これが僕の勝負服
新年の王宮舞踏会へ出るにはきちんとした衣装が必要だ。だけど僕が持ってるのは何年も前に仕立てた衣装ばかり、布はくたびれてるし、限界まで丈を出しててきつかったりもするから、とてもじゃないけど王宮になんて行けない。
そこで貸衣装屋の出番ってわけ。
僕が知る店は、ドネロン伯爵邸へ行くための服を借りた『ゴールデン・ペタル』。ここは品揃えも良かったし、料金も意外と良心的だった。
問題は経営者がジェフリーだってこと。また鉢合わせたら困るんだけど……悩んだ末に僕はまたこの店へ行こうと決めた。今のジェフリーは貸衣装屋にまで顔を出す余裕はないってほうに賭けたんだ。
幸いにも賭けは当たったみたい。念のために外から覗くと、賑わう店内にはジェフリーやルークはいない。ついでに言うと、前に会ったあの店員さんもいない。よし!
安堵しながら扉を開くと、カランカランというベルの音と共に香水の匂いがふわっと流れて来た。
「いらっしゃいませー」
出迎えてくれた若い女性店員さんに「貴族風の衣装を借りたいんだけど、ありますか?」って聞いてみたら、明るく「ありますよ、ご案内しますね」とだけ答えてくれる。
いいね、いいね! 僕は前もこういう普通の接客を望んでたんだよー!
「ご希望の登場人物はいますか? あるいは、私のほうでオススメをご用意しましょうか?」
そうだった。ここは貸衣装屋と言っても、主に『劇作品の登場人物になりきれる』のをウリにしているお店なんだっけ。
劇の内容なんて分からない僕はオススメでお願いしてみた。
「かしこまりました。こちらで少々お待ちください」
店内を回ってきた店員さんは、僕の近くのハンガーラックへ手際よく衣装を吊るしていく。おかげでこの一角は赤や黄色、明るい紫や緑といった色でとっても華やかになった。
「さあ、お手に取ってご覧くださいな。どれも人気の衣装ですよ!」
なんて言ってもらえたので、僕はウキウキしながら一着ずつ手に取って「これを着て王宮へ行く自分」を想像してみた。……だけど最後まで見終えても「これを着て王宮へ行く自分」がまったく思い浮かばなかった。なんで?
どうしようって思いながら小さく唸ってたら、僕の肩がポンと肩が叩かれる。振り返ると、前に会った店員さんがニッコリ笑ってた。え、いたの!?
「失恋のお客さん、ようこそ! おやおや? 今日は男性の服をお探しなんですか? ということは新しい恋が見つかったんですね、良かった! 女装してみた甲斐がありましたねー!」
だから、どうしてそんな大きな声で……ほらまたみんながこっちを見てるじゃないかぁ!
「だけどこのへんの衣装は止めたほうがいいですよ! お客さんみたいに地味な人……いえいえ、落ち着いたタイプの人が着たら服に負けちゃいます! 絶対です! 薄い印象がより薄くなって、会ったお相手が服しか覚えてない結果になります!」
散々なことを言いながら店員さんは勝手に衣装を仕舞い始める。……この暴走ぶり、やっぱり本邸のメイドにそっくりだ……。
最初の店員さんは困ったように笑ってたけど、ちょうど新しいお客さんが来たからさっさとそっちへ行ってしまった。で、僕はまた前と同じ店員さんに接客してもらうことに。……ああ、どうしてこうなるの……とほほ。
でも意外なことに、戻ってきた店員さんが見せてくれた服を僕は一目で気に入ってしまった。
上着もズボンも落ち着いた紺色。一見すると飾りはないんだけど、実は襟や袖口に銀糸が入ってる。光が当たると控えめに輝くのがすごく好きだなって思ったんだ。
「着てみてもいいですか?」
「もちろんですよー。ささ、こちらへどうぞ!」
カーテンをめくって案内されたのは前と同じ試着室だった。窓辺にはやっぱり『暁の王女』そっくりの薄紅の造花があって、前と同じように僕を迎えてくれる。
やあ、また会ったね。実は僕、本邸から蕾を持ってきたんだよ。君たちみたいに綺麗な姿を見せてくれたらいいなあ。
ほんのり弾む気分で服を着て、改めて鏡を見た僕は小さく息を吐いた。
この服は、他者を圧倒する力なんて持ってない。だけど着た人の魅力を少しだけ引き立ててくれる服なんだ。
おかげでほら、僕自身でさえ、鏡の中の僕に惹きつけられてる。
この服なら僕は背伸びしすぎることなく、素直な気持ちでサラの前に立てる。
間違いない。僕が欲しかったのはこういう服なんだ。
「……いいね」
呟く僕の隣で店員さんが拍手をする。
「すごく似合ってますよ! 直しが必要な部分もなさそうですし、まるでお客さんを待ってたみたいですね!」
なんか照れるけど嬉しいな。
さて、次の問題は使用料だ。
着たときの肌触りで分かったんだけど、この衣装、すごく上等な布を使ってる。仕立ても丁寧だしね。おまけにどう見ても新品同様、絶対にいいお値段がするはず。金額によっては借りられないかも……。
と思ったけど、意外なほど安かった。「本当に?」って三回くらい確認しちゃったよ。
うわあ、ものすごくお得だった!
ほくほくしながら僕がお会計をすませると、服を渡してくれながら笑顔の店員さんが言う。
「この服はですねえ、ある劇の“準主役”が着てた衣装を元にしてるんですよ」
「……準主役?」
「はい! 恋も栄華もぜーんぶ主人公に持っていかれて、最後まで何一つ報われないっていう役なんです。おかげでこの服も敬遠されて、今まで借りる人がいなかったんです。でもようやく着てくれるお客さんが現れて、服もきっと喜んでますよ!」
……そ、それ、言う必要あったのかな?
とは思うけど、服を抱える僕の中に嫌な気持ちは湧いてこない。むしろ「良かった」って気持ちの方が強かった。
だってこの服は挫折を知ってる人物の衣装なんでしょ。もしこれが栄光しか知らない役の服だったりしたら、僕は気後れしたり、あるいは逆に気負ったりした可能性があるもんね。
「ありがとうございましたー!」
店員さんの声に送られながら扉を開けると、外で吹く風は相変わらず冷たい。だけど日差しがあたたかくて、僕は身をすくめることなく歩き出すことができたんだ。
別邸に戻ると使用人たちが綺麗な玄関飾りを置いてくれていた。もう新年も間近だね。
***
こうして服を借りた日も終わり、迎えた“今年が終わる日”。
本来なら家族で過ごすのが一般的な日だけど、貴族たちの中にはパーティーを開く人もいる。もしかしたら姉上は出かけるかもしれないなって思った。
だけど朝食が終わったあとも姉上は部屋着のまま。居間の暖炉に火を起こし、椅子に座って本を読んでる。
「どこかの家のパーティーに誘われてるんじゃないの?」
「断りましたわ。どうせ明日になったら王宮で顔を合わせますもの、無駄な行動は不要です」
思わず吹き出したら姉上に睨まれた。だって意外だったんだよ。姉上の口から「無駄」なんて言葉が出てくるからさ。ふふふ、姉上もしっかり“パートリッジの貧乏性”に染まってるんだね。
暖炉の火に照らされる姉上の隣には机があって、たくさんの本が積まれてる。
「僕も読んでいい?」
聞いてみたら、姉上はページをめくりながら答えた。
「好きになさい」
それで僕は暖炉の前に椅子を持ってきた。
姉上は自室に戻らなかった。
二人で静かに本を読んで、少しだけ特別感のある夕食を終えて。僕が明日に備えて眠るために部屋へ戻ったら、『暁の王女』は少しほころんでいたんだ。




