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俺の抹殺、冷酷なる矢

 うだるような熱波が絶え間なく全身をなびく。火山の内部という物は砂漠よりも酷い所らしい。

 道中に魔物はおらず、竜兵達が立ちはだかる。

「行かせぬぞ貴様ァ!」

「どけぇえええ!」


 手心を加えてる余裕は無い。多少乱暴ながら、俺は障害を闘技とうぎで蹴散らした。

 そうして辿り着いた奥地では、地平の様に広がるマグマの海。その手前にいたのは、二人の王族だった。

 一人はクーデターを起こした張本人、スペサルテッド。そして、その妹の、


「--アルマンディーダァあああああッ!」

 彼女は首を掴まれて掲げられていた。明らかな窮地だった。

 そして更に彼女の顔へと爪を伸ばしている。何をする気なのか、俺は察する。


 隻眼の竜人は己と同じ手傷を彼女にお返しするつもりだと。そう理解した時には、俺は動いていた。

 髪があれば、怒髪天に達しているところだろう。


「何だテメェ? 昼間の」

「手ェ離せ」


 前へと進む。もはや敬意などコイツには必要ない。

「あァ? 誰に向かって--」

「離せ、って言ったんだよ」


 割って入る様に、俺は二人の元までやって来た。奴は呆けて俺に警戒を怠った。下等な人間よりも下手すれば軟弱なゴブリン相手に、脅威を抱いていない。


 無礼に対して逆上するかと思いきや、あまりに滑稽だったのだろう。スペサルテッドは俺を見下ろし、見下し、鼻で笑って一蹴した。

「コイツは驚いた。竜人に喧嘩を売ってくるゴブリンがいるとは! かッかッかッ! 自分(テメェ)の身の程も知らねぇ命知らずの馬鹿が、良くこんなところまで来れたな。何やってんだオブシデアドゥーガめ。こんな鼠よりデカイ奴が一匹入るの許しやがって。パルダは裏切り、トパズは行方をくらましやがるし、どいつもこいつも--」


 まずは無駄口を黙らせる。

 容赦ない崩拳ほうけんを、そのすかした竜の面に叩き込んだ。


「ぐえッ!?」

 横合いへ吹き飛ばされた竜の王子の手から解放されるアディ。そのまま力無く崩れ落ちる彼女を掬い上げる。


「アディ、大丈夫か」

「……グ、レン」

 蚊の鳴く様に、か細い声で応える。ひとまず無事ではある様だが、こんなに弱りきった彼女を見たことがない。

 こんなに傷付いた彼女を、見たことがない。


「どう、して、此処へ……?」

「どうしたもこうしたもあるか。助けに来たんだからな。でも、いつも遅くなっちまう。すまねぇ。もっと早く駆けつけてやれれば」

 アルマンディーダの顔が目の前にあった。綺麗な顔立ちには、擦り傷と痣にまみれている。


「もっと、早く」


 赤い瞳は泣き腫れ、打ちひしがれた様子で見上げてくる。

「早く気付いてやれりゃあ……!」

 竜人だとか、姫だとか、それ以前にアルマンディーダは一人の女性だった。

 沈痛な呟きを聞いてか、彼女はクスリと笑う。


「……遅くは、無いぞい」

 俺の手を握ってアディは言う。

「儂はこの通り、無事でいる……。おぬしは間に合ったんじゃ。すまぬなぁ、心配を掛けた」

「ああ、安心しろ。俺が来たからにはもう大丈夫だ。一人で良く頑張ったな」

「うん。うん。本当に、ありがとうなぁ……」


 その場に彼女を座らせて、俺はスペサルテッドの元へと向かう。

 奴は壁から起き上がり、肩を怒らせて吠えた。


「よくも……! よくも王に拳を入れてくれたな!? タダじゃあ済まさねぇぞテメェ……!」

「突然高笑いしたかと思えば逆上したり忙しい野郎だな。何だ? 親父にもぶたれた事ないのか?」

 何が王だ。権威と暴力しか振りかざせない馬鹿が、国のトップになろう物ならどこまで落ちぶれていくか見れたもんじゃない。


「お前、言ったよな? 俺と遊ばないかって言ってたよな? 良いぜ、やろうじゃんか。今からタイマンしようぜかかってこいよボンボンクソ王子様」

 それも、あっという間だがな。長引かせるつもりは更々ない。


 俺を雑魚と見くびってる間に終わらせる。完全な竜になって神炎(ヴァドラ)を使われる前に。

「一発入れたくらいで調子乗ってんじゃァねぇぞ下等生物がァあああ!」

 躍りかかるスペサルテッドに、俺ははらわたを煮えくりかえしながらも冷静に冷酷に身構える。数々の修羅場の経験が、俺を自然にそうさせた。


「調子に乗ってる? 俺が?」

「死ねェえええええ!」

 獣をいとも容易く引き裂く鋭い爪が振り降ろして来た。体格差も腕力も圧倒的に向こうが上。まともに受ければたちまち俺の身体はバラバラにされるだろう。

 だが、ただの力比べをするつもりはない。


「--ッ!?」

「どっちが調子に乗ってんだよ、棚に上げんな」

 場慣れのしてない単調な攻撃。小柄だからこそ、素人程度ならひらりと身をかわすのは訳がない。

 両者が息の掛かりそうな距離の間合いで、俺は言った。


「王位を力尽くで奪って--」

「うぐぅ!」

 無防備な腹に目掛けて崩拳ほうけんを一発。呻きが頭上から聞こえる。


 が、すぐに立ち直った。牙を剥き出しに身を翻る。竜の尾が振り払われた。

 片腕を部分硬御ぶぶんこうぎょで硬化させて防ぐ。勢いが止まったところでその尾を掴んだ。

「ぐぉっ!?」


 引っ張り出して再び俺の攻撃圏内に引き戻す。牽制が仇になったな。

「家族を皆殺しにしようとした挙句--」

「がほぉ!」

 立て続けに数発。多連崩拳たれんほうけん。奴はよろめいて後退あとずさり、膝をつく。


「……く、そぉ。ぐらァあああああああああ!」

 歩み寄る俺を近づかせまいと、スペサルテッドは火炎を吐いた。俺を舐めていたのか、神炎(ヴァドラ)ではないただのブレスで丸焼きにしようとする。充分だとも思っているだろう。


 水の魔力を左手に纏う。そして盾の様に範囲を広げた。水衝甲すいしょうこう

 火炎の壁を鎮静によって遮り、そのまま開けた視界へと進み出る。唖然とするスペサルテッドの前に出た。


 だが腐っても竜人、崩拳ほうけんだけではまだ反撃も出来るレベルか。固いな。

 ならば更に強めてやる。コイツに遠慮は不要。


「実の妹をいじめて泣かせて傷つけて、ゲラゲラゲラゲラと--」

 手の甲に炎を灯して、固く握り締めた。身体付与フィジカルエンチャント紅蓮甲ぐれんこう。流石に俺への脅威に気付いたのか、狼狽うろたえて手を上げた。


「ま、待て--」

「--はしゃいでんじゃぁねェぞぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 全霊の紅蓮ぐれん崩拳ほうけんが奴の頭部へ放たれた。待つ筈が無い。

「ごッ、ぐァああ!?」

 そのまま竜の王子は身体を錐揉きりもみさせて、火山洞窟の天井にまで吹き飛んだ。そして切り立った俺達の地面から追いやられたことで、奴は地面よりも遥か底へと落下していく。

 当然、煮えたぎるマグマの海があった。


「カッ…………ハッ!? う、うぉおお!? 落ちるかぁ!」

 慌てて翼を広げて態勢を立て直そうとしてる間に、俺は左の籠手弩ガントレッドボウを開く。

 再度水の付与エンチャントで左腕を覆った。魔力を短矢に含ませ、空中で態勢を立て直そうとする奴に目掛けて引き金を引く。

 魔物狩りのゴラエスで学んだ。この手の輩への手加減は破滅を招く。その前に徹底的に、確実に仕留めなければ。

 俺個人としても、コイツだけは絶対に許さねぇ。


「くたばれクソ王子」

 水衝弩すいしょうどの矢を受け、奴はダメージとは別に水属性の鎮静によって平衡感覚を奪われる。到底飛行出来る状態ではなかった。そのまま墜落を始める。


「あ、ああ、あああああぁああああああああああああああ--」

 地獄にでも落とされた様な大きな断末魔は、どぷん、という音を皮切りに聞こえなくなった。

 遅れてひらひらと舞うマントが降り、溶岩に接触した途端燃え上がった。

 洞窟は轟々と唸る音以外に静まり返る。


 やがてその沈黙を破ったのは、背後の声だった。

「殿下が、失墜なされた……!」

 茫然自失となった兵が呟く。此処へ来るのに突破した時の追手も合流し、その一部始終を見たのか武器を落とした。


「王位が代わるのか」

「王子が亡くなられた……!」

「助かるわけ、無いよな」

「それでは王は……」

「アルマンディーダ様、だろ、これじゃあ」


 消極法として、生き残った竜姫が唯一の王位の権利がある。このままでは必然だった。

 しかし、彼女はまだ気力が戻っていない。溶岩の大海を眺めていた。


「御爺様……今、そちらに兄上も参りました。どうか、どうかお元気で……。ち、父上やガーネトルムにもっ、よろしくと……!」

 そこまで言って、それからせきを切った様に彼女はまた嗚咽を漏らした。その頬に伝う涙は、この灼け付く様な煉獄の洞窟ではすぐに乾いてしまう。

次回更新予定日、9/29(木) 7:00

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