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俺の起床、事後報告

 瞼が重く感じるのでどうにかこじ開けると、青柄の天井が視界を一面に映る。何処かの寝室。トゥバンに戻ったのか。

 貫かれる様な疲労感が、ほんの少し残っていた。毛布に橙色の陽射しが外から零れている。どれくらい寝てたんだろう。

「……あー、またやっちまった」


 騒ぎの渦中で意識を失ったのはこれで二度目の経験。誰の助けも期待できない冒険者としては失態も良いとこだ。

 こんな広間で疲れて寝入った子供を寝所に運ばれる様な世話を受けてしまってどうにも情けない。頭を抑えた時の右手にも、包帯が巻かれている事に気付く。左肩もだ。


 身体を起こしてみれば、掛け布団の懐辺りに藤色の花が供えられている様に見えた。

 まさかの別れ花かよと思ったが、それは花ではなくラベンダーを彷彿させる髪だと分かった。

「すー」

 俺のベッドに頭を乗せて居眠りしていたのは、幼女--じゃなかった養女トリシャ。口の端からよだれを垂らしている点は名誉の為に見なかった事にしよう。高価な布団だったら謝っておかないと。


「む、起きたか。半日寝ておったぞ」

 扉から悠々とした佇まいで入って来たのは、赤い衣を纏った美女。角と翼のある竜人。

「アディ、怪我は?」

「おぬしよりも軽傷よ。竜人の回復力は人のそれとはわけが違う。もう傷も塞がって来ておる。まぁおぬしの負担の半分は、儂が原因だからのう」

「何したっけ?」

「気絶したのは片鱗とはいえ神炎ヴァドラを手渡したからじゃ」


 包帯を巻かれた手の甲と彼女を交互に見ながら、話を聞く。

「元々、その力は竜人達に向けられた物での。本来人では扱いきれぬ代物よ。右の火傷は多分に魔力回路が焼き切れかけた時に出来たのであろう。さらに言えば神炎ヴァドラは中々にハングリーだから、魔力を大量に消費する。常人が使えば即ミイラよ」

 ああ、だから魔力切れを起こしたのか。何割かは俺の落ち度では無かったと。


「なんつーもん渡すんだよ」

「全くじゃ。博打であったな」

 それを考えれば、あの結果は奇跡の積み重ねだと言っても過言ではなかった。

 でも、そのおかげで俺もアルマンディーダも此処にいる。


「そうだ。親父さんの容態は? ガーネトルム殿下の方は大丈夫だった? 今、この国どうなってんの? 王位の話は? てか皆は?」

 意識が覚め、思考も働き出してから次々に気になる事が湧き出す。

「まぁ待て。順を追ってゆるりと話してやるから身体を横にしておれ」

 言われるがままに、俺は背を倒す。

「それと、その子にもきちんと後で礼を言うんじゃぞ? 此処でずっと付きっきりでおぬしを看病しておった。ほんとに良い娘じゃ」

 竜姫はベッドに腰掛けながら、さて、と口を開く。


「城内も街もてんやわんやではあったが、事態は収束に向かったよ。第一に兄上の目から秘匿していた父上を城に運んで治療に専念した甲斐もあって、快復の兆しを見せておる。言ったじゃろ? 竜人は治癒の早さもすこぶる優れておるのでな。欠損も無いし、二日三日もあれば謁見も出来るじゃろう」

「あまり酷い怪我じゃなかった様だな」

「ガーネトルムも怪我という怪我はない。兄上の訃報を聞いて安心したような悲しいような顔をしとったが。まぁ何はともあれあやつに大きな問題は起きとらん」

 そりゃそうか。命を狙われたとはいえ、兄弟の死を知って何とも思わない方がどうかしてる。


「皆も無事トゥバンに戻って来ておるぞ。レイシアも無事じゃよ。フェーリュシオルとの一騎打ちを果たし、仇を討ったそうじゃ」

「てことは、オブシドの……」

「うむ。オブシデアドゥーガは、ただ己を含めて詫びておった。身内の不祥事の片をつけてくれて感謝するとも。地位を考えての禁忌を犯したとみなし、野放しにしたが、それでも人を襲っていたとなれば……そうするしかあるまい」

 今回、散ったのは同じ同胞であり血を分けた者達ばかりだった。王族及びその近辺の身から出た錆びだ。


 トゥバンの民からすれば、今回のクーデター未遂も起きた時点で大失態だったであろう。危うく、己の生活を脅かす事態に発展しかねなかったのだから。穏健派な彼女達に、非難が来てもおかしくはない。

 でもどうなのだろうか。俺の記憶では、彼等は殿下の暴走に対抗する姿勢を見せていた。アルマンディーダの味方につこうとする動きもあったが、結局王位はどうなった?

 

「アディ、お前、王になったのか?」

「儂か? 確かに先代の父上が実質行動不能な今、王位を掠め取る事も出来るじゃろうな。ガーネトルムもまだ若い。とすれば今が絶好の機会」

「あー、なるほど。要するにならずに済んだのね」

「何じゃい。もっと勿体ぶらせてもよかろう」

 竜姫りゅうひから竜王あるいは女王になる事は無くなったと。


「まだ父上は王を続けるじゃろう。世継ぎになる話は先延ばしといったところじゃ。ま、逃れるつもりだがのう」

「そりゃまたとんでもないおてんばな」

「……ま、一番良い方法を思いついたがのう」

「え? 何悪だくみしてんの?」

「うむ、そりゃまた今度。ただ今回は」


 包帯の巻かれた右手を彼女は手に取った。

「この度の功労を噛み締めると良い。誇張抜きにして、おぬし達が来てくれたおかげでトゥバンが救われた。皆を代表して、礼を言う。この負傷も、ねぎらわねばな」

「まぁ、うん」

 いたわる様に包み込む。俺はどう反応するか困り、空いてる方の左で頬を掻く。


「だけど、お前の協力が無かったら決められなかったし。竜化してなかったら俺は焼け死んでた」

 巨大化したら口の中に入り込め、だなんて提案を聞いた時は驚いたが、生存する意味では最適の選択だっただろう。

「そうだのう。……おぬしに勇気を貰ったからには躊躇いなど吹き飛んだわ」

「うっ」

 しまった墓穴だ。まだあの事があって記憶が浅い。思い出した途端目を合わせられない。


「あれ以来、片時も身体が勝手に震える事は無くなったよ。兄上が亡くなってぴたりとだなんて薄情ながらにのう。それでも儂は、竜としての己と向き合えた。まるで魔法だ」

「お、おう」

「ただ、のう」

 両手から俺の右手を元の位置へそっと戻し、スッと距離を近づけた。


「半日しか経っておらぬし、まだ不安が残っておるなぁ。アレで確実に乗り切れるかのう。困った困った。……も、もう少しだけ……貰えぬかの?」

 耳元で囁く彼女の声に心臓が跳ね、背中が硬直した。

 オイオイオイ! 今度はこっちからして欲しいって事!? ゴブリンが!? 姫様と!? カエルの王子様みたいに呪いが解ける訳じゃないんだぞ! あ、ちなみに子供向けのはそうだけど、本場の童話じゃ壁に思いっきり叩きつけたら戻るらしい……ってそんな呑気な事考えてる場合じゃ--


「じゅるるる」

 混乱とドギマギの極致にあった俺の前で、大袈裟に何かを啜る音が聞こえた。正面にいたアルマンディーダは目を白黒させている。流石に彼女の犯行ではない。音の正体はその背後だった。

 さっきまで居眠りをしていたトリシャが、頭を寝せたまま普段はジト目な瞼をカッと吊り上げている。今のは唾液を吸った効果音の様だ。


「お……おおう。起きておったのか、トリシャ」

「今話しごえがきこえたからおきたの。で、これはなに?」

 幼い少女の声音に、気迫が宿っていた。

「これはのう、違うんじゃよ? ちょいと話し込んでおっただけで……」

「トリシャがねてる時に、パパをくどこうだなんてゆるさない! ババアゆるすまじ!」 


 ひきつった笑顔を見せた後、竜姫は降参した様子で溜め息を吐き、

「ハァ……すまんすまん。親子水入らずの時間の様じゃ。退散退散」

 すくっと立ち上がって、そそくさと背を向けて部屋を出ていく。


「まぁ、そんな訳でおぬしの声が聞ければ上々じゃ。儂はやる事があるからこれで。食事が望みなら言っておくれ。用意させよう」

 と良い感じに空気がおかしな物にはなったがそれはそれで良いだろう。

 昨晩にあんな出来事があったと思えない程、アルマンディーダの様子はかげりを見せなかった。誤魔化してる様子は無い。

 それに、ごく自然に彼女は竜人としての振る舞いで城中を歩いている様だった。もう、隠す必要もなく角も羽も出している。


「ゆだんもすきもありはしない。あ、パパおはよー」

 トリシャは鼻を鳴らして部屋を出ていくアディを見送った後、こっちに振り返る。口の端を手の甲でぬぐいながら。

「でも、甘いことばにだまされちゃダメ。トリシャにはわかるよ。バーバはパパのことをねらってるんだから」

「なぁトリシャ、仲良くしてくれよ頼むから」

「べつにきらいじゃないもん。ただ、バーバはトリシャのライバルなの」

「ライバル?」

「トリシャはね、しょうらいパパのおよめさんになる。負けないもん」

 はは、モテモテだ。ゴブリンなのに。


 なんて上の空になりつつある俺をよそに、先ほどのやり取りをケロッと忘れた様子でトリシャは言った。

「そろそろおなかすいた。パパもおきたしごはん食べよ?」

「あー、そうだな。先に行って来な。もう少ししたら起き上がるから」

 慌ただしさのせいか、どんよりとした疲労感が吹き飛んだ。元々動くには困らない負傷だったしな。


 小走りで部屋を出ていくトリシャの姿を見た後、少ししてからもう一度俺は身体を起こして布団をまくり上げる。

 下に置いてあった靴を履き、地に足を付ける。普通に歩けそうだ。


 広間に降りると、見慣れた仲間達が俺の復帰にそれぞれ反応した。

「グレン、もういいのか」

「グレンさん! 今回もお手柄でしたね!」

「寝過ぎ」

「どうやら立役者のお目覚めの様だな」

「ゴブリン、貴様にしては良く活躍した物だ。フッ、今回は手柄を譲ってやろう」

「兄者は特に大きな活躍していなかったではないか。それはさておき、本当にやったなグレン殿」

「うるさい! 馬車の騎手になってたのだ仕方なかろう!?」

 レイシア、アレイク、ロギアナ、シャーデンフロイデ、ヘレン兄弟と出迎えて来る。


 そしてパルダもやって来て、恭しく頭を垂れる。

「グレン様。おはようございます。この度は誠に……」

「ああ大丈夫大丈夫。さっきもアディに言われたからさ」

 手で制して、皆の元に歩み寄る。ようやく俺の中にもこの騒乱が終わったのだと、実感が湧いた。


「いやぁ悪いね皆。心配かけたろ?」

「してないぞ」

「してません」

「してない」

「してないだろうね皆」

「してる筈がないのだ」

「してないさグレン殿には」

 総ツッコミである。俺ってどんな風に思われてるんだろう。


「私はー、してました、よ?」

 そう、一人だけフォローをするパルダ。ありがたいが、余計空しい。

次回更新予定日、10/18(火) 7:00

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