俺の団欒、居抜きのお屋敷
アルデバラン城で竜の国までのいきさつを話し、返事一つで領地を提供して貰った俺達が真っ先に始めようとしたのはまず村や周辺の森の開拓だった。活動の為に立地を改善させる為である。
しかしそんな順調に事は運ばなかった。コルト村と俺は元々農作荒らしに連行されて以来だったので、酷く驚かれたし大きな騒ぎとなった。
住民達に竜人の受け入れも、相当難色を示された。領主がゴブリンになるという時点で去る者もいた。
その説得に発展の恩恵や国からの命という建前を交渉に利用してどうにか了承させたが、やはり亜人に好意的な色は少ない。竜人だけあって人型のドラゴンが村に暮らすという訳だ。子供達だって怖がる。
そこは時間を掛けていくしか無いと割り切り、ともかくそこからまずアルデバランと村の間の通りを良くするため、森をある程度伐採し始めた。材木を調達するにも丁度よく、近辺の魔物を駆除する上でも都合が良かった。
『環境破壊は気持ち良いゾイ!』
『それ儂の真似か? 儂の口調を真似たのかえ?』
あと、その活動に参加してくれたのはヘレン兄弟だった。きこりの出としての本領を存分に揮おうと伐採に混ざるヘレンと、余計な魔物や動物の狩りに貢献したクライト。彼等は何故か、依頼を解散してからも残っている。
『貴様に関わっているとどうやら英雄への覇道へと近づいてる気がする。だから助力してやろう!』
『あっ、はい』
という具合で、動機がよく分からなかったが。
騎士二人は勿論アルデバラン王国に戻り、本来の仕事に従事している。時折こっちの様子を見に来たりしているのであまり別れた気がしない。
レイシアは過去に街を襲ったフェーリュシオルの討伐が知れ渡り、竜殺しの異名を肩書きに付された。
そしてアレイクだが、元来お見合いの件で逃亡の為に俺達と同行したのだが、戻って来てほとぼりが冷めたのかと思いきや、
『アレイク様! 私、気付きました。ハーレム計画に支障のある一夫多妻の難しい宗教家な貴方のお家であっても、貴方だけでも改宗させれば良いという事に! ええアレイク様! 私は私の自由な愛の下、貴方を調きょ……変えてさしあげようかと思います! さあさあさあさあ!』
『う、うわああああああああああああああ--』
と痴女エルフ、プリムとの関係は続いている様だった。近い未来、ブーケが飛ぶかもな……
ちなみにエルフの一族も竜人との同盟を勧めていて、返事待ちだ。彼等も森の戦士という戦力を持っている。
残りのメンバーの話は簡単。シャーデンフロイデも当然こちらで飼育している。なので疎遠になったのはロギアナくらいだ。報酬を貰ってからの彼女が何処にいるのやら。
以上、回想終わり。現在はその拠点作りの途中経過の真っ只中だ。
アルデバラン城の外部、演習場に到着すると騎士達の稽古が目につく。
犯罪者を拘束してアバレスタの街から帰って来た俺や聖騎士長に気付くと、鍛錬の手を止めて騎士達が出迎える。
「お疲れ様でしたグレン殿! 貴方が加われば流石に手が早いッスね」
「そっちも精が出るねぇ。聞いてると思うが今の内にしっかり準備しといてくれよ。いつその時が来るか予測出来ないんだからな」
俺が今行っているのはすべて、反逆者の襲来を危惧しての物だ。その為に勢力を集める準備をし、状況によってはこの国の騎士達にも参加して貰う。アルデバランも過去に死のヴァジャハと敵対している以上、無関係でいるつもりはない方針の様だ。
「そういえばパルダさんがお迎えに来てましたよ。グレン殿とリューヒィ殿がそろそろ帰宅される頃合いだと見越してかと。差し入れにマフィンも頂きました」
「そっか。じゃ、そろそろ城からリューヒィ呼んで来ようかな」
「もうじきこっちに来ると思いますね。パルダさん、リューヒィさんを呼びに行ったみたいだから」
アルマンディーダもといリューヒィは、国王やティエラ等の限られた者以外に身分を隠し、こちらの城で働くようになった。
来客が来たときの湯汲みや王の補佐、ティエラのお召し替え、相談役を請け負うという結構美味しい立ち位置なのはティエラの計らいである。
ゴブリンの俺との時と同じで竜人という身元を知り、ビビった国王は若干反対気味だったが娘には頭が上がらず渋々承諾していた。引っ込み思案なアルデバランの王でありながら国が保てるのも、彼女にせっつかれてるからかもしれない。
「にしても……良いよなぁ、パルダさん」
「ああ。大人しくてすげぇ可愛くて包容力もあるのに、ちょっとドジで守りたくなる雰囲気ある」
「パルダさんと言えば、首狩りパルダって凄腕の冒険者がいるって噂あるよね」
「まっさかー。虫も殺した事なさそうなくらいおしとやかで、手作りのマフィンを差し入れてくれるような女性だぞ。同じ名前なだけだって」
「だよなぁ」
騎士達の会話が耳に入る。男という生き物の夢想だった。
「おいおい、美人で包容力を言ったらリューヒィさんもだろ。結構あの独特の口調が母性をくすぐるんだ。それでいて艶やかで大人の色香がプンプンする。あのやんわりとした声で名前なんて呼ばれた日には……クゥー、羨ましい! 何処からあんな人を連れて来れるんだ?」
俺の前でそれを言うのか。そう思ってたら話題を振ってきた。ワザとか。
「凄いっスよグレン殿。どうしたらああいう人と懇意になれるのか是非とも知りたい物です」
「うーん。どうしたら、ねぇ」
一考し、間を置いてから俺は言った。
「数十倍も自分よか大きくて、溶岩に叩き落としても這い戻ってくるドラゴンに啖呵を切る度胸を持てば、ワンチャンあるんじゃない?」
「……」
ひきつった騎士の男達の顔を見て俺はおちゃらけながら言い加える。
いけね、竜人に関係する事は周囲にはまだ秘密だった。アディ達が竜人なのはバラしちゃいかんのだ。
特にシレーヌ研究士には。配下の竜人に頼んでデータ収集と検査に協力しているが、彼女達にもあのマッドサイエンティストの毒牙にかかりかねない。
「まぁ冗談だよ冗談。そんなのやらないに越したこと無いぜ」
「笑えないなぁ……グレン殿って本気でやりそうだから」
「うん。やりかねない」
「お前ら俺を別の意味でバケモノと思ってねぇか? リューヒィはダメだけど、パルダに声を掛けてアタックするのは止めやしないよ。試しに行ってくれば?」
マジすか!? と子供がプレゼントがあるのを知った時の様な反応を見せる若者達。当たって砕けても俺は知らん。
そうこうしている内に貴人の装いをした女性が城から出て来た。鮮烈な赤のお団子髪の美女。よく知る顔だ。傍らにはパルダもいる。
「ア……リューヒィ、勤めご苦労さん。パルダもお出迎えか」
「そっちも無事終わった様で何より。では、日が沈みきる前に帰ろうかの」
「お疲れ様です旦那様。馬車を用意してございまする」
「旦那様はやめてくれって。まだ婚約の段階なんだから。それよりトリシャが待ってるだろうな。リューヒィの言う通りさっさと……」
騎士の連中は彼女達が出てくるなり、わらわらと集まって来た。
「リューヒィさん! 城での給仕お疲れ様でしたー!」
「いつも精が出るのう。鍛錬頑張っとくれ」
「パルダさーん! マフィンありがとう美味しかったッスよー!」
「そ、それは良かったです」
「御礼と言っては何ですが今度御飯ご一緒にどうですか!?」
「え……? あ、後でお返事いたしまする……」
「うぉい! 抜けがけ許さんぞー!? パルダさん俺と! 俺と行きましょ!」
「あの……」
「職務ほっぽいてこっち来んな!」
コイツ等は夜の晩餐の準備もそっちのけでいつもこうだ。やがてがなり立てたくっころ騎士が現れ、騎士達は慌てて持ち場に戻って行く。
馬車による三人での一時間弱の帰宅。森の開拓によって城からの道を迂回せずに通れる様になった。コルト村の入り口では竜人の憲兵が迎え、そこで俺達は降りて馬車を預ける。そのまま元ペンドラゴン邸に向かう。そこが、今俺達が住んでいる我が家でもある。
これも居抜きだ。一から建てるとなるとやはり時間が掛かるからな。ペンドラゴンも別荘扱いで殆ど住んでいなかった様で、新居同然だから特に反対は無かった。
「んー。今日も働いた。やはり人間は何もせんと腐るからのう。人の役に立つというのは何と素晴らしき事かな」
「王族のセリフとは思えないぞアディ」
「この家の玄関に来るまでは儂はリューヒィじゃ。城に仕える謎の宮廷美女よ」
「自分で謎とか美女とか言うなよ」
「かっかっかっ」
のびをしながら城での服装から赤い衣に瞬く間に変化させるアルマンディーダ。竜人は鱗を服に形作っている為、自由自在に着替える事が出来る。衣類がかさばらないのは良い事だが呉服店が泣く。気に入った服を店で見れば、模してしまえるのだから。
「おかえりー」
「おかえりなさいませ」
「トリシャー、ハンナさん、今戻ったよ」
駆け足の後に飛び掛かる少女と、俺が借りていた宿屋からこの家にシフトする形で住み込みで雇われた女中さん。ペット枠のシャーデンフロイデを含めて五人と一匹で棲む屋敷は、いささか広さに持て余している。
全員が卓に着き、食事をする最中トリシャは言った
「今日ね、アニータちゃんのパパがお城で修繕に来てたんだって。パパは見てた?」
「いや、俺今日街の方にいたからなぁ。夕方には兵しかいなかったし」
「そっかぁ、バーバは?」
「儂は普段は城の中にいるからのう。来客ならすぐに分かるんじゃが」
「むー、本当かどうか知りたかった。自慢そうに話すんだもん。だったらトリシャのパパ達は毎日城にいるって話したら信じてくれないの」
昼間に顔を合わせていない分を取り返そうと言わんばかり、饒舌に今日の出来事をつらつらと話す少女。
当初俺と出逢った時よりも、彼女の呂律は年相応にはきはきと話せる様になった。アディ達竜人の知恵分けの魔法や、教養の賜物だ。
トリシャは現在、アルデバラン近辺の庶民学校に通っている。成績としては優秀ではある様で、特に異国語に関しては教師を驚かせているそうだ。当然だ。彼女は解読眼というあらゆる文字を読み解く力を持つ為、翻訳という分野では無敵と言っても良い。
「いじめられたりとかしてないか?」
「してないよ。むしろ弱い子をいじめてた男子と前に喧嘩したけど、勝った。そして泣かした」
「誰に似たんだろう」
鼻を鳴らして誇らしげにガッツポーズする。コーヒーを啜りながら、彼女がこの姿勢で男子を踏み付けた姿を想像する。やんちゃもほどほどにして貰わないとなぁ。
「忘れちゃいないだろうけど、これはちゃんと守れよ? やられて嫌な事はするな。そして」
「やられた嫌な事はそのままそっくり」
「そう。やり返せ、だ。偉いぞトリシャ。ちゃんと我が家の家訓を肝に銘じてるみたいだな」
「いやダメでございまするよ!? そんな家訓いつ決めたんですか!」
やり取りに突っ込みを入れて思わず席から立ったパルダ。
「え? 前から口酸っぱくトリシャに言ってたけど」
「そんな事は淑女としてあるまじき行為! もっとおしとやかに行きませんと!」
「えー。でも貴族社会じゃないんだから、相手に舐められたら負けな世界だぜ? それくらいはありでしょ」
「男勝りな娘に育ってしまいますよ!? 旦那様! 今一度お考え直しを! 今が一番トリシャちゃんに大事な時期なのですから!」
「えー。まぁ、やり過ぎはいかんだろうけど」
なんて教育方針の議論もそっちのけで、アディとハンナさんにシャーデンフロイデは周囲は黙々と食事を続けている。いつもの事だと静観していた。
「私は白の一族として姫様……失礼、奥様の幼少期の作法などの教養に助力に携わっておりますゆえ、一人前の立派な女性たる振る舞い方を学ばせるイロハを存じておりまする」
「そうなのアディ?」
「まぁ、儂の姉役みたいなものだったからのうパルダは」
「ですから! 是非に! 私めにお任せを! トリシャちゃんに英才なる教えの許可をください!」
でも、パルダだから大丈夫だろうけど、良いのかな? 確かに優秀だが、家事とかでもたまに砂糖と塩を間違えたりとかすっとこどっこいな時があるし。
へっぽこエリート。なんて語句を彷彿させながら、最後には良いよと俺は折れる。
俺自身がゴブリンであることを忘れてしまいそうな程、人としての日々だった。こんな家庭での暮らしが出来る時が来るなんて、ゴブリンとして生まれた一年前には夢にも思わなかっただろう。
次回更新予定日、11/8(火) 7:00




