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俺の拝聴、英雄という名のご意見番

 騒ぎや俺の負傷もあってトゥバンでの滞在は延びる事となった。

 スペサルテッドの燃え残った骨は埋葬され、内部にあった神炎ヴァドラもこの世から失せたそうだ。


 もう奴の影に隠れる必要も無いため、のびのびと皆も竜人達の厚意に甘え、思い思いに過ごしている。

 特にアレイクは城下町に降りて交流をしている、アイツが一番俺達の中で竜人達と心を通わせているみたいだ。


 レイシアは兵との訓練に同伴して朝から張り切っていた。仇討ちを果たした彼女は、幾分か張り詰めていた肩の力が抜けた様にも見える。代わりに、騎士としての志をより高めている様だ。


 ロギアナは相も変わらず、何処で何をやっているのか分からない。食事の席とかで顔を出すくらいだ。アイツ前世では絶対ボッチだろ。


 まぁ奴等はまだ良い部類だ。思わずため息を吐きたくなった有り様の奴がいる。俺はソイツに用事があって小部屋を訪れた時だった。

「むはははははは! そうであろうそうであろう!? 英雄の覇道は凄かろう! フハハハハハ--」

 部屋の外からでも聞こえる、馬鹿笑いする男の声と女性達のキャーキャーとはしゃぐ黄色い声。


 とりあえず、ノックして壁に手をついて返事を待つと、

「ハハハ……。むう、誰だ。この酒池肉林の一時を邪魔する輩は?」

「俺だよハーレム野郎」

「むむ、ゴブリンか。なら、仕方あるまい。皆の者すまない。仲間が来た様なので、今日はコレくらいで終わりにしよう。明日はこの続きを話してやるぞ!」

「ハーイヘレン様!」


 そうして何人もの美女達がわらわらと部屋から出て来た。角や羽がある竜人達だった。通路の角を曲がり始めると、変化を解き竜の顔や鱗に戻る。

「あー肩凝るわー」

「人の姿に慣れてないと疲れるわね」

「はぁ、また明日も聞かなきゃならないのかぁ……」

 散々な感想を小耳に挟み、同情を覚える。勿論彼女達の方にだ。


 と、男が一人残ったところで入れ替わりに俺は入室する。自称未来の英雄ヘレンは、盃を呷りながらあぐらを掻いて奥で待っていた。

「俺に何か用かゴブリン。彼女達との時間を不意にしたのだ。感謝して貰いたいものだな」

「まぁ、そうだな。お楽しみ中に邪魔して悪かった」

 テメェ特に何も活躍してねーだろ。という本音は抑え、とりあえず謝罪を前置く。


「俺のパーティー面子ってさ、男の方が少ないからな。お前くらいにしか聞けないんだよ」

「何を言っている。俺の弟のクライトやアレイク殿だっておるではないか」

「いやアレイクは良いとして、クライトは男心が分からないだろうし」

 前者は心は性別が違うし、後者は男として育ってはいるが多分この手の話題には難しいと思える。

 ようするに100パーセント男、更にはゴブリンに対して偏見意識を持たない竜人ではダメなのでそういう意味でコイツしかいなかった。消去法でありながら、苦渋の結論である。


「話が読めぬぞ。何を俺に聞きたいのだ?」

「……うん、まぁ、なんというか」

「貴様らしくもない。煮え切らぬな」

「だから、れ、恋愛相談とか乗ってくれない?」


 その場の空気が一瞬、凍土の真っ只中にすり替わったかの如く冷え切った。

 そりゃそうか。俺には絶対的に似合わない単語が口に出たわけだから。


「……つまり、ゴブリンの貴様にも恋慕に悩んでおるというのだな?」

「そう、なるね……俺だって生物学的には男であるし、異性の事を意識するよ」

「そうか。貴様も男だ。笑いはすまい」

 真摯には乗ってくれるらしい。パーティーの賑やかし役にしては珍しいな。


「それでだな、具体的にどのような悩みがあるのだ?」

「悩みというか、躊躇っている。俺ってさ、この見た目だろ? 傍から見たら不細工じゃん」

「うむ不細工だ。醜悪なゴブリンだものな」

「チッ」

「自分で言っておいてそれはなかろう!? なら女みたいに自虐を振るのはやめろ!」

 今回は向こうが正しい。ただ、自分でダメだと分かっていてもそれを相手に真っ向からダメ出しされるとなんか異様に苛立つ法則だ。少しはオブラートに包んでもらいたい。


「……そんな俺が人に好かれるのってやっぱりおかしい事態なんだよ。そりゃアレイクとかパルダみたいにこれまでのやり取りで親しみを持ってもらえるのくらいなら分かる。でも、そりゃただの友好としての話だ」

「愛とは別だな」

「でも、もしも、だ。この姿をした俺を本当に一人の男として接してくる相手がいたとしたら、俺はどうすればいいと思う? 素直に手放しに喜んで、受け入れてしまって良いのかな? そいつが不幸にならないか? 俺といて周囲はどんな目で見られるんだ? 考えただけでゾッとする」

 この緑色の肌を持つ小柄な化け物と伴侶になろう物なら、相対的に良い目では見られない。側にいるというだけで周囲にとっては軽蔑の視線だってありうる。


「ゴブリン……」

「やっぱり俺はそういう意味では生涯独りでいた方が相手の為にもなるんじゃあないか? 正直俺ですらめすゴブリンとは嫌だ。だったら、身の丈に合わない様な事しない方が良いよな?」

 勿論トリシャを育てる事は決めているが、それは一人立ち出来るまでの間だ。そしたら自由に外の世界に生きて貰いたい。そうなる様にする為にも、人間界で共に学ばせるのだから。


「ヘレン、そういう歯に衣を着せぬ物言いを普通に出来るからって点でもお前に聞きたい。他の奴等だとやっぱり身内びいきでの返答になる可能性がある。参考程度でいい、忌憚のないお前個人の感想を、言ってほしい」

 腕を組み、難しそうな表情からやがて悟った様な顔に変化していき、ヘレンはふぅと深呼吸する。

「俺の故郷でもある田舎の村ではな」

 田舎の村? そこに何が? 何の脈絡の無い開口に戸惑う。 

 それは予想の斜め下の物だった。


「ちょうど手頃な山羊を飼っている。勿論めすだ。好きなのを選ばせてやろう」

「おい、こいつから殺していいのか」

「なっ。物騒だな貴様!」

 相談を持ち掛けた身としては何だが、それを踏まえた上でもブチ切れそうな提案だった。歯に衣を着せぬにしたって限度ってもんがある。

 アホ女神様、コイツ相手なら良いですよね。人間の顔に本気の崩拳ほうけんを撃ったらどうなるか分かった物では無いですが、こんな事言いだす奴なら--あたたたたたたたた! をして良いですよね。


「ゴブリン、俺は真剣に言ってるのだぞ? 貴様が相手の身元をおもんばかる必要も無く、己の外見にも拘ることの無い相手を紹介するとなれば--家畜しかあるまい!」

「テメェほんとうに真剣にか? ほんとうのほんとうに真剣か? 馬鹿にしてないか? 虚仮にしてないか?」

「しておらん! 珍しくないぞ! 女日照りに困り果てた者が究極的に行きつく先はそう……家畜という慣習は良くある! 特に山羊は良いぞ!」

「ああごめん俺だ俺が馬鹿だったお前に相談した俺が馬鹿だったんだもういいやうんさっきのは聞かなかった事にしてくれはっはっはっはっはっ!」

「身勝手な奴だな! 自分から相談を持ち掛けておいて勝手に切り上げるとは! 待てい!」

 踵を返して部屋を出ていこうとする俺を、呼び止める。悩んだ。立ち止まらなくていいんじゃないかと考える。


「なぁゴブリン。一応言っておくがそれは最終手段だ。どうしても、というならの話であってだな。貴様に対して好意を持つ者がいるというのなら、それにこしたことはない」

「……だから、釣り合わないとか、周囲をどう思うかとか……それを素直に受け入れて良いのかってさっきから--」

「? 何を言っているのだ?」

 ヘレンは俺の言葉の意味が分からない様に、首を傾げる。


「恋愛事ではその程度の障害などどこでも日常茶飯事ではないのか? 俺も経験はないが、恋慕とはそんなくだらぬ事で関係が崩れる様な安い代物では無かろう? 貴様が単にあれこれ言い訳をしているだけにしか見えんぞ?」

「……うっ」

「俺は貴様の中の理由探しに付き合えぬ。容姿以前に煮えきらぬ男は好かれぬしな」

 珍しく、ヘレンからの鋭い指摘を受けた。


「そういうのは結局は当人達の問題であろう。似つかわしい者同士がくっつくのは位の高い貴族や王族の政略結婚くらいだ。我等の様な縛られぬ者ならばそんな物は自由ではないのか? 如何に凡俗で醜悪で身分の低い者に対して、才色兼備で良妻賢母になりうる美女がそんな男の隣に寄り添おうとしているのだとしても、他の誰かが釣り合わぬからくっつくなと口出す様な筋合いなど無いだろうに」

「そりゃ、そりゃそうだけどよぉ」

「自分には勿体ないと思っているとしても、それで本当に身を引くというのはそれこそ後悔することが目に見えているただの馬鹿だ。好機を逃すだけでなく、相手にも失礼に当たると思うがな」

 所詮と期待していたよりはご意見番だった。



 そうした城内での療養と歓迎を経て数日。竜王ペイローンからの謁見を求められ、俺達はまだ補修の終わり切っていない王の間に呼び出される。


「おう人間達。ボロボロのみっともない所に呼び出してすまねぇな。俺もこんなザマだが許してくれ」

 赤き巨竜の王はその力強い気迫を取り戻していた。だが包帯は取れたのだろうが、身体中の鱗が削げ、裂傷も至る所に目立っている。

「王様が謝らんでくださいよ。面目が潰れてしまう」

「とっくにぶっ潰れてるさ。バカ息子に出し抜かれて死に掛けた王になんて敬意なんざ滑稽だろ」

 俺からの否定のお世辞も効果が無く、ペイローンは自虐した。


 それと、と言いながら王自らが深々と立派な角を眼下に垂れ降ろした。詫びの姿勢だった。

「王として言うのが遅れたが言わせてくれ。トゥバンの危機を、馬鹿息子の暴走を止めてくれた事を感謝する」

 そのままの恰好でペイローンは俺達に勿体無いお言葉を投げ掛ける。王座の隣にいたアルマンディーダも仰せて頭を下げた。

 左右の並ぶ竜兵達も、側近のオブシドもパルダやトパズまで一斉にこうべを垂れる。竜の者達の誠意には息が詰まりそうになる迫力があった。


「進言、良いだろうか? 竜の国の王よ」

 トリシャの頭上にいた子竜、シャーデンフロイデが開口した。


「おう。何でも言ってくれ。罵声でも不平でも良い。口に出す権利がおめぇらにはある」

「今回の騒動について心当たりがあるのでね。告達をしようと思っている。竜人、ひいては人間達にも関する事情だ」

「おいシャーデンフロイデ。お前いきなり何を言うつもりだよ」

 まさか、と嫌な予感を覚えて口を挟んだ。しかし当人としては何処吹く風と俺を無視する。


「少々長話になるが、心して聞いて欲しい。予言と反逆者。この二つと今回の因果の話だよ」

「予言? 反逆者? なんだそりゃ」

「そうだな、貴殿の実の息子が反旗を翻すきっかけを作りだした者の存在が……いるとしたら?」

 やっぱりコイツ、勢力を増やす気だ。当初は頑として否定していた案を、彼はこの場で持ち出した。



次回更新予定日、10/21(金) 7:00

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