俺の集合、試合を志す者達
俺達は並びながら出入り口へと歩く。
ゴブリンの俺と、絶世の美女の組み合わせ。アバレスタに二人で来るのは初めてだった。
「あやつに絡まれるなど、なんともまぁ運が悪いのう」
しかし気にした素振りなど全くなく、アルマンディーダは話を振った。
「カイルとは面識あったのか?」
「以前に何度かの。その度に幾度も儂に迫ろうとして来おった。無視したかったんじゃが、立場が立場なんでなぁなぁに断っていた」
「そうか。じゃあさっきのは奴にとっちゃ物凄いパンチを貰ったみたいだな」
少しはしてやれただろうか。そう思いながら今回の収穫をアディに話した。
アイツが予言とは見当外れの問題を解決していた事。そして、闘技大会に出場する事。
「ふむ。ふむ。とんだ見込み違いな実績じゃな。おぬしの方が相当修羅場をくぐっておろうに」
「こう言うと変だが、敵に恵まれなかったんだろう。実力はまだ分からないし、試合で当たったら注意するに越したことない」
「じゃのう」
どうやら彼女は俺が奴の前で謝罪させようとした所を遠くから目撃してしまったらしい。だから早々に切り上がらせるタイミングで、割って入ったと。
「さっきはダサいところ見せちまったな」
「何の何の。別にあの程度でおぬしに幻滅などせぬよ。場を考えた上での行動であろう」
「それと、悪い。嫌な想いさせたかも」
「何故じゃ? どうしてそう思うと危惧した?」
首を傾げる。
「まさか、あの男の言葉を気にしておるのか」
「……全くと言ったら嘘になるな」
アイツの指摘に対して、俺はあながち否定することが出来ない。
俺がもし他人の第三者で、このカップルを見たら似たような感想が出たと思えてしかたがない。
今もそうだ。アルマンディーダの容姿と、俺の容姿を交互に見ている連中の目が刺さる。
普段なら雰囲気で侮蔑や嘲笑といった周囲の感情がなんとなくわかったが、今は独りだった俺を見る時とはこれまでとまるで異なる雰囲気を醸し出していて察知できない。
人々は俺達の組み合わせを見て、一体どういう事を考えてるんだ?
「好きに言わせておけば良い。吠えた所で儂の心には響かん」
凛と、その場にいる事をまるで恥じることなく、俺の傍らで話を続ける。
「では少々考えてみぬか? 今此処にいる人々が儂らを見てどんな感想を浮かべると思うかえ?」
「似合わねぇ、かな。へんてこカップルだと思ってるよきっと」
「だとすれば、そこに悪意を込めて嘲笑に変えないのは何故じゃろう?」
「何故って、そりゃ…………一体なんだ?」
そうだ。言われてみれば、通行人達は俺と彼女が寄り添っているのを見ても何も言わない。小馬鹿にする様な物も、目障りそうな顔もしていない。今までの様な、無条件に俺を卑下する様な悪意が表に出ていないぞ。
どうしてだ? 混乱が続き、最後まで答えを出すことが出来なかった。
「分からぬか?」
「さっぱりだ」
「簡単だと思うんじゃがのう」
喉を転がす様に笑うアディ。からかわれてるのだが、嫌な感情は湧いて来ない。
「では答え合わせじゃ。良いか? 皆が儂の容姿に惹かれておるのは分かるであろう? なんせこれほどの美女は中々おるまい。パルダもなかなかの物じゃが、あれは可愛い系。そして儂は美しい系じゃ!」
「だから自分で言うなって」
「そして反するおぬしは他人からすれば、とても酷いものなのじゃろう。故に、恐らくこう思ってる奴が多かろう。『何故あのようなゴブリンにあれほどの美女が付く。それならば自分であっても良い筈ではないか』と」
嫉妬というやつだ。それで格下と見なした相手であっても、自分では到底手の届かない物を手にしていると思えば笑う事が出来ない心理に繋がるのか。
周りからすれば俺とアディの関係は猫に小判。小判を持ってる猫に唾を吐けない訳だ。
「のう? それでこちらを蔑んだりでもしてみよ? 自分には儂以上の美女が隣におらん事に嫌でも向き合わされるだけよ。だから、外部からは何も言えん。何処ぞの誰かの様に、自身が見えておらん限りはな」
勇者ながらに裸の王様な彼の事か。それが彼女の評価だった。
「ゆめゆめ儂を横からかっさらおうとする輩に気をつけて貰わねばな。まぁ儂の本名、そして正体を知る所に来るだけで相当無理難題じゃろうな。偽名を呼ばれ続けて儂が堕ちるかい、かっかっかっ」
「頼むから変なのに絡まれないでくれよ」
俺自身が誰より変な輩なんだろうけどな、傍から見れば。
「ところで、大会の日程のほどは如何に?」
「ああ、その事なんだが。出場する為には選抜があるそうだ」
「選抜、とな」
「そ、何か枠が足りなくなってるから厳選するんだと。この支部での参加登録者を集めて誰が出られるか決めるらしい。明日、どうやら城の方で敷地借りてやるらしいぜ」
さてどんな事をする事になるのやら。勇者や試合を考えるのはそれをクリアしてからだ。
快晴の草原。アルデバランの訓練場から少し離れた所に、大会出場の券を獲得する為に強豪たちが集まった。
腕に自信のある冒険者や傭兵が10余名。アバレスタで申請をした者達らしい。
その中に混じっていると、見覚えのある奴等がちらほら見かけた。
先日俺の申請に口を出したネズミの様な痩せ男。見立て通り、闘技大会に出場するつもりだ。
他にも酒場で俺を見てニヤニヤしていた連中もちらほら。
「むう! ゴブリン! 貴様か」
「何だ、お前も出ようとしてたのか」
両腕を組んで仁王立ちしている自称未来の英雄ヘレン。毅然とした態度で鼻を鳴らす。
「当たり前であろう。このヘレンが活躍するにはこういった機会が欠かせない筈だ」
「出場枠を持ってっても俺を恨むなよ?」
「そのままそっくり返してやろう。俺は貴様に負けるつもりは無いぞ! オブシド殿から貰ったこの黒剣で蹴散らしてくれるわ、ぬはははは!」
意気込みは上々か。相も変わらず暑苦しい。
やがて、予定の日時が近くなると騎士数名を連れて選抜の役員らしき二人組がやって来る。
「人数は……揃ったようだね。諸君、ご足労をかけた。ワシはアルデバラン近辺の支部を担当しているマゴットという」
ローブ姿に禿頭、滝が凍った様な白髭が特徴である壮年男性がのんびりと口を開く。
初めて見たがこの支部のギルドマスターだと察する。結構偉い人が来たもんだ。
片割れは長身にローブとターバン、覆面でシルエットを隠し、正体不明の人物。マスターの傍らに立つ佇まいからして、相当に腕が立つのが伺える。
「さっそく本題に入ろうか。君たちはこれからリゲルで開催される闘技大会に出場するには、ふるいにかけられた中に残らなければならない。そしてそこで、良い知らせと悪い知らせがある。どちらが良い?」
「良い知らせ!」
話を聞いていた俺達の中で、誰かが声を張り上げる。
「良い知らせ、ね。これをクリアすれば他の審査は全て免除される。リゲルでの手続きでは追いつかない為の措置だね。リゲルまでは素通り出来るという訳だ。更に要望とあれば滞在費や移動費、移動の馬車すら用意してあげよう。栄えある参加者には手厚くギルドが援助しよう」
演説の様に話を広げるマゴット。そこで言い切った所で片割れのローブ姿の奴が前に進み出た。
「次に、悪い知らせの方だ。この16名の中で試合に出場することが出来るのはただ一人。選ばれなかった15人にはお帰り頂こう。敗者に用はない」
くぐもった声の質は、女性の物だった。
しかし声色と言動からして、強気で男勝りである事が伺える。
「一人だと!?」
「あんな大掛かりな規模での大会で支部ではそれだけしか出さないのか?」
「厳しすぎるぞ」
ざわつく参加者……厳密には参加希望者。覆面の人物は当然だと言い張る。
「優先枠が差し引かれた上に各地の猛者がこぞって出る行事だ。それを考えればこの程度の選抜は至極必然の対応だろ。こんな田舎にでも出場のチャンスがあるだけいい方だ」
荒くれ者達の顔が、徐々に敵意の香りを匂わせていく。おいおい奴等を煽るとロクなこと無いぜ。
しかし向こうは知った事かと言わんばかりに、
「ふざけた連中が混ざってもらっては困るんだよ。純粋に戦力になりえる人物を衆目に誇示し、有用な人材を発掘する為に催している側面が大きい以上、闘技場を盛り上げてあわよくば物好きに拾ってもらおうなどという魂胆で参加するような輩は邪魔以外の何者でもない。だからA級以下の冒険者には、こうして厳選の場を設けたんだ。わたしが確かめてやる。生半可な気持ちで来た奴は、今すぐ荷物まとめろ」
「おめぇ、女だろ。テメェごときに実力を判断されたくねぇなぁ」
進み出たのはあのネズミ似の男だった。覆面の役人に、顔を近づけてガン垂れた。
腰のホルダーに手を回し、いつでも早撃ちガンマンの様にナイフを抜く準備をしていた。
「つーか、面見せろ面を。誰だか知らねぇが、身元も知らねぇ奴にうだうだ言われてると腹立つんだよ。あぁ? ギルドの回し者なのか知らねぇが、偉そうにしてんじゃねぇぞ」
「こらこらやめなさい。悪い事は言わないから」
制止しようとするギルドマスターをよそに、
「……れろ」
ぼそっとした呟き。ああ? とネズミ野郎が耳を立てて近づける。
「何言ってんだか分かんねぇよ! モゴモゴ言ってんならその口--」
「離れろと言ってるのが分からないのかグズ野郎」
ローブが翻った。錐揉みした体躯から繰り出される捻り蹴り。因縁をつけていた冒険者が吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がり、白目を剥いた。一人目の脱落者か。
「ああ遅かったな。ダックスくんダメだよ、活躍の芽を見極めずに摘んじゃ」
「結構。あの程度、たかが知れています。もし他の支部からの登録で出場出来ても、参加枠を無為にするだけでしょう」
ローブやターバンといった自分の素性を隠す物を取っ払い、その女性は正体を現した。
茶色の三つ編みをした獣人。犬と同じマズルの長い口に黒い鼻、垂れた耳と尻尾。露出した肌には体毛が覆われている。動きやすさを重視した軽装で、左右の腰に刃渡りの短い剣が差してあった。
「ダックスだ……!」
「ダックスハント?」
「狗斬の? おいおいってことはアイツ」
「S級、冒険者……」
露になった犬女の容姿を見るなり、冒険者たちから動揺の声が上がった。
ひそひそと俺は横のヘレンに尋ねる。
「有名人?」
「パルダ殿と同じくらいにな」
頷きながら彼は首肯する。S級か、確か指折りの選び抜かれたギルドの懐刀な存在だ。
そんな彼女は宣誓する。残り15名の参加希望者達に。
「選抜の判定は単純。わたしとやり合って、一番まともな奴だけ参加を許そう。お前達の腕を見てやる。この程度も乗り越えないで、試合に出られると思うなよ?」
次回更新予定日、11/17(木) 7:00




