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俺の発見、王者の暴虐

※視点が変わry

 地下深くから登って来た溶岩が横切る様な洞窟の奥地。岩盤の裂け目が広がったような通り道を儂は歩く。

 見せびらかす様にマントを翻す、上機嫌な新たな王、スペサルテッド・マゼンドル・ドラッヘが目的の場所まで進み、後続には余計な真似が出来ぬ様に見張りの竜兵が二人ついてきている。

 そして儂の両腕には錆びた枷が取り付けられ、まるで罪人を移送するように扱われた。


「皮肉だよなぁアルマンディーダ? お前があれだけ大切に思っていた民や兵達には味方してもらえず、薄情にも見殺しにするんだぜ。いつの世もつまるところは敬愛より権威の方が勝るってこったな。かっかっかっ」

 隻眼の兄はせせら笑い、言葉を投げ掛けた。


「えぇ? おい、お前は今時代の変わり目の瞬間に立ち会えたんだ。そこは誇りに思っていい。王族として産まれた事に大きな意味を持てたんだからな。トゥバンの歴史に刻めるぞ」

「とても血生臭い、汚点としてのう。父上や御爺様達が育んできた清廉と温もりに溢れたこの竜の国を塗り替えて、何をご所望になられるのやら」

「随分饒舌になったじゃねぇか。この期に及んで、辞世の句でも残すか?」

「王位の敗者にそんな物必要なかろう」


 元々、儂が竜王になる気など無かった。ガーネトルムになら任せられるし、いずれは兄上をどうにかせねばならぬと考えておったが。

 遅かった。まさか父上に打ち勝つほどの力を、既に身に付けておったとは。これが、兄スペサルテッドの言う平和ボケした竜人達の代償だとでも言うのじゃろうか。


「せっかくだ。冥土の土産に色々知りたい事を教えてやる。今後のトゥバンについてだが」

「人間界を攻め落とす、じゃろ?」

「ほう。誰にもその事は話しちゃいねぇんだけどな。察しが良い」

「儂の目でなくとも分かるわい、それくらい」


 予言の一部の示唆はフェーリュシオルだけでなく、こやつにも起因する物ではないかという見立ては以前からあった。

 人間を卑下する竜人の筆頭である兄もまた、人間を根絶やしにしようとする可能性がある輩だからのう。


「じゃが何故、そこまで争いを起こそうとする? 儂らがあやつら人間に何かしら禍根が存在する訳でもあるまい。その力を振りかざす理由は一体何じゃ?」

「トゥバンの為に決まってるだろ。ハッ、質問してぇのはこっちだ。どうしてそんな事も分からねぇんだか」

「この国の為、じゃと? 民を力で押さえつける気でいながら、何を申すか」

「当たり前だろうが、民衆は王の所有物だ。今までが生温かったんだよ。てめぇら王族は奴等を好き勝手させ過ぎてたんだ」

 価値観が違う。王として下々の者達に敬われる世界に耽溺し続け何も考えて来なかった彼にとっては、仕える者達も下等な道具とさして変わらぬのだ。


「良いか? 俺達竜人は優れた種族にもかかわらず、ドラヘル大陸という狭っこい土地で息を潜めて暮らして来た。他の種族に影響を与えねぇ様にするだの、混乱を避ける為だのとくだらねぇ建前でひっそりと過ごさせられた俺の身にもなれや。そんなの退屈で退屈でしかたねぇだろうが。世界中に羽を伸ばしたって罰は当たらねぇよ」

「おぬしの場合はそれで滅茶苦茶にするから、父上は口を酸っぱくして制止しておったのじゃろうに」

「だから、何で気を遣わなくちゃならねぇんだ? 別にどうなろうと良くね? お前さ、歩く道端で足元にいる蟻をいちいち気にするか?」


 決定的じゃの。王の気位を持っていれば王に相応しい物ではない。

 こやつを王にしてはダメだ。人間達が、トゥバンそのものが滅びる。

 儂は、此処で最後を迎えるだろう。じゃが、無意味に死ぬつもりは無い。


 刺し違えてでも、止める。

 枷を力尽(ちからず)くで引きちぎった。人型といえど、竜人としての儂の脅力を舐め過ぎじゃ。

「な、抵抗なさる気か竜姫……!」

「当たり前じゃろうが」

 背後で儂の動きに反応した兵達、儂は完全な人の姿から尾と翼と角を伸ばし、その勢いで長い尾を鞭の様に打ち振るった。二人をまとめて薙ぎ払い、ようやく異変に気付いたスペサルテッドへと走る。


「お?」

 手の甲の一部を竜鱗に戻す。そしてそこから赤い鱗を一枚引き剥がした。痛みが走る。この激痛は人間の生爪を剥がすぐらいの痛みだとオブシドが言っておったがそんな事にはかまけていられない。

 そして、遥か昔に習った変化の術で鱗を一本の短刀に変えた。人型への変化の応用。


 更に、そこに儂は魔力を流す事を始める。それはただの魔力ではない。一族だけが持つ特殊な力。

 儂は神炎ヴァドラの魔力を微かながらに短刀に纏わせた。これくらいの規模なら、人型でも出来る。そしてこの技法はある男がやっていた事を傍らで見て学んだ。他ならぬ、グレン・グレムリンがやっていた技を見様見真似に起こした。

 ただの火炎では竜人に大きなダメージは与えられない。だが、神炎ヴァドラなら--


「おぬしに王たる資格など無いッ!」

 声を張り上げ、儂は実の兄へと刃を向けた。懐に飛び込み、確実に息の根を止めてみせる。


 振り向いたきやつに目掛け、背中のマントの死角から刀身を刺した。肌を焦がす程の熱気に包まれる火山洞窟では、溶岩の蠢く音だけになった。

「アルマン、ディーダ」

 どうにか息を吐露するような呻きをあげ、スペサルテッドの儂より一回り大きな背丈が揺れた。


 橙の業火を纏った短刀は、兄上に触れた部分を焼き付け、煙が燻る。赤い血痕が、地面に点々と滴った。

「ぬぅッ!?」

 が、儂の短刀を握る手首が掴まれた。それだけで骨が砕けてしまいそうな程の力が入る。


「また俺を傷付けるのか。俺の目を奪ってもまだ足りないか? 兄に逆らおうってんだな?」

 儂の刃はスペサルテッドの掌中にあった。素手で受け止められておった為、手傷は加えられても致命傷には程遠い物。これでは--


「仕置きだアルマンディーダ。痛い目見ねぇと分からねぇ様だなァッ!」

 儂の平衡感覚が一瞬で回る。背中を打ち付けられ、地面から弾む。力尽くで叩きつけられた。


「がッ」

「くそが! 糞が! クソったれが! 上下関係も分からねぇバカが! 少しばかり丁重な扱いしてやりゃぁ付け上がりやがって! 痛いって事がどんな事か分からせねぇとなんねぇかなァおォイゴラァ聞いてンのかテメェ!」

「ぐっ、あっ。ぎぅ!」

 罵声に次ぐ、重い衝撃。幾度と繰り出される奴の蹴りが鳩尾みぞおちに貫くような痛みを加える。


「おねんねしてりゃぁ終わらせてくれると思ってんじゃねぇよな!? オラ早く立てや、下等な人間の真似をやめねぇ糞の阿婆擦(あばず)れがァアア! テメェのせいで一張羅が台無しだ、責任取ってもらうぞ腐れ雌餓鬼ィ!」

 スペサルテッドの尾が激しく左右に儂の背を鞭打つ。衣服は裂けん。儂の鱗だから。その分直に届く皮膚が引き攣れそうな苦痛に、儂は声を押し殺す。

 竜人という肉体が頑丈な事が災いし、儂は手酷い折檻を受けていた。ただの人間でならばとっくに死ねていただろうに。そうであったらどれほど楽だったか。


「オイ、オイ! 早く返事しろっつってんだよアルマンディーダ! オラッアルマンディーダ! テメェが泣いて這いつくばって謝るまで終わらせねぇぞっ! いやそれでも気が済まねェ! 今の今までずっとこうしてやりてぇの我慢してたんだからなァ!」

 ひいては我が兄上は、顔や頭部への殴打まで始める。意識が白熱にさらされ、朦朧として来た。


「ハァッ! ハァッ! 痛ぇか? 痛ぇだろ!? その澄ました顔を、もっと痛みで歪ませてやりたかった! ヒャッハッハッ! どうだアルマンディーダ! 俺が怖ぇだろ!? 自分テメェ自身の怪物より俺の方が怖ェよなァ!?」

 逆鱗に触れられたスペサルテッドは、暴力の征服感に酔い、そして心を折ろうとした。

 じゃが、そう思うようにはさせぬ。


 くっくっ、と身を痙攣させながら儂は笑いを漏らした。あ? と頭上で間抜けな声を出す。

「まるで……餓鬼じゃのう」

「……あァ?」

「思い通りにいかねば、許せなければ癇癪を起こして駄々をこねて何でも思い通りにしようとする……のう? それじゃあ子供ではないか?」

「ぐ--グゥウウウウ!」

「歴代随一の幼稚な王になるかえ? ……先代達もさぞや無念じゃろう。儂も、此処で死ぬ事が国の破滅を見ずに済んで幸せなのかものう。かっかっかっ」

「テメえェエェエエエエエ!」


 奴の脚で蹴鞠(けまり)のように儂の身体は吹き飛んだ。ぶつかった背後の壁に亀裂が走る。全身が悲鳴をあげておる。ろくに身動きもとれん。

 こりゃあ、ほんとうに終わりじゃろうか……


「バラして連れてくりゃ良かった。こんな口汚ねぇ女、黙らせるにはそれが手っ取り早かった! 親父殿やガーネトルムの様に!」

「な……に……?」

 ここまで叩きのめされても堪えなかった儂の反応に、奴は食い付いた。

「……そうか。そうだった。元はといえば、テメェを生かして連れて来たのはそれだ。神炎ヴァドラは死体からでも取り出せる。手順を間違えた。痛めつけるのは、こっちが先だったか! クッハッハッ!」


 あれだけ煽られただけで荒ぶってスペサルテッドが、まるで勝ち誇ったように息を荒くしながらも高笑う。その声が、煌々と赤い光に照らされた洞窟に広がる。


「なァ、アルマンディーダ。どうして俺がまだお前を殺さねぇのか、分かるか? --ああ、こうすりゃ大人しくなるんだった。血が昇って忘れてた」

「……ぅ!?」

 儂のほどけた髪を掴み上げ、向き合わせる。己の隻眼の傷を、見せつける。

 しまった。ずっと目を逸らしていた奴の傷痕が視界に入った途端、痛みと熱に包まれた身体に冷たい怖気が走った。

 忘れたくとも忘れられない、過去の過失。


「そうだこれがテメェのトラウマだ。これでもう大人しくなるんだよなぁ」

「じゃ……じゃ、から……なん……」

「心を折ってからそうすべきだった。その方が楽しめたんだがなぁ、はやっちまった」

 唇を塞いで独りでに歯が打ち鳴るのを必死で隠す儂に、猫撫で声で兄は言う。


「で、さっきの質問だ。親父殿もガーネトルムも殺した今、何故お前一人はまだ残してたかだが。それくらい分かるよな? お前に楽に死なれたくねぇからだよ。もっと苦しんで恐怖に喘いで貰わねぇと、俺のこの失った目の復讐にはならねぇからだ。その為によォ」

 残酷な事実が恐怖の中でも思考を打ちのめす。弟も、既に……

 儂の髪を引っ張りながら、奴はさらに目的の場所へと赴く。絞首台に引き摺られる様に。


 何か、硝子が砕けるような音がした。スペサルテッドは気にも留めない。

 のろのろと視線で地面を追うと、儂の目に映ったのは硝子細工の残骸とバラバラに千切れた紙の切れ端。

 グレンと分け合った蜻蛉玉と、トリシャからの折り紙であった。兄上に踏み潰されていた。

 大切にして、と言われたのに、守れなかった。


「俺は此処に連れて来た。ご感動の対面をしてもらう様にな。お優しいだろォ?」

 感動の対面? 何を、言うておる?

 やがて前に連れ出され、儂の眼前には赤熱した溶岩の海があった。マグマ溜まりじゃ。魔女の大釜のように、絶え間なく泡が起きて弾けておる。


 そこには、それ以外何もなかった。『何か』あったとしても、もう既に跡形も無くなっているであろう。


「どうして俺がこのタイミングで反旗を翻したか。その理由はこれだよ」

「……どういう」

「まだ、分かんねぇかなぁ?」


 耳元で、スペサルテッドが囁く。

「何の用意も無しに親父殿の神炎ヴァドラに真っ向から挑むなんて、勝ち目の無いのに俺がやる程バカだと思うか? 俺には確信があった。今の俺の神炎ヴァドラなら、勝てるっていう確信がよォ。根拠は簡単だ。俺は二人分、持ってんだから」

「二人、分?」

「ちょうど、テメェが旅に出る前の頃だ。俺が神炎ヴァドラの魔力を此処で抽出し、取り込んだのは。だからその気になればいつでもクーデターなんざ起こせたんだよ。ただ、全員の神炎ヴァドラを完全に回収するには、トゥバンで揃ってた方が確実だからだ。つまり、テメェが戻ってくるまで辛抱して待ってたって事だよ」

「……どういう事じゃ! 何故、おぬしはその力を得られた!? 一体誰から--誰……」

 熱気が吹き上げるマグマの前に立ちながら、儂は色を失った。ようやく気付いてしまったからじゃ。


 儂が旅に出たのは、捜し人を見つける為であった。つまり、捜し人が居なくなった頃に、こやつは神炎ヴァドラの力を誰かを犠牲に得た。

 その、犠牲になったのは。


「ほぅら言っただろぉ? 感動のご対面だ」

「御、爺様……」


 マグマの海へ、返事も来る筈もないのに呼び掛ける。

 兄は、スペサルテッドは、御爺様の魔力を--


 では、つまり、それでは……

「あ、あぁ。わ、儂は、何の為に……」

「かっかッかッ。無駄な努力ゴクロウサマ」

「あぁぁ! あぁッ」


 抑えていた感情は、もはや決壊も間近になっていた。

 親愛な祖父との思い出に、音を立てて今も融ける溶岩の光景が刻み付けられる。


 そして、儂は--

「あああああァァあああああァああ! 御爺様ァぁあ! うわぁあぁああああ! あァあああああああァあああァぅあああ--」


 脳裏に写る、失われた身内の姿。勇猛果敢で民を慈しんだ父上。そしてガーネトルムのあどけない表情が。


 思い浮かぶ者達はもう誰も、この世にはいない。

 その現実にようやく此処まで来て理解し、みっともなく悲嘆を吐き出した。心が、折れた。


「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! ああやっと聞けた! 聞きたかった! それが聞きたかったんだよ憐れで間抜けな妹よ! お前のそんな面も見たかった! この瞬間を心待ちしてたんだよぉ!」

 耳に入っても、言葉が頭にもう染み込んでこない。もう何も考えられない。ただ、嗚咽しか漏らす他無かった。

 儂は、情けない。なんとも不様な女じゃ。もう、ダメだ。もう、生きてても何も出来る気がしない。


「さーて、本当は此処から弱りきったテメェを痛め付けるつもりだったんだがもうこっちが疲れた。さっさと王族の舞台から退場してもらうとするかね。ああ心配するな、親父殿の亡骸も始末を言い渡したガーネトルムも後から仲良くお前の跡を追うからよ」

 そのまま高々と持ち上げられた儂じゃが、呆然とした表情で抵抗しなかった。無抵抗のまま、泣いてた。抗う気力などとうに失せていた。


「あー、そうだ。折角だから同じ痛みを味わって貰おう。俺が目を潰された様に、テメェの目をくり貫いておくか。なぁに、片方は残してやるさ。その方が盲目で終わらずに済むだろ?」

 そして、目の前にぬぅっと竜の手が伸び、爪が差し迫る。


 それを淡々と眺め、儂はぼんやりと思った。

 ああ、これが罰なのか。何も出来なかった。何も守れなかった。そんな無能な竜姫である儂への--



「--アルマンディーダァあああああッ!」

 地の底にまで震わせるような声。


 スペサルテッドの背後から、馴染みある声とその姿があった。

 聞き間違えじゃ。見間違いじゃ。そんな事ある筈無い。だってあやつは、あやつはこの国から……


 儂への処刑を中断し、スペサルテッドは煩わしそうに振り向いた。

「何だテメェ? 昼間の」

「手ェ離せ」

「あァ? 誰に向かって--」

 幻聴でも言葉と、幻覚でもない緑の影が間近にやって来た。


「離せ、って言ったんだよ」


次回更新予定日、9/26(月) 7:00

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