エピローグ
月日は流れて、私は本日十六歳になった。
あの騒動のあと、色々とあったけれど。
私は学園を卒業してからは辺境に戻り、お父様から領主の仕事を教わっている。
十六歳の誕生日は、この辺境伯領の領城で、皆から盛大に祝われた。
この世界の成人年齢になったのだ。
そして数日後には、ライル殿下が辺境へ婿入りのために来られるのです。
いよいよ結婚カウントダウン!
殿下が到着すれば、すぐに婚姻のことで慌ただしくなる。
その前に、一緒にゆっくり過ごそうと、お父様に誘われた。
昼間は盛大なお祝いをされたけれど、私はお酒をまったく飲んでいなかった。
なので、二人だけでこの機会に、お酒を一緒に飲んでみないかと。
お父様とのお酒、楽しみだったのです。
私の前世の父は早くに亡くなったので、父とお酒を酌み交わすということが出来ないままだった。
幼い頃に、ままごとのように父の晩酌につきあって、大きくなったら一緒に飲もうと言っていた。
この日のために魔力を振り絞って醸した、とっておきの日本酒を並べる。
何度も回を重ねて、この魔法も上達したようだ。
作るごとにおいしくなっているらしい。
魔力はとられまくるけどね。
お父様とグラスを合わせた。
カチンと鳴り、目を合わせる。
今日で十六歳。この世界では大人の括りになった。
けれどお父様は、相変わらずの娘を可愛がるお父様の顔をしている。
この人の娘になれて良かったと、つくづく思う。
口に含んだお酒は、前世の日本酒よりも、さらにおいしく感じられた。
ほうと吐いた息にも、ふくよかな香りがする。
いよいよ結婚だねと、お父様が話した。
「本当に、おめでとう。幼かったアリスティナも、そして一緒にいてくれる、もうひとりも」
最初、意味がわからなかった。
目を瞬いた私に、お父様は優しい目を向けている。
「どう…して」
気づいていたのか。
なぜ、今それを口にするのか。
聞きたいのに、言葉にならない。
贈り人であることに、感づかれていそうな気はしていた。
でも、きっとそのことにはお互いに触れないままになると思っていた。
なのにお父様は、口にした。
「いつ気づいたか、かな? あのとき、物置に閉じ込められて死んだとされていたアリスティナが、冒険者をしていると聞いてね」
それは、最初の最初の話だ。
ライル殿下から、私が冒険者をしていることを聞いて、冒険者ギルドへ訪ねてきてくれていた。
「私の娘には、もう会えないかも知れないと、覚悟したんだ」
最初から、会う前から、お父様は察していたのだ。
覚悟をしながら、無理をして何度も何度も来てくれていたのは。
かすかな希望なのか、それとも確かめるためか。
「私に対する罰だと思ったんだ」
「…罰?」
思いもよらない言葉に、目を瞬く。
「私にとって妻はずっと、お前の母だけだ。だけどお前に負担をかけ過ぎないよう、後継者を残すために再婚した」
ああ、わかる。
マスクルの男なのだから、それはそうだろう。
お父様にとって、一途に思うのはお母様だけ。
「再婚同士なのだから、あちらも割り切っているだろうと、思っていた」
夫婦としての気遣いはしても、互いに最初の妻がいて、最初の夫がいる。
もとより利害の絡んだ再婚話だった。
貴族の義務として、後継者を残すため、互いに割り切った間柄と思っていた。
けれど話に聞いた、義母が虐待をした理由。
憧れていた辺境伯の子を産むつもりだったと。
なのに子を産む前に戦争で離れ、アリスティナが後継者の勉強をしていることを腹立たしく思ったと言っていた。
夫の自分に憧れ、本当の夫婦になろうとしていたのなら。
残酷なことをしていたのかも知れないと、そう考えたという。
「私の気持ちが自分にないことを見透かしていたのかも知れない。私が、アリスへの反感を育てたのかも知れない」
そんなことはないと言いたいけれど、お父様は言葉を続ける。
あのとき、目の前の戦いに目を向けすぎて、私たちが王都に避難する間際のことは、よく覚えていないそうだ。
夫婦として接していたけれど、義母にはどこか、よそよそしいままになっていたかも知れない。
新しい妻にあまり馴染まないまま、よく知らないまま、大切な娘を簡単に預けた。
そんな自分への、罰だと思ったという。
「贈り人にしても、来訪者にしても、その中に、はたして私の娘はいるのだろうかとね」
静かな口調で、お父様は語り続ける。
「冒険者ギルドに通いながら、もう私のアリスには会えない覚悟をしていた」
お父様は、困った顔で私を見た。
「けれどあのとき、私をお父様と呼び、泣きながら腕の中に飛び込んできたのは、確かに娘だった」
あの再会は、覚えている。そのとおりだ。
お父様だとわかって、泣いて飛び出して行ったのは、アリスティナだった。
「娘のアリスティナが、私の腕の中で泣きじゃくっていた」
そうだ。あのとき泣きじゃくっていたのは、アリスティナの方だった。
泣いて泣いて、アリスティナの凝り固まった悲しみは、ようやく溶けていったのだから。
「ひとまず王都別邸に帰ったときに、皆に話したよ。贈り人になり、少し変わってはいたけれど、確かにアリスティナがその中にいたと」
ひとまず帰ったとき。
私がまだゴルダさんの家にいて、お父様だけが、先に王都別邸に帰ったときだ。
「みんなそろってひどく泣いてしまって、大変だった。贈り人の中に、ちゃんとアリスティナが残っていたということに」
それでは、みんな最初から知っていたということだ。
最初に王都別邸に帰ったときの、ハイテンションな歓迎も。
たぶん、辺境に帰ったときの、みんなの歓迎も。
あれらは贈り人を含めての、私への歓迎だったということ。
マイラに、皆には秘密にして欲しいと言っていたけれど。
新参のマイラだったから、逆にみんなが知っていることを、知らなかったということだ。
「確かに再会したあのとき以降は、私の娘そのままとは、違う印象があった」
お父様の目は、優しいままだ。
「離れていた期間があったにしても、ああこれが贈り人かと、感じていた」
お父様は今、アリスティナにというよりも、贈り人の私に語りかけている。
「予想外のことを思いついて、行動して、アリスティナにはなかった発想をする。でもその中には、以前のアリスもいると感じた」
そうして、お父様はグラスを置き、私に向き直った。
「だから、もうひとりの君には、ずっと礼を言いたかった」
まっすぐに向き合い、私に丁寧に頭を下げた。
「あの状況から娘を救ってくれて、ありがとう」
お礼を言われるとは、思いもしなかった。
勝手に娘の中に入ったことで、腹立たしいだろうと思っていた。
感謝なんて向けられるとは、思ってもいなかった。
なのに、お父様は言うのだ。
「娘の中の贈り人が、君でよかった。君が私の娘の、心と体を、しっかりと守ってくれたのだろう」
だからアリスティナが無事だったのだと、お父様と再会できたのだと、言うのだ。
「大人びているあなたには、これを言うのは、失礼なのかも知れないけれど」
少し目を伏せてから、お父様はまたまっすぐに、こちらを見て。
「贈り人のあなたを含めて、今はもう私の大切な娘なんだ。だから、おめでとう。二人とも、幸せになれ」
私も含めての娘だと、アリスティナだと、言ってくれた。
「私も、娘で、いいの? アリスティナだって、認めてくれるの?」
別の記憶、別の人格が入った今の私を、娘と言ってくれるのか。
「お父様って、呼んでいいの?」
「もちろんだよ。今までもそうだっただろう。贈り人のあなたも含めて、私の愛しい娘だよ」
今日で、大人になったはずなのに。
贈り人の元の私は、大人だったはずなのに。
ボロボロと、子供みたいに涙が零れるのを、止められない。
お父様が優しい目で、そっと頭を撫でてくれるから。
声を上げて泣いた。
そうして、自覚がなかった私の塊が、アリスティナの中に溶けた。
涙が自然におさまるのを待ってから、私は顔を上げて、お父様を見る。
「ねえ、お父様。私からも、贈り人についてお話をしても、よろしいかしら?」
「もちろんだよ」
「今のお父様のお言葉で、贈り人は私の中に溶け込みました。お父様に会って泣いた、あのときの私みたいに」
お父様が、首を傾げて瞬きを繰り返す。
ふふっと私は笑った。
『彼女』の感覚では、大人の人のこういう部分は、可愛いのだという。
「贈り人が溶けてすぐなので、今の私は、本来のアリスティナの意識が強くなっておりますの。だから今なら、客観的に贈り人の話ができそうですわ」
お父様がポカンと口を開けた。
「今は元からの、アリスティナ、なのかい?」
「はい。いつもは混ざった状態で、ずっと彼女の中に一緒にいましたけれど、今の私は、本来のアリスティナだけが強く出ております」
そうかと、お父様は頷いた。特に態度は変わらない。
先ほど口にした、贈り人を含めた私のすべてが娘だという言葉に、嘘がないということ。
そういうところが、大好きなお父様。
混ざっているそのままを、直感で受け止めてくれていた父を、誇らしく思う。
「私はあのとき、真っ暗な世界に閉じ込められたの」
あのときのことを思い出すと、今も少し苦しい。
怪我をさせられて、手当てもされず、食事もなく、閉じ込められて。
喉も渇いて苦しいのに、このまま死ねとばかりに放置された。
このまま死んでしまうのだろう、お父様も誰も、助けてくれない。
そんな絶望感のまま、真っ暗な世界で泣いていた。
「そうしたら、その真っ暗な世界に、いきなり別の人が来たの」
それが、贈り人の彼女だった。
「そのとき私も周囲が見えた。真っ暗な、物置の中で、彼女が私の体を動かした」
勝手に生きようと動き出した私の体。
泣いて喚いてもういいと言っても、彼女は勝手気ままに動き回る。
「あのとき彼女は、まず私を生かすために、厨房に行って、勝手に色々と作って飲んで食べて、色んなものを物置に持ち込んで、便利な魔法を作り出して」
泣いてばかりだったけれど、彼女の様子はずっと見ていた。
泣きながらも、なんだか興味を持ってしまった。
「私を生かそうと、彼女は動き続けた。ここから出よう、世界は広い、きっと外は楽しいからって」
絶望をするには勿体ない。まだ子供なのに、人生を諦めるのは早いよと。
「外に出て、冒険者ギルドでゴルダさんに会って、冒険者ティナと名乗った彼女と私は、たくさんの新しいことを教わったの」
初級ポーションは作ったことがあったけれど、上級のものにも挑戦をして。
失敗しても、ああ失敗した、じゃあ次だなんて、笑い飛ばして。
「採取も討伐も、ポーション作りも、新しい生活は、なんだか楽しくなってきて」
悲しみに凝り固まっていた私が、外に興味を向け出した。
そうしたら、彼女は私が興味を持ったことに、どんどん突き進んでくれた。
「彼女はずっと、自分が守るから、一緒に生きようって言ってくれた。外に出よう、世界は広い。優しい人もたくさんいて、面白いこともたくさんあるからって」
彼女の中で泣いてばかりの私は、面倒な存在だっただろうに。
「だから諦めないで、生きようって」
ずっと私を守ろうと、私の心を優先してくれていた。
「お父様にようやく会えたとき、私はちゃんとお父様に愛されていた、見捨てられていなかったと思って、満たされたの」
あのときの、大きな安堵と満足感。
「満たされて、彼女の中に溶けたの。あのとき彼女とひとつになったと思っていたわ。でも、私が悲しみで凝り固まっていたみたいに、彼女の中にも、塊があった」
お父様はずっと、静かに話を聞いてくれている。
「ずっと心残りで、それから私に罪悪感を持っていたわ」
「罪悪感?」
「私の中に、自分が異物として混ざってしまったという、罪悪感」
そんなもの、持つ必要はないのに。
むしろ彼女だったから、私は今もここにいる。
「彼女の心残りはね、お父様だったの」
「私か?」
「いいえ、彼女のお父様よ。別の世界に生きていたときの、亡くなったお父様」
彼女がアリスティナの記憶を知っていたように。
アリスティナも、彼女の記憶を共有している。
「こちらの世界で言えばね、そのお父様は、馬車にひかれて亡くなられたの。彼女を庇って」
車にひかれそうになっていたのは、彼女だった。
それを父親が庇って、彼女を助けて、自分は死んでしまった。
「お父様が彼女を守ってくれた。なのに、大人になった彼女は、同じような理由で、死んでしまった」
「え?」
「お父様が守ってくれた命を、同じ状況で失った。それがとても、心残りで」
父が事故から庇ってくれて生きていたのに、事故で亡くなった。
それは、とても大きな彼女の心残り。
「ずっと、お父様と一緒にお酒を飲んでみたかったのですって。大きくなったら、しようねって、言われていたの」
今日、彼女はその夢がようやく叶った。
「贈り人の彼女は、お父様という存在に、憧れていたの」
なるほどと、お父様は頷いた。
心残りの父との時間を、取り戻したい。
そんな気持ちが、彼女の中にずっとあった。
「彼女はお父様を求めてた。私のためもあったけれど、ゴルダさんをお父さんと呼んだのは、彼女の希望よ。だから」
お父様が静かに頷いて、先を促した。
「お父様が、彼女ごと娘だって言ってくれたから。彼女のわだかまりは、溶けて消えたの」
憧れていたものに、届いていた。
ちゃんと彼女は、お父様の娘のひとりだったから。
「彼女は私と一緒に、娘としてお父様に愛されたかった」
大人だから、そんなことはないと思い込んでいたようだけれど。
心を共有しているのだから、彼女の本音も伝わってきたのだ。
「それが、叶ったの」
だから、あのときの私みたいに、ようやくひとつに溶け込んだ。
「たぶん、彼女が私に何度も何度も話しかけていなければ、私はあのまま小さくなって消えていたと思うわ」
「え?」
「消えそうな私を、必死に呼び止めてくれたの。泣いていてもいいから、そこにいなさいって」
そう。彼女がつなぎ止めてくれたのだ。
「ねえ、お父様が元の私にもう会えないかも知れないと思ったのは、ルーナ王女の大冒険みたいに、すぐに本来の私の心が消えてしまうと、思ったのでしょう」
お父様がぎゅっと口元を引き結び、頷いた。
幼い頃から馴染んだ、贈り人の昔話だ。
贈り人に守られ、後に王となった弟の手記が物語の元になったという。
両親を殺され国を乗っ取られたときに、ルーナ王女の中に贈り人が発現した。
贈り人に幼い弟を守ってくれと託し、ルーナ王女の本来の心は消えてしまった。
王女の記憶は贈り人の中にあったが、心はまったくの別人になった。
それに気づいた弟は、最初の頃は泣いてばかりだったという。
「私の中の、贈り人の彼女は、私の記憶を共有したとき、ルーナ王女の大冒険みたいに自分が贈り人だと、気がついた」
私が知る贈り人の物語で、すぐに思い浮かぶのは、あのお話だから。
「だから、あの話みたいに私が消えないように、必死に呼び止めてくれたの」
「そう…なのか」
聞いていた、お父様の目が潤んだ。
「たぶん、来訪者と贈り人の昔話にあるみたいに、元の人格が消えてしまったことは、多かったのでしょうね」
むしろ私のように、元の人格が残り続けた例の方が、少ないのかも知れない。
元の人格が溶けたという話を、ライル殿下は資料になかったことと言っていた。
「でも彼女は、私の体を乗っ取るつもりではないから、一緒に生きようって、私をつなぎ止めてくれた」
心が消えて別人になるのではなく、一緒にアリスティナとして生きようと、考えてくれた。
「ねえ、お父様。彼女はよく、心の中で言っていたの」
きっと彼女は、私がお父様にこれを言ったら、照れてしまって困るだろう。
でも、きっとチャンスは今だけだから。
「お父様大好きって、そう心の中でいつも、言っていたの」
「…それは、私に?」
「そうよ。彼女もお父様のことが、娘として大好きになっていたの」
そうかと、お父様は口元を手で覆いながら、照れたように微笑んだ。
本当はゴルダさんのことも、大好きと言っていたけれど。
そのことは、お父様には内緒にしておこう。
「アリスティナ。今は幸せかい?」
「ええ、とても。大好きなお父様と、大好きな辺境のみんなと、ときどきお友達にも会えて」
私は、転移魔法を使えるようになっている。
長距離の転移は疲れるけれど、たまにお友達の領地に遊びに行かせてもらう。
みんな笑って迎えてくれる。
「それに、ライル殿下のことも、大好きだから」
そうだ。これは大きな声で、今のうちに主張しておかなければならない。
私の意志を無視して、人生の伴侶を決めてしまったという罪悪感と。
ずっと年上なのにという、若い殿下に対する罪悪感。
心は一緒に混ざっているから、私の本心なんて、彼女と一緒なのに。
殿下の一途さにほだされたとか、色々と理由はつけていたけれど。
彼女はずっと、ライル殿下と一緒にいるために、懸命に考えて動いていた。
とっくに答えは出ているのに、彼女は向き合わないままだ。
自分の心に嘘をつくのがいちばんいけない。
彼女の異世界の記憶で、そんな言葉を知っているのに。
「彼女も殿下のことを好きなくせに、自分の気持ちで私の伴侶を決めていいのかなんて、迷っていたの。私もおんなじなのに」
ひとつの心になっているのに、本心なんて探しようがないと、わかればいいのに。
そのままの素直な気持ちが、本心なんだよって、ずっと彼女に言いたかった。
「だからね、お父様。私はちゃんと幸せよ。今も幸せで、これから幸せな結婚をするの」
そうかと、呟くようにお父様が言って。
私を抱きしめた。
私も抱きしめ返した。
それからお父様は、ちょっぴり泣いた。
娘の結婚では、父は泣くものだと彼女の記憶で聞いたことがあったから。
座っているために手が届く父の頭を、よしよしと撫でておいた。
ひと晩寝て、翌朝起きると、私は混ざり合った新しい自分を知った。
きちんと溶け合った存在でありながら、異世界の記憶も鮮明だった。
そして、昨夜の記憶も、明瞭に覚えている。
この、自分の口で、アリスティナの口で、色々とお父様に語ったことを!
恥ずかしさに、のたうち回りたくなった。
なんてことをしてくれやがったんだと、文句を言いたいけれど。
やってやったぜというアリスティナの感覚も、自分のもの。
ひとつに混ざってしまった今の、このやり場のない、複雑怪奇な心境を、どうしてくれようか。
指摘されて、なるほどそうかと色々気がついた。
確かに異世界転生な状況に気づき、贈り人の物語を思い浮かべて。
いちばんに浮かんだのが、ルーナ王女の大冒険だった。
来訪者と贈り人の昔話の中、このあたりで一番有名な物語だ。
国を乗っ取られた幼い王女の中に生まれた、別人格の贈り人。
元の体の持ち主から、幼い弟を託された彼女は、悪人がはびこる城から逃れるために動き出す。
弟王子をつれて転移陣へ魔力を込めたが、初めてのためか操作を誤り、魔獣のはびこる森の中へ転移してしまう。
そこで弟を守りながら生活し。
冒険者たちと出会い、自らも冒険者となって弟を育てた。
その冒険者たちが、どうにもマスクルの戦闘民族ではないかと思える人たちのため、このあたりで人気のある物語なのだ。
元となった王の手記には、突拍子もないことを考える人だったと、贈り人のことを語っていたそうだ。
物語の中で、冒険者たちも彼女に振り回されていた。
けれど、とても楽しい日々だったと、王は振り返っていたという。
弟が城に帰れるように状況を整えたあと、ルーナ王女は旅立った。
自分は偽物の王女だから、一緒にはいられないのだと。
対して私は、完全な偽物にはなりたくなかった。
もしもアリスティナが完全に消えて、まったくの別人になったなら、アリスティナとお父様の関係が切れる。
彼女の中のお父様は、アリスティナを見捨てるような人ではなかった。
きっと、会えさえすれば、アリスティナとお父様は一緒にいられるようになる。
そうしたとき、私も娘として愛して欲しいと、本音の部分では確かに思っていたのだろう。
私のそれが、今回叶って。
ようやくアリスティナちゃんと贈り人が、ひとつの存在になった。
もう今となっては、どちらがどちらの感覚で、考えなのかも区別がつかない。
けれど、すっきりした気分だった。
そうか私は殿下のことが、好きだったのかと、腑に落ちた。
罪悪感と言われれば、そうかも知れない。
なんだかアリスティナちゃんの意志を確認できないまま、突き進んで。
殿下は若いから、たぶらかしているみたいな気がして。
なんのことはない。
私がライル殿下と一緒にいたくて、だから頑張ったのだ。
考え事をしているうちに、マイラが来て、身支度をして。
お父様と食堂で顔を合わせたとき、少しぎこちない態度をとった。
体調が悪いのかと心配されて、仕方なく昨夜の話が恥ずかしいのだと言った。
お父様はそうかと笑って、私の頭を撫でた。
もう、アリスティナちゃんが暴露しまくりで、どうしてくれようか。
そう思いながらも、今となってはすべてが自分自身なので、どうしようもない。
でもすっきりしているから、それが正解で。
悔しいから、この悔しさはライル殿下にぶつけよう。
そう決意した。
そして数日後、ライル殿下の馬車が、辺境の領城に到着した。
知らせを聞いた私は、すぐに駆け出した。
門を入ってしばらく馬車で運ばれたのだろう。
エントランスの少し手前で、馬車から降りるライル殿下を見つけた。
そうだ、もう殿下ではない。
この婿入りのため臣籍になられて、ただのライルフリード様なのだ。
アルトさんもいる。
彼は新王太子のもとではなく、ライル様を選んだ。
他の側近の方々は、新王太子のルードルフ様を支えることになる。
ライル様はすぐに私に気がついて、嬉しそうに手を広げてくれた。
抱きついてもいいよなんて、そんな姿勢に、嬉しくなって。
駆ける勢いのまま抱きついて、こちらからキスをした。
さてさて、決意の愛情表現であったものの。
こちらからの積極的なこんな態度は、ライル様にとっても初めてのこと。
手を広げて待ってはいたものの。
私がそのまま抱きつき、キスをするとは、思いもよらなかったのだろう。
やってやったぜ感が満載だった私が顔を上げると。
驚いて固まるアルトさん。
周囲にいる辺境のみんなの愕然とした顔。
そして、真っ赤になって口元を押さえ、目を潤ませて。
そのまま地面に崩れ落ちて、うずくまってしまったライル様。
やっちまったぜ感が満載になった。
思えばライル様は、こういった女子力が私よりも上だった。
時々、なんというかこう、乙女力があった。
今までライル様に押され気味だったからこその、逆襲のつもりだったが。
彼からの不意打ちは、いつも頬のキスくらいだったから。
乙女の唇を、いきなり奪っちまったぜ。
あーねー。
だってねー。しょうがないよねー。
好きだって気がついてしまったんだから。
そういう行動にだって、出てしまうってもんだろう。
なんか、スマン。
お読みくださって、ありがとうございました。
とりあえず書きたかった主筋を追うのに必死になって書き上げました。
彼女ら彼らを書くのが、すごく楽しかったので、急いで書き上げてしまったのが、もったいなかったかなという気もします。
とりあえず、こちらは完結として。
別タイトルですっ飛ばした部分も、書いてみたい気がしています。
残り1年半の学園生活とか、卒業後の辺境の1年間とか。
そのときは、2章目の「ご令嬢生活ときどき冒険者」をタイトルにしようかなと、思ったりしております。
決定しているのはエピローグのとおり、結婚直前までライル殿下が不憫ということですね。申し訳ない。
ひと区切りまで書けたので。
もしお読みくださった感想などございましたら、教えて頂けたら嬉しいです。




