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あれから第二王子とピンク髪の彼女は、たびたび仲睦まじそうな様子を見せるようになっていた。

わざわざ私たちが気にかけているわけではないが、学園の噂として耳に入るのだ。


マジか。

あれを相手に粘れているのか。根性あるな!

それとも魅了魔法で奴が更生できているのだろうか。

それなら頑張って魅了を続けてくれたまえ!




「新しいお相手がいらっしゃるなら、早く婚約解消をして頂きたいものですわ!」

Sクラスの中で話すとき、フリーディアちゃんは第二王子への嫌悪を隠すことはなくなった。

みんな優秀な学生たちばかりなので、婚約の経緯をきちんと理解していた。


王妃からねじ込まれた婚約で、エルランデ公爵家側が迷惑を被っていること、本当は受けたくなかったこと。

そして解消したがっていることも。


ついでに私の事情も把握されていた。

ラングレード辺境伯家の唯一の跡取りなので、王妃になることは出来ないことを。

成り代わり暴露や、戦争の状況に対する措置だった婚約が、今も婚約者候補として続いていることが不思議だと。




ルードルフ様は、それなりにライル殿下とも仲良しだったようだ。

会うことが多いわけではないが、気にかけていらっしゃった。


実際のところどうなのかと話を向けられたので、教室の片隅で声を潜めて話した。

第二王子の継承権が剥奪されれば、ライル殿下は辺境伯家へ婿入りしてもいいという話だが、王になる気はないかと。


「正直、困るな」

彼は秀麗な顔の眉間に、皺を寄せて言った。

「王に絶対なりたくないというわけではない。私も王族だ。国への想いもあるし、治世に興味はある」

つまり王になるのが嫌というわけではないらしい。


「理由を伺っても?」

「恋人がいる」


おませさんだ!

十三歳で、恋人とは!


そう思ったが、この世界ではそんなものかも知れない。

女性の適齢期も十六歳あたりからだ。

前世も中学生になれば、早熟な子たちは彼氏彼女がいた。




「恋人というのは、身分差がおありなのでしょうか」

王になるのに困る理由が、恋人がいるため。

つまり王に嫁ぐには身分が足りないのかと考える。

それなら、養子入りしてからの嫁入りということも出来るので、解決策があるではないか。


「いや、性別が男の恋人だ」




爆弾発言が来た。


いや、別に同性カップルもいいとは思うよ。

元日本人の魂を持つ私としては、そういうのもアリとは思っているよ。

自分に向けられたら困惑するけど、その人同士の問題ならアリだと思うよ。


ただ王になると、どうしても王妃をという話になる。

王という立場になれば、跡取りを期待されるのだ。

政治だけができればいいという話ではない。


つまり同性カップルの未来が絶たれる。

確かに「困る」だろうな。




誰かに打ち明けたのは、なんと私が初めてのことらしい。

なぜ私なのかと困惑したが、少し前に登校時のエントランスで、ルードルフ様と朝の挨拶をしていたら、一般の学生に囲まれたことがあった。

心当たりがある。


そのとき学生のひとりが、私にルードルフ様の同性愛疑惑を囁いたらしい。

対する私の反応が、へえそうなの程度の淡泊な反応。

さらに突っ込まれて、本人同士がいいなら良いのではないかと、やはり淡泊だったという。

正直、そちらは覚えていない。


近い距離だったので、ルードルフ様には丸聞こえだったそうだ。

その学生、ずいぶん迂闊だな。

むしろ聞こえよがしか、私の反応次第でルードルフ様と険悪になることを狙ったのかも知れないが。


なので私なら、事実そのまま嫌悪もなく受け入れてもらえるのではないかと、思われたそうだ。

誰にも打ち明けられないままの秘密の関係は、つらいときもある。

話を聞いてくれる誰かがいれば、心強いこともあるだろうと。




確かにアリスティナ基準の価値観だけなら困惑するが、日本人の価値観も入った私は、そういうのもアリだと思っている。


そしてルードルフ様は、事実だと知ったあとも、私が同性カップルに対して否定的意見を出さなかったことで、安心されたらしい。


惚気られた。


お相手は、とても可愛らしい人だという。

いつもはキリリとしているが、二人になると甘えてくるとか。

普段の凜々しさと、甘えるときの可愛さのギャップがたまらないとか。


勘弁して下さい。

否定はいたしませんが、積極的に聞きたいわけではないので。


いやもう、本当に勘弁して下さい。

出会い編とか、興味ないから!




ライル殿下にそのことを伝える許可を得たので、彼に投げることにした。

これ以上踏み込む気はないし、私の手におえる気がしない。


ただちょっと、王家大丈夫かとは思った。

王太子が惚れたのが、おっさん入った女子が主体だった私で。

第二王子はアレで。

次点の王になれる候補が、コレで。




後日、王子妃教育で王城へ行ったついでに、ライル殿下にこの話をしたら、頭を抱えておられた。

どうやら想定外だったそうだ。


「辺境から、私たちの子供を王家に養子へ出すということで、ルードルフと交渉してもいいだろうか」

最終的にそんな結論を出された。


あー。ねー。

今の恋人と添い遂げたい、王妃はいらんとなるならば、そうなるのかもねー。

現実的なのかどうかは、陛下と相談が必要になるだろうけれど。

殿下が辺境伯家へ婿入りする理由付けをどうするかにもよるけれど。


いったん王として即位はするが、次世代で本来の血筋に返したいとかなんとか、理屈はつけられそうな気はするよね。


その案だとどちらにしろ、私が最低二人は産まなければならないということか。

そういうプレッシャーはどうかと思うよ。


まあ、この世界なら魔力で体を整えて、なんとかなるかも知れないけれど。

マジかーと、ちょっと遠い目になった。











公爵家令嬢のフリーディアちゃんと、今をときめくラングレード辺境伯家令嬢の私は、学園が始まってから大人気だった。

Sクラス校舎は、学ぶことが主体という雰囲気だ。

なのでそれほど声をかけられない。

人数も限られているので、普通の挨拶程度でも自然と顔見知りになる。


だがSクラス校舎の外に出ると、ひっきりなしに挨拶の人が来るのだ。

何かと親しくなろうとされる。顔を売ろうとされている。

貴族としては、あまり無差別に仲良くなるわけにはいかないので、正直に言えば煩わしい。


おかげで学園内を散策することが、あまりできていない。

校舎の中だけではなく、たまに庭園などを散策したいのだけれど。


そんな私たちに、ナナリーちゃんが穴場を見つけたと言ってきた。

私たち二人以外は、困るほど声をかけられるということはないので、普通に散策などもしている。

そしてフリーディアちゃんと私が窮屈に感じ始めていることも、察している。

なので私たちのために、良い場所を探してくれていたらしい。




ダンスフロアや魔法演習場の近くにある庭園に、植え込みで適度に隠れた池があるという。

もちろん高位貴族も通う優雅な学園のため、池が見える場所にベンチもある。

途中でうまく人をかわせれば、池のほとりでゆっくり散策ができるのではないかと、提案してくれた。


記録水晶を起動し、いざ学園散策へ!


池のほとりは、折良く周囲に人目もなく、学園内でも静かな場所だった。

本日の記録水晶は、私が起動している。

なぜなら、新機能を搭載しているからだ!


ベルヘム先生に相談していた、上書き機能ができた。

それ以外にも、全体撮影以外のズーム機能や、一時停止なども可能になっている。

ベルヘム先生ってば天才!


私はまだ魔道具のカスタマイズまでは自力で出来ない。

今回のカスタマイズで理論は説明されたので、勉強中だ。

これは先生のつきっきり指導で作成したが、ひとりで作成しろと言われると、絶対に無理だ。


基本になる記録水晶の指摘なし作成は、ようやく出来るようになりました!




池のほとりで、記録水晶の新機能と、その扱い方を説明する。

そして再びのキャッキャウフフが始まる。


「あのきれいな鳥も映してくださる? あとで映写したら、間近に見えるということでしょう?」

「あちらの水面もきれいですわ」

「池の中の小島なども、近くにいるように見えるのでしょうか」

「できれば、あの水面のお花を大きく映して頂けますか? 以前図鑑で見た花ですが、水面に咲くので近くで見られませんの」


皆様とても楽しそうだ。

「あとで確認のため、一緒に映像を見ましょうね」

そう伝えると、嬉しそうに頷かれる。




「学園でこんなふうに、校舎の外でゆっくりできるのは、嬉しいですわ」

大きく手を広げて、フリーディアちゃんがのびのびとした動きで言う。

私も学園で、校舎の外でのまったり感は久しぶりなので、嬉しい。


教室では他の学生もいるため、少し遠慮もあるのだ。

この五人だけでのおしゃべりは、久しぶりなのです。


「そういえばミンティア様とランドルフ殿下、最近は人目もはばからなくなってきたそうですわ」

「私そのことで、非常に腹立たしい噂を耳にいたしましたの!」

ナナリーちゃんが振った第二王子の話題に、ミリアナちゃんが握りこぶしになった。

おお、ミリアナちゃんの握りこぶしは珍しいぞ。


「あの殿下、自分とミンティア様のことで、フリーディア様が嫉妬をしているなどと、公言していらっしゃるの!」




嫉妬、とな。


聞いたみんなの心がひとつになった。

それ第二王子の妄想じゃね?


「嫉妬どころか嫌悪しかございませんのに、本気で仰せなのかしら」

フリーディアちゃんの口元が、さすがに引きつっている。

いつも公爵家令嬢の仮面を崩さない彼女が、崩れている!


「あの、私も食堂で、直接耳にいたしました」

メリルちゃんがそっと手を挙げた。




私たちのお昼は持ち寄りで、Sクラスのサロンで食べるようにしている。

メリルちゃんは、学園に伴う侍女は、いったん帰宅させる形式だ。

お昼の給仕は、控え室に待機している我が家のマイラなど、他家の侍女に頼ることになるため、遠慮がちだ。

なのでひとりで食堂へ行く日がある。


「あの方、フリーディア様が王子妃になりたいくせに、態度が悪いなどと公言されてました」

メリルちゃんも腹に据えかねているらしい。目が据わっている。

「私、腹立たしくて、よほどその場で言い返したかったのですが」

「それはなさらない方がよろしいわ。取り巻きの方々が何をされるかわかりませんもの」

フリーディアちゃんが止めた。


私もそう思う。メリルちゃんひとりで、あの明後日の方向へ行く王子に対するのはダメだ。

何かされたときに、対処するのが身分的にも難しい。

もし誰かがやらねばならないのなら、私がやるべきだ。


そのときは、この鉄扇の出番だ。




「そもそもあの方、なぜフリーディア様が自分に好意を持っていると信じていられるのでしょうか」

「嫌われることしかしておられませんのにね」

「自分の母親が無理矢理に結んだ婚約、王家からの申し入れを貴族が断れないと考える頭もないなんて」

「エルランデ公爵家から、婚約解消の交渉を何度もされていること、ご存じないのでしょうか」

「我がSクラスでは、フリーディア様があの方を嫌っていること、皆様ご存じですのに」


「いけませんわ。不敬な言葉は、不用意に口にすべきではありません。記録水晶は音声も残るのですから」

口々に第二王子を悪し様に言い始めた令嬢たちを、フリーディアちゃんが止める。


「これは上書きもできます。お試し映像ですもの、あとで消せば問題ございませんわ」

私が言うと、フリーディアちゃんもさすがに苦笑した。


「次に何かをした証拠があれば、婚約は解消できる。陛下も固く約束くださったのです。証拠を得るまでの辛抱ですわ」

フリーディアちゃんが、今は起動していない、ブローチの記録水晶を握りしめた。

「あの約束外で、私どもが本気の抗議をすると、国を割ることにもなりかねないと、父も苦悩しております」

「あちらは好き勝手をして、良識のあるエルランデ公爵家だけが害を被るのは、間違っております」

ナナリーちゃんが、地団駄を踏みそうな勢いで言う。




そこへふと、ピンク色が視界に入った。

第二王子と噂されている、ミンティア嬢だ。

入学式のときの、事故チューの人だ。

あの王子と付き合いが続いている、根性あるご令嬢だ!


彼女はちらりと私たちを見たが、そのまま池へと向かう。

挨拶などをする気配は、まったくない。

そしてなぜか、制服も靴もそのまま、ザブザブと池に踏み込んでいった。


は?


「入られましたわ」

「躊躇なく入られましたわね」

「あの制服どうなさるのかしら」

「着替えはお持ちなのでしょうか」

「服はともかく、靴をどうなさるのかしら」


彼女が来たときから、私の記録水晶の撮影面は、彼女に向けている。


彼女は私たちにほど近い、ある程度の深さのところまで行くと、池の中に座り腰まで水につかった。

そして突然、大音量の悲鳴を上げた。


は?




悲鳴を聞きつけた人が集まってくる。

私たちは、記録水晶で池を撮影していたときのまま、池のほとりで固まっている。

そこから近い水の中に、悲鳴を上げる彼女の姿。


「なぜ、こんなひどいことをするのですか!」

響く、悲痛そうな彼女の声。

伏し目がちになり、私たちに顔を向けている。


なんだこれ。




そして気づく。

周囲から私たちに向けられる視線が、冷たいことに。


なんてこったいと、私は自分の顔が引きつっているのを感じる。

目の前で今、冤罪劇場が繰り広げられているのだ。


なんだこれ。


私たち視点ではその一言に尽きるが、周囲からはそうは見えない。

場の空気からは、被害者の言葉だけが強烈に広がっているのを感じる。

否定をしても疑いの目が消えない空気に、こうやって冤罪が作られるのかと遠い目になる。


唯一の救いは、記録水晶の映像が残っていることだろう。



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