俺の参考、聖騎士の決着
※視点が変わり……変わり過ぎだろ!
※
遠くからでも見える空へと伸びた火山の火柱。
私はそちらに気を取られてほんのわずかに動きを止める。どうやら、何か大きな騒ぎが向こうでも起きている様だな。
邪竜を馬車から引き離す為、長期的な戦闘は続いていた。
「ハァ、いいねぇあの景色。クライマックスってところかな」
「余裕だな貴様、こんなところで悠長にしていて竜の殿下に叱られないのか」
「別に良いんだよ、仮に助けに行く必要があってもお前と遊ぶ方がイイ。クーデターが失敗しようとまた外で好きにやるだけさ。そしたら、人間をたらふく食べに行こうかなぁ、ギヒヒッ」
先程から相対していた角折れの黒竜は、鋭利な歯並びの揃った口腔を引いた。
フェーリュシオル。人の住む街を襲い、私の家族を食った張本人。
言ってしまえば私が騎士になるきっかけとなった原点であり、この旅も奴との因縁が無ければ同行していなかっただろう。
つまりは、私の人生を変えた怨敵。この為に私は剣を握って来た。
憎むべき仇だった。許してはならない相手だった。
「そっちこそ随分落ち着いたねぇ。えっと、名前何だっけ?」
「レイシア・アンサラーだ。あの世に行くまで覚えておけ」
「そうかそうかレイシアちゃんかぁ。君さ、最初はあーんなに怒りを露わにしてたのに、冷めちゃったのかな? ううん? ゴブリンだって殺されたのに、仇討ちをしなくて良いのかなー? ギィッヒッヒッヒッヒッ!」
「……」
会敵した当初はたまらず激昂していた私だったが、あのゴブリンの彼が奴に崖から撃墜された事を契機に心境の変化が訪れる。
奴はグレンの死を確信し、それを踏まえた挑発を浴びせて来たのだ。この高さからではまず助からない、お前の独断専行のせいで死んだんだ、かわいそうにと言葉を送り付けた。
しかし私はそこで落ち着きを取り戻す。フェーリュシオルは知らない。グレンにはあの程度では間違いなく生き残る事が出来る術があるのを。その認識の差に冷静さを取り戻した。
グレンは言うだろう。そのやり口が奴のやり方だと。我を忘れさせるのが狙いだと。
ヴァジャハの時に学んだつもりだったが、どうやら私はまだ未熟者ということを改めて認知させられた。
だから、しかと向き合って戦わねばならない。そして仲間の元に落ち合わねば。此処での闘いで全てが終わるわけではないのだから。
「--羽矢転」
不意を突くように、フェーリュシオルの黒き巨躯が両翼を広げて猛回転した。同時に、全方位に向けて何かが弾丸の如く飛び散る。
その正体は翼の鱗だ。奴が最初に馬車に襲撃して来た時に見せた絨毯爆撃もこの鱗を飛ばしたのだろう。今回は指向性も無く、辺りかまわず振り撒いている。ただでさえ灯りの無い夜なのに、逃げ場が無い攻撃は最悪と言っても良いだろう。
だが、その範囲の広さに惑わされてはならない。現状此処に味方はいない以上、自分以外の被害を考慮する必要が無くなった。となれば、自分に届く範囲の物にだけ対応するなら容易い。
風を斬る音と、ほんのわずかに見えるシルエットがあれば、今の私なら見切れる。
剣と最小限のステップで鱗の矢をいなし、回避する。すると、今度は黒い尾が回った勢いで横合いから伸びる。尻尾のリーチを隠していたのか。
「尾威討ち」
「それはとうに見た!」
牽制の後の本命。丸太のように太く重厚な尾撃を受け、身体を飛び捻って勢いを流す。向こうの動作を看破してすぐさま攻防を切り替えて打って出る。
私の振るった太刀筋が蝙蝠の羽にも似た被膜の翼に阻まれる。受け止められた。
「おおう、怖い怖い危ない危ない。でも竜を相手に地力が足りないねぇお嬢ちゃん」
「どうかな」
野卑な笑いを続けるフェーリュシオルに、今度は私の方が意表を突く番だ。体内の魔力を循環させ、腕から剣へと伝わらせる。
「付与、雷光剣」
雷属性の魔力が、握る剣に流れ込む。稲妻が刃を包み、暗闇の周囲を照らす。奴の黄眼に驚きが入り混じるのを間近で見た。
「生半可な防御--生身で受けると痛い目を見るぞ」
宣言通り、フェーリュシオルはそのすぐ後にそれを経験した。
私の剣を押し留めていた鞣革の翼に、刃が食い込んだ。雷属性の特性は貫通。付与ならば刃物に通常より高い殺傷を付加させる。
かつては岩竜相手にも歯が立たなかったこの技も、ヴァジャハ討伐でレベルが飛躍した影響か格段に切れ味が上がった。魔を弾く竜の鱗を容易く斬り裂ける。
竜人としての頑強さに頼り過ぎた油断の結果、奴の片翼がスッパリと落とす事が出来た。
「ギャァ!」
短い悲鳴から、明らかな苦痛が伝わって来た。効果があった。グレンから学んだことだが、有効打はなるべく隠して置く事に限る。
この切れ味を知っていれば、奴はもっと距離を置いていただろうし、危機を察するなりその翼で逃げていたかもしれない。これでもう、奴は飛べなくなった。
「いでぇ……! い、痛ぇよぉ!」
戦闘が始まって長丁場を続けていたが、仲間達への時間稼ぎと奴の実力を測る必要もなくなった為、これから一気に畳みかける。
「オイ。斬られた翼にかまけてる場合か貴様」
「テ、テメェ」
打って変わって余裕をなくした黒竜は、後方へ身を退きながら怒気をぶつけてきた。これで奴は下手に腕や尻尾を振り回す事が出来ないだろう。この雷剣に触れたらどうなるか、これで理解したのなら。
「私の両親や、弟の痛みに比べれば、大したことないだろう?」
ずかずかと、もう遠慮のない私は間合いをどんどん詰める。横合いの壁に視線を向け、そこを登ろうとする挙動を見せたので、行く手に無詠唱の雷天撃波を放って出鼻をくじく。
だが、それでは甘いか。奴には煙幕がある。もうじき使うだろう。ならば前もって、
「覚悟は出来たか? 形勢が逆転されただけで急に弱腰になるとは、こんな相手に私は今までこだわってきたのか馬鹿馬鹿しい。さっさと終わらせてやる」
「人間の--よりにもよって乳臭ぇガキの女がラッキーパンチで良い気になってんなよォ卑煙!」
そして、予想通り、黒煙の息吹を吹き掛けた。視界が何も見えなくなる。
グレンに教わった事が幾つかある。騎士としてではけして学びようのない事である。詐欺師のやり方とその思考への対抗策という物だ。
彼が言うには自分を含め、重要視されるのは相手の調子を崩し合うのを意識するという事らしい。なるほどヴァジャハとの闘いでもアイツは様々な意表や思い込みの裏側を考えて趣向を凝らし、あの強大な敵を翻弄して私に勝利を導いた。あそこまでは私には到底出来ないが、考え方としてもし自分が敵の立場だったらどうするか、という物を想像するようになった。
たとえば私がこのフェーリュシオルだったのなら、人間と比べての屈強な肉体や能力を持っているとして、今の状況に竜人としての尊厳や意地という物が頭を駆け巡っているだろう。餌として見下していた人間に足元をすくわれているという怒りが。
それに拍車を掛ければ、行動の選択肢に退避という物が消える。その為に今、私は挑発した。
つまり、この煙幕は逃げる為の物ではない。視界を塞がれた私に痛手を被る為の布石だと、勘付くまでに至った。
とはいえこの状況は確かに私が不利だ。前後左右のどこから攻撃が来るのかも、煙が動いて初めて認知できる。必然的に対応が後手に回る。
ならば視界に頼るのは愚策か。アレを使うのにも好都合。
私は無防備にもその場で目を瞑った。自殺行為にも見えるが、かえって視覚以外の周囲への注意が強まる。足音と、風の流動、そして何より殺気を肌で感じる為にも一役を買う。
「死ねェ売女ァ!」
前方からの罵声。煙の暗幕を突き破った突進。まさかの正面からの攻撃。
いや、フェイクだ。わざわざ怒鳴ったのは注意を惹き付ける為、となれば背後にもビュッと風が唸る音からして本命は背中からの尾を使った串刺し。
両方向からの攻撃は流石に私でも対応しきれない。まず、背後の尾だけに回避を専念する。
となると、当然前方からの突撃を受ける訳だが、私はそこで付与を維持したままの雷光剣を強める。
「雷光剣・閃」
閉じた瞼からでも突き刺さる程の強い閃光が、剣から全方位に迸る。フェーリュシオルの呻きが耳に届いた。
すぐに閃光を止めて刮目。私の隣を通過した尾に目掛けて容赦なく雷の太刀を振り下ろす。
「ぐァああああああああああああああああああ!?」
目を強烈なフラッシュで潰され、羽に次いで尾までも斬り落とされた黒竜はもんどりうってその場を転がった。
「グゥぅ、クソったれ……! うごぇええっ!?」
「輝く雷光の刃」
目前に魔法による落雷。何の予兆も無く天から降った雷火の刃が、竜の胴を貫いた。背中の岩に縫い付けられ、激痛に暴れる。
悶えながら、両手で光の刃を引き抜こうと足掻く。必死に足掻く。竜人の生命力は相当な物らしい。
「さて」
雷電の走る刀身を向けながら歩み、仰向けに伏したフェーリュシオルに私は宣誓する。
「そろそろ貴様に引導を渡す時が来たようだ」
「……へっ、へへへ」
この場で、奴は力の抜けた笑いを漏らし始めた。まるで、諦観しつつある様な挙動だった。
「参ったねぇ。ああ素直に参った。此処まで追い詰めた人間は初めてだ……いや、数年前にいたかもしれないがそれよりもっと劣勢だわ。お前すげぇよ、竜人と渡り合えるどころか、このままじゃあ俺は負けちまう殺されちまう」
グッグッグッという、かつて私が燃え盛る屋敷で聞いた時と同じ忍び笑いに変化した。無意識に、目を据える。
「命乞いか?」
「いやいやいや、俺は人間を……お前の家族を食って来たんだ。生かして貰えるとは思っちゃいねぇさ。今のうちに言っときたいのよ、死ぬなら一思いに楽にして貰えるならねぇ」
「そうか潔いな、死ね」
私にはまだやるべき事がある。こんな奴にいつまでも時間を掛けているつもりはない。
両手を挙げながら、フェーリュシオルは減らず口を開く。
「まぁそう慌てんな。俺だって長生きしてるんだ。色々考える事が多いのよ」
少しくらい待ってくれよ、と黒竜は残りの未練を消化する為の時間を求める。私への情けを、期待する。
「……五つ数える。それまでに覚悟を決めろ」
「ああ、お優しいねぇ。家族の仇にまで気持ちを汲んでくれるなんて、聖人様だねぇ」
「一つ」
ふぅ、と苦痛を吐露する様に息を吐いたと思えば、フェーリュシオルは瞼を閉じた。
「二つ」
「ああ、兄貴に一目会いたかったなぁ。角の折れた俺なんかを弟とは思っちゃいないんだろうけど」
「三つ--」
が、火が付いたように目を見開くと、フェーリュシオルは跳ねるように起き上がった。輝く雷光の刃は今も継続している。奴の胴は貫かれたままだ。
ただその背後の地面が岩の一塊となって剥がれる、奴は岩にくっついたまま動いたのだ。
「バーカがァ! うらァああああああああああ!」
黒龍の口から火花が散ったかと思うと、喉の奥から火炎が噴き出した。
同時に両腕を広げて躍りかかる。炎と強靭な腕力の二重攻撃。
私は即座に自分の中に眠るもう一つの魔力を解放した。視界の前髪が白み出すと同時に発光した。
「雷光剣・飛刃」
振るうと同時に雷電の斬撃が水平に射出され、火炎を分断して黒竜を撃退する。
「カハッ!? ゲホッゲッホォ!」
血の泡を吐く黒竜。
「四つ」
その姿を見ても尚、淡々と数字を宣告する。茫然と立っている奴の両腕は綺麗な断面を残して落とされ、喉元を浅く切り裂かれていた。三か所から鮮血が遅れて溢れる。
のろのろと、自分の有り様と剣を構え直す私を交互に見る。その瞳には恐怖が色濃く宿っていた。
油断などする訳が無い。この手の奴が観念した様子で言葉を並べる時は何かまだ手立てを残している時だと、ゴブリンの男から教わった。
「五つ」
「マ、マッデ……! 殺ザナイデ、助ゲーー」
「往生際が悪いぞ、死ね」
雷の雷光剣に光属性を重ね、複合付与・雷神剣へと進化させる。雷電の太刀に薄い白光を帯びた。
振るう一撃は雷神剣・破魔乃太刀。
光属性は邪気や邪念を持つ標的に強い力を発揮する。次の一撃で確実に終わらせる為に全力で臨む。
冷酷に、跳躍した私は奴の頭部から縦に斬り付ける。首をはねるだけでは、まだ動くかもしれないからだ。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア--」
絶命の叫びが振り下ろすと同時に絶えた。角折れの頭部が、真っ二つに裂かれる。
邪悪の権化とも言える竜が動かなくなるのを皮切りに、私は緊張と髪の変化を解く。
「……………………終わった」
様々な感情を含蓄した吐露。
長かった。私の過去の因縁が今、終わった。実感が湧かない。
過ぎてみれば、あまりにあっさりとしていて、この復讐が本当に幕を降ろしたのかと疑問すら感じる。
私はこの為だけに剣を握ってきた。振るうべき敵を失った。
怨敵に費やした分の喪失感は、すぐに埋まっていく。不思議と自分の身体が立ち止まるなと指図した。
ああ、そうだと思い出す。それで私の為すべき事が終わった訳ではない。一度心が折れそうになった時、叱咤された事がある。
『お前何の為に騎士やってたんだよ? 魔物を倒すだけなら冒険者でも良いって勇者の野郎に言われた時、お前は守りたいから騎士になったって言ってただろうが!?』
騎士になったのは復讐だけの為ではない。復讐だけに生きてきた訳ではない。
余韻をすぐに終わらせて、私は踵を返して山を降りる。
「待っていろ、皆。今戻る」
次回更新予定、10/9(日) 10:00




