このあとの計画
翌朝、僕は思いのほか早い時間に目が覚めた。明るい陽射しが「朝だよ!」って起こしてくれたんだ。
ここは小さな控室だけど、女主人の居室の続きにあたる場所だもんね。隣室同様、真っ先に朝日の入る良い部屋だったみたい。
王都は僕にとって馴染みのない場所だけど、本邸と同じように朝が来て、本邸と同じ陽射しを感じられる。そう考えたら、ほとんどこの知らない土地にも親しみが湧いてくるから不思議だね。
なんだか気分がいいな。
寝台替わりの長椅子から立ち上がって、僕は大きく伸びをする。長椅子といっても昼寝にも使えるよう少し大きめにつくられていたものだから、おかげで身体も痛くない。
さて、『暁の王女』の様子はどうかな?
室内を照らす朝日は『暁の王女』のところにもちゃんと届いてる。昨日よりもほんの少し、蕾が柔らかくなった……かな? 薄紅色がちらりと覗いてる……ような?
「……まぁ。もう少し、かかるよね」
僕は蕾をちょんとつついて身支度を整える。部屋の外に出てみると、辺りはひんやりとした空気が満ちていて静かだ。でも、ほら。耳を凝らすと、遠くからは使用人たちがものを運ぶ音なんかが聞こえてくるよ。広すぎる敷地に五人しかいない本邸より、この別邸の方が小さいぶんだけやっぱり活気があるね。これを活気って言っていいのかは少し悩むところだけど。
姉上の部屋は静かだったから、まだ寝てるのかもしれないな。僕は起こさないようにそっと移動する。
顔を洗うために井戸へ行ったら、ちょうど昨夜のメイドが水を汲みに来たところだった。
本邸より小さい別邸だけど、だからってこの少人数で回すのは大変だよね。
せっかくだから「水汲みくらい僕がするよ」って申し出たら、メイドはまるで天と地がひっくりかえったのを見たような顔で立ち尽くすんだ。本邸じゃもう誰もしてくれない表情だから、僕も思わずにんまりしちゃうね。
そのあとはしばらく「いけません、グレアム様が水汲みなんて!」「大丈夫だって。ほら、貸して」なんてやり取りを繰り返したあと、結局は僕が押し切った。
申し訳なさそうに去っていくメイドを見送って、僕は受け取った水桶を井戸へ落とし入れる。チャポンって音を確認してから綱を引こうとして……僕はちょっとため息をついた。
王都まで来た
もうじき新年の舞踏会が行われる。
それまでに、やらなきゃいけないことは三つ。
一つ目は、舞踏会の衣装を借りるためにゴールデン・ペタルへ行くこと。
これは行くか決めてある。新年の前々日、つまり明日だ。
理由は単純に費用の問題。貸し衣装は一日ごとに料金がかかるからね。
だけど当日や前日だと希望の服がなかったときに慌てそうだから、あいだを取って「借りに行くのは前々日にしよう」と決めたわけ。
二つ目は、『暁の王女』を枯らさないこと。
これに関しては僕にできることなんて多くない。きちんと世話をして、あとは花自身の力を信じるよ。
そして三つ目が、人生最大級の勇気を心の底から引き出しておくこと。
……なんだけど、新年が近づくにつれて勇気はしぼんじゃいそうな気がする。仕方ないからなるべくいつも通りの生活をして、なるべく平常心を保っておこうという作戦なんだ。よって今の僕は水汲みをしている。
このあとはどうしようかなあ。
窓拭きでもしようかなあ。
考えながら汲むうちに桶はいっぱいになった。僕は桶を持ち、水をこぼさないよう注意しながら厨房へ向かう。中では通いの料理人が忙しそうにくるくると動いてる。もうすぐ朝食かな? 嬉しいな。
思わず顔をほころばせたところで、僕に気付いたメイドが桶を取りに来てくれた。
「ありがとうございます、グレアム様」
「このくらいなんでもないよ。ところで、姉上は?」
「お出かけになっていらっしゃいますよ」
「えっ?」
部屋が静かだったのは出かけてたからなんだね。でも、どこへ? 姉上の外出先というと思い浮かぶのは、夜会とか茶会とか舞踏会とか、そんな感じの華やかな場なんだけど、こんな朝早くから開催されてる茶会とかあるのかな?
尋ねてみたら、メイドは微笑んで首を横に振る。
「最近のお嬢様は、あまりそのようなお席へはお出ましになりません」
「そうなの?」
「はい。お誘いの手紙は相変わらず多く届きますが、ほとんどお断りをしておられるようですよ」
すごく意外だった。姉上は“持参金がなくても結婚してくれる相手”を探してるはずなのに、どういうことだろう。
「じゃあ、どこへ行ってるの?」
「辺りを散歩なさっておられるようです。朝食に遅れることはございませんから、今日もそろそろお戻りでしょう。さ、グレアム様もお支度を。もうすぐパンも焼きあがりますからね」
「ありがとう」
返事をして、厨房を出て、しばらく進んで。そうしたら角の向こうからコツコツという高いヒールの音がする。もしかして、と思ったときにはもう、姉上が姿を見せていた。
意外なことに姉上の衣装はいつもと違って装飾が少ない。貴族という感じがあんまりないから、町中にいても違和感を覚えなさそうだ。こんな服を着てる姉上を見るのは初めてかもしれない。……なるほど、本当に散歩してきたんだね。
一方の姉上も、腕まくりをした僕を見ながら何かを考えてるようだった。
ゆっくり十回呼吸するくらいの時間がたったかな。不意に、姉上が綺麗な声でぽつりと、
「……閉じこるばかりでは分からないことだって多いのです。さまざまな物事を見てこそ違いが理解でき、成長できますのよ」
と言ったんだ。
それ、姉上が貸してくれた歴史の資料の中で見たよ。民に混じって暮らした“革新王”が、王宮へ戻って最初に発した言葉だっけ。
……ああ、そうか。姉上は戯曲を書くために、いろんな風景とか、人々の様子とかを見て、何かを得ようとしてるんだね。すごいなあ。
「成長できたら自分の立場が理解できるし、戻る場所だって選ぶことができるもんね」
僕が王の言葉の続きを言うと、姉上はちょっと目を見開いたあとに歩き出した。横を通るときに小さく「……読んでいましたのね」って聞こえたから、僕は「もうすぐ朝食だって!」って笑って返したんだ。
***
僕は結局この日を別邸内の窓拭きやホウキがけをして過ごした。
使用人たちからびっくりされたり、姉上からは小さく肩をすくめられたりしながらも平和に終えて、迎えた翌日。
新年の前々日であるこの日に僕は、予定していたとおり衣装を借りに向かった。
劇場の多くは今日が今年最後の興行になるらしい。だからかな、前に見たときよりも『まがりかえで通り』はずいぶん混雑してる。
田舎育ちの僕は人ごみを通るのに慣れてなくて、あちこちで人にぶつかってしまうんだ。そのたびに謝りながらなんとか隣の『すぐもみじ通り』へ入り込んだとき、僕は座り込みたくなるくらいへとへとになっていた。年末の『まがりかえで通り』にはもう、二度と行かなくていいや……。
職人さんたちの店が並ぶ通りを弱い足取りで歩き、僕はようやく貸衣装屋『ゴールデン・ペタル』へ到着したんだ。




