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冬眠明けの害獣対策や、芽吹き時期の魔獣対策、種まきなどが落ち着いて。

前年度の決算を携えた貴族たちが、納税手続きなどのため王都に来る。

そして初夏の社交界シーズンになるのだ。


王都に貴族たちが集まる中、戦争でお世話になった近隣侯爵家のお二方をお招きいたしました。

以前、私の初登城の際、我が家でお茶会をして、お礼の言葉は述べていた。

しかしあのときの我が家とは、格段に異なることがある。


それは料理!

マスクル系戦闘民族の胃袋をがっちり掴む、がっつり系メニューをお披露目するのです!


昼食会にして、ナギラの蒲焼きおにぎり、からのお茶漬けとか。

先日の酒蒸し系料理も、酒粕を使った料理も出す。

もちろんあの日本酒を初ご披露するのだ。


あと肉汁たっぷりハンバーグとか。

もちろん唐揚げとか。


おかずクレープやおかずパンケーキもお出しする。

ドラクール侯爵は元より、サーディス侯爵も健啖家だ。

私が完食できないラインナップも、軽々と完食されるのだ。


同席の私の皿は、小盛りな上で、一部抜いてもらっている。

彼らと同じようには食べられません。




彼らはとても喜んで下さった。

やはり彼らもマスクル系の戦闘民族だ。胃袋にジャストフィットしたらしい。

お酒もするすると飲まれて、非常にご機嫌だ。


「アリスティナ嬢はSクラスと聞いている。家庭教師がついていない時期もあったのに、優秀だねえ」

世紀末覇者なドラクール侯爵だが、話し方はのんびりとしていらっしゃる。


笑顔でにっこりお返事する。

「私の家庭教師の方々は、元から優秀な方ばかりです。学習は進んでいたので、問題ございませんでした」

「ははは、優秀なのは家庭教師だときたか」

サーディス侯爵の軽やかな声。

ぽっちゃり系だが、声は軽やかだ。


マスクルのご意見番と呼ばれ、恐れられているそうだが、私は怖い顔を見たことがない。

いつも軽やかに笑う、朗らかなおじさんだ。

彼の怖さは大人になったら教えてあげるよと、お父様たちから言われている。




「特にマーベルン先生は、天才的な空間魔法の使い手でいらっしゃいます」

「そうだね。彼はとても優秀だ。家庭教師といえば、魔道具作りも始めたと聞いているよ」

「はい! ベルヘム先生も、とても教え方がお上手で、知識も広くお持ちです」


サーディス侯爵がにこやかに頷いて下さる。

「優秀な後継者で、うらやましい限りだ。うちは嫡男が少し頼りないから、セレイアに婿をとって継がせてもいいかと、考え直しているよ」

「ラングレードもサーディスも、女の子がこれほど優秀なのは、すごいねえ」

「セレイア嬢も昨年からSクラスと聞いておりますよ。頼もしいですね」


そうなのだ。サーディス侯爵家には、セレイアお姉様という、私のひとつ上のご令嬢がいらっしゃる。

姐御肌の彼女だが、同じSクラス校舎でも、顔を合わせる機会がない。

一学年と二学年では、休憩時間や終業時間などが異なるのだ。

あとロイド様ともお話がしたかったが、上の学年になって忙しいのか、王子妃教育帰りに殿下の執務室へ行っても、いらっしゃらない。


殿下やアルトさん、ゼネスさんには、フリーディアちゃんの状況は共有済みだ。

もちろんフレスリオさんは、家族として把握済みだった。




「Sクラスでは、第二王子殿下の婚約者である、フリーディア・エルランデ公爵令嬢やそのお友達と、ご一緒することが多いのです」


ドラクール侯爵は顔をしかめた。

サーディス侯爵も眉を上げて、難しい顔だ。


王妃の実家、バストール公爵家のやらかしで、辺境伯領も彼らも被害を受けた。

第二王子はその王妃の息子で、後ろ盾がバストール公爵。

フリーディアちゃんは、そんな第二王子の婚約者。


ご本人と面識のない両侯爵は、第二王子だけではなく、フリーディアちゃんへの印象も悪いようだ。

さらに近頃の悪評が、彼らの耳にも入っていたらしい。




「私、魔道具作りの練習で、ひたすら記録水晶を作成しておりましたの」

変わった話題に、こわばっていた彼らの顔が少し緩む。

「遠くの物を、大きく映す最新機能もつけた記録水晶で、学園で映してみた映像がございます。ご覧頂けますでしょうか」

「ほう、それはすごいな」

サーディス侯爵が興味を示して下さったので、映写機とつなげ、例の池での入水映像を見てもらった。


最初の、池や鳥、花などを映した映像に、感心の声が入る。

ズーム機能はばっちりで、なんなら手ぶれもないし、ピント調節も大丈夫。なんせ魔法だから!

普通なら近くで見ることができない水面の花や、自然体の鳥の様子は、それ自体が貴重映像だ。


そこに私たちの声が入る。

第二王子への呆れや、信じられないことを吹聴しているという憤慨。

フリーディアちゃんもエルランデ公爵家も、第二王子との婚約を嫌がっているとわかる会話をしていた。


そこに現れた、ミンティア嬢。

私のカメラが彼女を追い、私たちの何だアレ状態の声。

自ら池に入り、腰までつかり、悲鳴を上げるという一連の行動。

集まった人たちのざわめきとともに、彼女が冤罪をかけている決定的な行動記録。




映像が終わって、まずは騙し討ちで見せたことを謝罪した。

お父様には事前に説明をしてある。

お前の好きにしなさいと、許可は頂いた。

きっと両侯爵も、真実を知りたいだろうからと。


「あれから、フリーディア様は悪評を広められ、迷惑されています」

悔しさに、自然と声が震える。

「とってもいい方なんです。王宮で初めて仲良くして下さって、そのお友達もいい方ばかりで」


なのにこの仕打ち。

婚約者にされたことも、悪評を広められたことも。

あのボンクラ王子のせいで、どれだけの被害をフリーディアちゃんが被っていることか。


「しかもあの第二王子殿下を慕って、嫉妬のあまりなどと、迷惑極まりない悪評を立てられて」

本当に、そこが一番悔しい!

なんっっっで! 奴を慕ってとか、嫉妬とか、ありえん話が広まるんじゃ!

むしろ害虫扱いしたいくらいだっちゅーねん!




「フリーディア様のために何が出来るか、精一杯考えてもわかりませんの」

わざと悪評を広められ、有効な手段が今のところ打てていないことに、涙が浮く。

こんな状況、悔し涙も出ちゃうってもんさ!


だけど泣き落としをする気はないので、うつむいて涙をおさめて、言葉を続ける。

「バストール公爵家は国家の軍事を担う家系でしたが、あの戦争後、かなり力を落としています」


奴らばかりに中央の軍事を牛耳られていたから、あのていたらくになったのだ。

国王陛下が果断に人事に切り込み、マスクル系などの他勢力を軍事の重要ポストにつけた。

それでライル殿下に被害が出たわけだが。


「でもエルランデ公爵家は、公爵家同士の内乱にならないように、悔しくても対抗措置を取りません」

抗議はしていると聞く。

でも第二王子殿下派閥は聞く耳を持たない。

公爵二家の後ろ盾が欲しかったはずなのに、ずっとエルランデ公爵家を下に見ている。


「温厚なエルランデ公爵家の方々も、このままフリーディア様を犠牲にすることになるなら、さすがに動かれるでしょう」

フリーディアちゃんは、ちゃんと家族に愛されているご令嬢だ。

彼女の家族は、いざとなれば動いてくれるはず。




「もしも、国を割る覚悟をもって抗議をしなければならなくなったら」


そう。これが本日の本題だ。

「お父様には、ラングレード辺境伯領はエルランデ公爵家の味方になって下さるようお願いしました」


そうなのだ。

ここまでフリーディアちゃんを貶めてくれやがったのだ。

最終手段も考えておかなければならない。


ライル殿下が提案していたように、やらかしでの婚約解消から、冤罪を晴らすという方向性は決まったけれど。

なにぶん明後日の方向へ爆走する奴らが相手だ。


流れ通りの人前で婚約破棄ということをせず、変な方向へ行く可能性もある。

婚約破棄をやらかしても、そのあとさらにごね倒すことも予想される。

人前での婚約破棄を、なかったことにするなんて芸当も、しかねない相手だ。


これ以上は本気でバストール潰すぜと、圧力をかけられる準備をした上で。

交渉だとか、裏工作だとか、色々と進めた方がいい。


最初から内乱を起こす気でのお願いではないが。

エルランデ公爵家の心構えに、うちが家ごと味方だと、他も味方がいると示せるのは大きいだろう。

圧力のかけ方が、変わってくるはずだから。


「わかった。我々も同意しよう」


重ねてこちらから切り出す前に、サーディス侯爵が即答された。

ドラクール侯爵も、頷いてくれている。


「きちんと証拠もあるのだから、主家も説得できる」

「ありがとうございます!」

勢いよく顔を上げた途端、目尻の涙が落ちた。

たまっていたものが落ちたらしい。


まあ、いい。泣き落としではない。了承後だ。


これでもし、何かあってバストール公爵家にケンカを売る羽目になっても。

南の辺境と南西と南東の両侯爵家。

そして東の穀倉地帯のエルランデ公爵家。


戦争ならば勝てる構図が整った。











※他者視点です



オルド・サーディス侯爵は、その日の夕食後、サロンで娘とお茶をした。

学園の噂として、娘からはエルランデ公爵家令嬢の話は事前に聞いていた。

始まった社交界でも、噂が耳に入ってくる状態だ。


ぽっちゃりなお腹を妻が気にするので、夕食後のおやつはない。

娘は優雅な所作で、お茶を口にしている。


「今日はラングレード辺境伯家の王都邸に招かれていてね」

「存じております」

「珍しい料理の数々を頂いたよ。いやあ、ナギラがあんなにおいしいなんてね」


娘が顔を上げた。

興味が刺激されているときの顔だ。


「しっかり血抜きをして、臭み取りをして焼いたものが、とてもおいしかった。滑りをきちんと取るのが大事らしい」

「まあ、そうなのですか」

「他にも、甘い生地に卵や肉、野菜を包んだりね。変わった料理だが、我が家でもできそうだったな」

「まあまあ、是非とも料理人に頑張って頂きたいですわ!」

食いしん坊の娘は、期待に目を輝かせている。




「見たことのない、変わった酒も出してもらったよ。なんとも言えない風味が、実においしかった」

今でも鼻からの呼気に、あの豊かな香りを感じる気がする。

飲んだことのない種類の酒だったが、香りと風味と、なんとも言えない旨味に、感動すらした。


「あの酒は、アリスティナ嬢が魔法で発酵をしたものだそうだ」

「魔法で、お酒を造ったのですか」

「そう言っていたよ。変わった料理の数々も、アリスティナ嬢の発案だと聞いた」




そして侯爵はしばらく黙り込んだ。

やがて開いた口は、少し口調を変えていた。

「やはりあの一件で、彼女の中に贈り人があらわれたようだね」


ひと呼吸遅れて、娘が息を飲む。

「そんな、まさか」

「見たこともない料理の数々。誰もが知らない酒をいきなり造る。特殊魔法を生み出す」

数え上げられたそれらに、娘の顔色が変わっていく。


「贈り人、なのですか?」

来訪者かもしれないと言いたいのだろう。


「贈り人だと私は判断した。以前から学ぶことが好きな、好奇心旺盛な令嬢だったが、相変わらずに感じた」


発想力や能力が上がった以外は、大きな変化とも言えないものだった。

辺境伯のアルベルトとも、仲の良い親子としか見えなかった。




「私たちにもきちんと気遣いをして、何より友人を心配し、友人のために動く。善良な贈り人だよ、あれは」


だがあの一件で、死の淵に臨んだからこそ、発現したのだろう。

それは痛ましい出来事で。


娘もそれを察して、沈痛な顔をしている。

本当に奴らはろくなことをしないと、腸が煮えくりかえる。


「アリスティナ嬢から、エルランデ公爵令嬢の話を聞いた」

途端に娘は、口を尖らせて顔を背けた。


潔癖なところのある娘は、いじめなんて大嫌いだ。

アリスティナ嬢とは面識があるくせに、フリーディア嬢の噂と、彼女の友人であると耳にして、学園でも接触していないと聞いている。




「アリスティナ嬢は、魔道具作りをされていて、その練習のために記録水晶を作っていたそうだ」

「それが何だとおっしゃいますの」

つんと澄ました顔になり、彼女は返す。


「記録した映像を見せて頂いた。彼女とエルランデ公爵令嬢と、三人の娘が第二王子殿下の文句を言っていてな。迷惑な婚約だと」

娘はそっぽを向いたままだが、小鼻が動いている。話を聞いている証拠だ。


「そこへピンクの髪の娘が来て、彼女たちに視線を向けたあと、池に向かった」

娘がこちらを見た。

「そしてザブザブと池に入っていった。彼女たちは心配する声を上げていた」

「え、自分で?」


娘が目を丸くした。

そうだ。自ら入っていくのが、映像にしっかりと映っていた。




「ああ。そして池の、彼女たちに近い場所へ行き、座り込むと、騒ぎ出した」

「え?」

「悲鳴を上げて人を集め、エルランデ公爵令嬢たちに突き飛ばされたと思われる演出をしていたな」

娘は顔色を変えて、立ち上がった。


「まさか、あの男爵家の娘が、公爵令嬢を冤罪にかけたっていうの?」

「お前は言っていたな。エルランデ公爵令嬢が、第二王子と噂になっている男爵令嬢を、池に突き飛ばした騒ぎを見たと」


娘は頷いた。

嘘は言わない娘のことだ。確かに見たのだろう。

その娘が騒ぎ出してからの出来事。

見た目は彼女たちに、池に突き飛ばされたように見える、光景を。




「それは、公爵令嬢が突き飛ばしたところを、実際に見たのか?」


娘はゆるりと首を振り否定すると、考え込んだ。

しばらく考えた末に、口にする。

「言われてみれば、冤罪の可能性は高いわ。自分から池に入る令嬢なんて、いると思わないもの」


池に令嬢が座り込んでいて、突き飛ばされたと証言すれば、周囲はそれを信じる。

貴族令嬢が池に自ら入るなど、ありえないと考えるから。


「なんてこと」

そして娘は蒼白になった。

エルランデ公爵令嬢が悪いのだと、決めつけていた。

だが冤罪を次から次に仕立て上げて、それに自分たちが踊らされていたのなら。


「なんてこと!」




娘の気性は知っている。


騙されたことに怒り、無実の者に怒りを向けていたことを恥じ。

そして行動するだろう。


アリスティナのことも知っている。

子供の頃から、領主になるための勉強を、真面目に取り組んでいたご令嬢。

贈り人となり冒険者に保護され、少し雰囲気は変わったけれど。


今も魔法に武術にと、打ち込んでいると聞く。

努力する姿勢は以前と変わらない。

魔道具作りにも興味を示し、記録水晶という稀少魔道具を作れるまでになった。


贈り人を発現させながらも、自分たちを笑顔で歓待してくれた。

善良な贈り人の中に、以前のアリスティナが息づいていることを感じられた。

そんな彼女が、友達のことで悲しみ涙していた。




猛然と自室に向かう娘の背中に、そっと頷いた。

「私は私で、やれることをしようではないか」


バストールはもういらんな。


そう独りごちて、侯爵も席を立った。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほどサーディス侯爵、遣り手ですな…!! 観察力が高くて無駄なことはしない、脳筋おじさんなど赤子の手をひねるようなものですなぁ…
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