俺の両腕、お姫様抱っこ
やがて、俺も怒りの熱が冷め、肩の力を抜いて彼女の元へと向かう。拍子抜けする程、このクーデターの幕は降りた様だ。
「終わったよ、アディ。スペサルテッドの奴は俺が」
袖で顔を拭い、顔を上げる。
「……分かっておる。自業自得じゃ。しかし、嫌な役回りをさせたのう。気負わんで良い」
「俺がそうしたかっただけだ。気負う代わりに、ちょいと失礼」
立ち上がらないのではなく、まだロクに動けないのだと理解した俺は彼女を持ち上げた。お姫様だっこだ。俺より背があるのに、軽いな。
こんな軽い身体で、あれほどの重い物を背負って来たのか。
「お前等! ボーっとしてないで周囲に伝達したらどうなんだ! 王になろうとしたスペサルテッドは死んだ」
兵達は一斉にこっちを向く。使命はあっても忠誠心の無い奴等は俺への仇討ちには動かない。
「生き残ったのは此処にいるアルマンディーダ様だ。もう争う必要は無くなっただろ。もう無理やり従わされる事は無くなったんだ。野郎のせいで起きた被害をこれ以上広げたくないなら動け動け!」
慌てて、連中も蜘蛛の子を散らす様に動き始める。俺が無礼な状況なのも咎める余裕も無さそうだ。
「よ、よさぬか。少しすれば、動けるわい」
「こんな糞熱い中にずっといたくないんだ。お前連れてとっとと外出るのにはこうした方が早い。パルダがまだ闘ってる筈だ。早く周囲に知らせて、騒ぎを止めるぞ」
「じゃからって、こんなの……」
顔を背けるアルマンディーダ。少し、元気を取り戻したか。じゃあもっと早く活力を取り戻して貰うか。
「ああ、それと。アレ読んだわ」
「読ん……え?」
「日記だよ日記、赤い背広のお前が書いたやつ」
「!?」
やっぱり大きな反応が来た。目が見開かれる。
「お、おぬ、おぬぬ、おぬし……! まさか全部か!? 全部読んだのか!?」
「そりゃ勿論。遺言にならなくて残念だったな。秘密を隠すのが最後の望みっていうのがね!」
「……くっ、かぁあああああっ。やめい、もう言わんでくれ儂が悪かった、かっこつけた儂が悪かったから返してお願い頼むからそして忘れてくれい!」
腕の中でじたばたする竜姫。怪我や恐怖を忘れ、羞恥に悶える。
よし、これだけ暴れられるなら大丈夫そうだ。
「でも、お前の口から聞きたい」
「……う、む。何をじゃ」
こほんと咳払いをする彼女の頬は、恥ずかしさとは別の何かが混ざって赤らむ。
「俺なんかにどうして惚れたの? もっと良い奴なんてわんさかいるだろ。よりにもよって、ゴブリンの俺に」
「のう、騒ぎが冷めやらぬ時にいきなりそういうこと言う奴がおるか? デリカシー無い奴じゃのう」
「だって今ぐらいの勢いじゃ無いと言えないもん! 絶対後でグズったりズルズル引きずるからこういうのは!」
俺だって恥ずいよ!? こんな美しい姫君に好意を寄せられる事なんて、絶対高嶺の花ってやつだから!
とはいえ、俺は自身の容姿を振り返って我に帰る。なんて似つかわしくないだろう。本当に美女と野獣だ。しかも都合の良い物語の様に、呪いがあって醜くされた訳でもなく元からこうなのだ。
「こんな化け物のどこに惹かれるってんだ。人生の伴侶にするのはオススメしないぜ」
「謙遜するのう」
「茶化すな馬鹿」
竜角の生えた頭を俺の胸板に寄せた。今回は俺も受け止めよう。傷心したばかりのアディには縋れる拠り所がいる筈だ。でも、次からは俺であってはならない。彼女にはもっと相応しい相手を見つけて欲しい。
「儂だってこの姿だけではない。竜の顔もあり、凶暴な力を持っておる。おぬしと一緒じゃ。儂も己の中の化け物を忌避しておる」
「竜人に理解があれば忌避なんてしないだろ。それにお前はアルマンディーダってちゃんとした自分がある。化け物とは違うよ」
「なら、儂もゴブリンに理解があれば問題なかろう? おぬしがグレンという一人の男というのはよく分かっておる」
そういう事じゃない。俺といれば不幸になるって話だ。
「理由になってないぞ」
「好きになる事に、理由などいるかえ?」
「周囲が納得しねぇさ。俺は嫌われ者のゴブリンなんだから」
「許可もいらぬよ。儂はおぬしを見初めた。それだけのことよ」
「……」
「なんじゃ、釈然とせんか? 強いて言うならのう。おぬし、日記を読んだんじゃろ?」
開け広げにアディは語る。もう隠す必要が無い為か、躊躇いなく打ち明けてくる。
「あの時も書いたがおぬしが言う通り、確かに人の目からはおぬしは醜く思われる出で立ちやもしれん。それを、ぬし自身も自覚した上でその振る舞いをしておった。あの時は感心したもんじゃ。尊敬してもおった」
「そんな大それてなんかいない。過大評価だ」
「じゃが、儂には到底出来ない。儂は竜の姿を人にはさらけ出せなかった。臆病者じゃからのう。儂とおぬしが逆だったのなら、確実に周囲の環境も生き方も違っておったろうなぁ。生まれに恵まれた儂でもこうなのに、おぬしはその逆境をしたたかに乗り越えて来た。そこに、きっと惹かれたんじゃよ。これが、儂の言葉に出来る答え」
失礼かもしれないが、浮世離れした姫君のちょっとした気の迷いの様に思っていた。物珍しい相手への関心を、拗らせただけの……そう、ただの勘違いだと。
だが、違う。俺を見て、ゴブリンである事--どんな存在であるかを踏まえた上でアディは……
「安心せい、困らせるつもりは無い。おぬしに他に想い人がおるならこの身だって退く。一方的には気持ちを押し付けんよ」
「想い人? いや、別にそんなの……」
「おや、違ったのか? てっきりレイシアと--」
「いやいや無いから! そういう仲じゃないアイツとは! 向こうもこうやって否定すると思うよ!?」
「うむ? ではあやつとはどういう……」
「……知り合い? うん、そう知り合い! まぁ、百歩譲って世話の焼ける妹分、かな? アイツ猪突猛進だからさ。だから誓ってアディの考えてる関係じゃない」
これ本人聞いたらどういう反応するかな? うんうんと頷くか、何故か激怒し始めるかのどちらかしか想像できない。
「そうか。うむ、そうか」
ひとりごちる彼女の言葉に、俺はけしてそれが俺の望む意図の物では無い事を察する。勘弁してくれ。
「……もうよいグレン。もう自分で歩ける、降ろしとくれ」
「ほんとか? あの野郎に酷く痛め付けられたみたいだが」
「竜人を侮るでない。殆ど打撲じゃ。それと」
出口へと戻ろうとして、アディの言葉に従った。若干フラつくので支えようとするも、手で制される。
「これも拾わねばならぬ。儂の責任じゃな……すまぬ」
地面から救い上げたのは硝子片とバラバラにされた折り紙の成れの果て。
その原型とだった物を俺はどちらも知っている。
城下町で貰った職人の蜻蛉玉。トリシャによる力作の折り紙。
今回の騒動で台無しになってしまったのか。
「残念だった。仕方ないよ。でも、またトリシャに作ってもらえば良いさ。硝子は代わりに俺が貰ったのをやる。お前の命には代えられない」
「何じゃ、口説く気になったかえ?」
「よせよ。そんな度胸無い」
「王になろうとする兄から儂を救った癖に良く言うわい。……ま、これで構わん」
「おい、それどうすんだ。というか割れた硝子片なんて持ってたら手を切るぞ」
それも杞憂か。肌の下は鱗で覆われているんだった。無惨な残骸であっても、アディはそれを懐にしまう。
「やるべき事が出来たのう。まだこの国の乱れが治まった訳ではない。それと、そろそろ此処も出た方が良いかのう。儂の見立てでは」
彼女の言葉を皮切りに、身体の芯にまで響く地響きが洞窟内で起き始めた。待避の声が兵達から出る。
「直に火山が活性化する」
「え」
「儂が大陸を渡る前もそうじゃった。今となって考えれば、アレは御爺様が原因だったのじゃろうなぁ」
「ごめん待って話が見えない」
「簡単じゃよ。これは推測じゃが、神炎が此処の中枢に飛び込んだ事で激しく暴走する。そして噴火を起こす」
それって要するに神炎を持つスペサルテッドを俺が火口に落としたから--
「ヤバイじゃん!」
「ううむ、前回は数時間掛けて溢れる程度じゃったんだがのう」
「にしては、何か、不穏だけど……! これから大爆発するぞー、みたいな!」
「……あー、今察したぞい。兄上は御爺様のを含めて神炎を二つ持ってる。相乗効果かのう? かっかっかっ」
「笑い事かバカやろー! いや、マグマに落としたの俺だった! 俺のアホー!」
カッとなってやった。反省はしている。後悔はしていない。あの糞野郎を手っ取り早く仕留める方法だった。
心なしか洞窟内の温度も上昇している気がして、俺も避難しようとした時、
「グレン、手を」
「何!? 早く出ないと……!」
アルマンディーダは赤い両翼を広げる。
「通路は広いから飛べる。その方が早かろう」
慌てて差し出された手を取ると、重みが消えて俺の足が地上から浮いた。竜人は翼で飛翔だけでなく魔法での浮遊も出来るらしい。
「では、行くかの」
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