者の気概を削ぐような態度を取ったり、S級でも同じパルダ殿とは偉い違いだな」
「おいヘレン。気にくわないならアイツの鼻を明かす良い案があるぞ」
「む、何だそれは」
上手くいくかは分からないけどなと言い加え、俺はそこら辺の地面をキョロキョロ見渡す。
「出場するにしても、私の見込みではレベル30半ばは最低でも欲しい。しかし貴様らは大半が軒並みが20代、よくても30前後だ。第一印象としては最悪だな。本音を言うと条件審査があるなら全員まとめて蹴っていたところだ」
奴の演説をよそに、俺達は行動を起こしていた。
「あった。あれ拾ってみ」
「? ただの枝ではないか。これがどうした」
「上位陣は平気で人の平均晩成レベルである40代に達した者達がゴロゴロといる。そんな中でB級C級で勝ち進める確率など限りなく低いと言って良い。そんな中に混ざろうとするんだ。どれだけ前提として無謀な行為であるのか、頭の中に入れておくんだな」
俺はヘレンにジェスチャーで手本を見せる。
「その小枝を、遠くへこう、ピョーンと投げるんだ。思いっきり」
「……なんなのだ? そぉら!」
言われるがまま、ヘレンは拾い上げた手頃な枝を空に目掛けて放った。
「くれぐれも数打てば当たるの感覚で出場し--」
すると、ダックスハントが反射的に飛んで行く小枝へとマズルを向ける。狩猟本能が駆り立てられた。
「ハゥ!? オフッオフッ!」
そして、話を中断してまで上空をクルクル回って突き進む枝に目掛け一直線に走り出す。全速力で。おお、はえーはえー。
「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハグゥ!」
着地点を計算して飛び上がる犬女。落下する前に小枝を見事に口で加えてキャッチ。そのまま軽やかで鮮やかに地に着く。
おおー、とS級という格威に先程まで気圧されていた周囲から感嘆と拍手が漏れる。
我に返ったダックスハントは、慌てて枝を吐き出し、そのまま元の場所まで駆け戻る。強いて言うなら、ヘレンの所にまで。
「へ?」
「何をさせるんじゃこのドぐされがァああ!」
捻りの入った重い回し蹴りが未来の英雄の胴を打ち抜いた。手足と身体でコの字になってヘレンが後方に吹き飛ぶ。
「ヘレェエエエエエン!? しっかりいたせぇえええ!」
思わず叫ぶ俺。だが返事は無い。完全に気絶した様子からして、彼はもうダメそうだ。
すまん、と心の中で詫びる。いやまさか、ここまで過剰反応するとは思わなんだ。
二人目の犠牲--脱落者を出したダックスハントは、肩を上下させて周囲ににらみを利かせる。威厳を取り戻そうとしている。
ギルドマスターは下手に手が付けらないのか、遠い目で犬女の仕切りを見守っていた。
「話はこれくらいにして! さっそくだが! 選抜を始める! 申請を行った者から順に行くぞ」
確か、受付が言うには俺は後ろの方だった気がする。序盤の挑戦者達との手合わせで、お手並みを拝見させて貰おうか。
「と言いたいところだが、優先させて確かめたい相手がいる」
ダックスハントは集まりの中の一人を毛でおおわれた手の甲で指差した。まさかのご指名が入った。「そこの貴様だ貴様。前に出ろ」
冒険者達が一斉に指が示した方へ振り向く。皆が、俺を見る。
「ええ? 俺?」
「そうだゴブリン。一番手だ」
何で? と疑問に駆られていると、犬女は腰に提げられた二つの短刀を抜く。
「知ってるぞ。この近辺を騒がせてる奴だな。ギルド内でももっぱら噂になっている」
「へぇ、それはまた、光栄な事で」
「経歴を調べさせてもらった。グレン、とか言ったか? 貴様の依頼は下請けから下級の討伐。あまり大それた偉業はさしあたって確認できなかった。が、現状ゴブリンの身でありながらこの国で貴族という地位を得て、随分持て囃されている様だな」
まぁ、公の場で俺の実績は評価されてる物はダックスハントの言う様に少ない。
岩竜もレイシアの手柄で、俺が倒したと認められたのはロックリザード。ヴァジャハの一件でもアルデバランの外からすればアンデットの掃討に協力した程度の扱い。ドラヘル大陸での活動は勿論、人間達に知られている訳もない。
「で、現在のレベルは31か」
「今は一つ上がって32だね」
「ハッキリ言うが不十分だ。実力も期待できない」
つまり実情を知らない犬女の目では、努力に見合わぬ贅沢な成果に恵まれた輩に映っているだろう。
「今度は何か? 闘技大会に出てその異彩さを周囲に見せびらかし、知名度を上げてはコネを作って儲ける魂胆か? 我々ギルドを舐めるにも程があるぞ、たまたま亜人として認められたラッキークリーチャーが」
「否定はしないよ。良いね幸運な化け物、響きが気に入った」
指摘は間違ってない。おおむねその通りだ。闘技場で勝つという強い思い入れなんて俺には無いし、優勝とは別の目的の為に出場するつもりだからな。
「だから現実を知らしめてやる必要がある。ゴブリンが、どれだけ身の丈に合わない事をやろうとしているのか。そら、出てこい」
これで婚約者がいる身だなんて聞いたら彼女憤死するんじゃないのか? と思いながら前に出た。
「その前に一つ良いかな?」
「何だ?」
「もし、その、アレだ。万が一でも俺がアンタに勝ったら」
「あ?」
「まぁ聞けよ。もしもの話だって」
険しい顔で凄むダックスハントを両手で制止しながら、俺は続ける。
「この例えは俺以外でも良い。試される側の何人目かでアンタが負けた場合、後につかえてる連中はどうなるの? 早い者勝ち?」
「私に打ち勝つ奴が出る? 大した冗談だ。そんな奴がこの中にいるなら」
湾曲した対の短刀を突きつけ、
「迷うことなく抜擢する。が、残りの奴等がその方針に不服があるなら、わたしに勝ったソイツへ挑ませれば良い。それだけだ」
「はいよ。それが分かればいいや。さて」
俺も腰にあった変形斧を手に、開く。
「よろしく頼みますよ」
疾風が目の前で吹き荒さぶ。一匹の獣が距離を詰めた。
早い! 獣人ならではの機動力か。
「シィ!」
俺目掛けて、双刃の片割れが降りかかった。手加減しているとは思えないほどの、恐るべき一太刀。
「--よっ!」
片手斧で一撃を受け止める。火花が散った。
パルダとの稽古で培った反射神経が功を奏した。動きは彼女程じゃない。アレに比べれば、まだまだ反応出来るレベル。
頭突きをかませそうな間合いで、驚愕を露わにした獣人。その顔も次第に怒りの色に染まっていく。
二撃目。三撃目と激しい猛攻が繰り出された。ハチェットを臨機応変に回し、防御を続ける。
「牙裏車輪!」
竜巻の様に回転して放たれる剣舞。双剣独特の手数の多い闘技。ハリケーンみたいだ。これは対応しきれないなと判断し、素早く身を退く。
大気圏外に距離を置くと、ダックスハントは姿勢を立て直して突っ込んで来た。
剣撃だけではない。蹴りなどの体術を織り交ぜた猛攻。
現状、俺はまだいける。自分でも驚いた。竜人の師との組み手の日々が、飛躍的に単純な戦闘面を向上させているのか。
「どうした!? 防戦一方では死ぬだけだぞ! 単にやり過ごせば良いと思っているのか!?」
「え、殺す気?」
軽口を減らさない俺に、犬女は唸った。鋭い乱れ突き。マジで顔を狙ってきている。
ボクシングのジャブを避ける様な、紙一重の連続回避。ギリギリの攻防が俺の神経を研ぎ澄ます。
「閃瞬牙--」
「いかんっダックスくん! それは!」
剣を交差して前のめりになる獣人。俺も知ってる。レイシアやペンドラゴンが見せた高速突進闘技。あ、これはダメだ。俺も両腕を前に構え、
「硬御!」
嵐が吹き抜け、全身を斬撃が包む。背後では既にダックスハントが通り過ぎていた。
「フン、致命傷は避けた」
「……そりゃどうもありがたい」
倒れる姿を予想していたのだろう。俺が衣服が裂けただけで他に被害が無く、悠々と振り返るのを見て驚愕する犬女。敵の決定打を止める段階ならば、さしもの硬御の後の隙も狙えまい。
「なっ」
「じゃあ今度は」
ハチェットを振りかぶる。そして大きく、
「俺の番ね」
ぶん投げた。片手斧の投擲は意表を突くし、射程と威力からして相応に脅威になる。簡単には防げまい。しかし相手はS級、これくらいでは流石に何とかするだろう。
当然欠点として、戦闘の最中でこの投擲が出来るのは一度っきりだ。それがメインウェポンであれば、致命的だ。
「チッ」
横合いに避けるダックスハント。まぁ身軽な相手に都合良く当たる筈もない。牽制だ。その回避中を狙って俺が飛び出している。
向こうは素手で躍りかかった俺にも対応し、態勢を崩しながらも双剣での反撃に打って出た。
そこで部分硬御。刃を阻み、彼女の腕を掴んだ。
そのまま力ずくで投げ倒し、草地に叩きつけた。大きな隙を生み出す。そして彼女に向かって、
「崩拳ッ!」
全力の一撃を撃ち込んだ。草の根が飛び散り、剥き出しになった周囲の大地に豪快な亀裂が走る。
ダックスハントのほんの頭からわずかに逸れた拳を、地面から抜き取る。伏したままのS級冒険者。今のが当たれば、確実に決まっただろう。
「で、これでどう? まーたラッキーに恵まれちゃったかな」
本来の戦闘であったのならば、実質の勝利。いやまさか、自分でもS級とやり合えるとは思ってなかった。まぁ、きっと格下だから手加減をしていて胸を借りた勝負だったんだろう。
「……」
「……ん? おーい。どうしたのー? ……あれ?」
立ち上がって倒れている犬女を呼び掛けるも返事がない。え、当ててないんだけど。
よく見れば、彼女は目を回していた。
もしかして頭でも打った? 昏倒する彼女に何度か呼び掛けるも返事がない。
「あのー、すんませーん。何か気絶させちゃったみたいで」
「は、はは。まさか、本当に倒しちゃったの?」
「いやぁたまたまですよたまたま」
禿頭の汗を布でぬぐいながらマゴットがぼやく。
「……ああ、うん。ダックスくんの事は良い。グレン君来たまえ。それよりこの後なんだけど、諸君、どうする?」
手招きで呼ばれ、そこで寝ている犬女を一瞥しながら戻ると、ギルドマスターは言う。
「狗斬ダックスハントを打ち破ってしまった以上、このままでは彼が最有力候補だ。誰か、挑戦する者はいるかい? あの」
先ほどの一戦で荒れた地面を指差す。そこには俺が残した崩拳の跡が残っていた。
「一撃とやり合える自信があるなら、是非とも名乗り上げて欲しい。それとも公正な判断が欲しいなら、彼女の復帰を鑑みてまた後日、ダックスくんと残りの面子でやろう」
「とりあえず闘う人、いるならどうぞ……?」
我こそはという声も無く、今日の選抜はこれで解散となった。
ちなみに翌日復帰したヘレンが挑んだと聞いだが、弟のクライト曰くこっぴどくやらたそうだ。
次回更新予定日、11/20(日) 10:00




