16 プレ夜会
辺境から帰ってすぐに、王立学園の入学試験があった。
試験結果が悪くても、入学できないわけではない。
けれど私たちは、みんなでSクラスになろうという目標がある。
みんながSクラスなのに私だけ別クラスだなんて、嫌なんだ!
なので、王都別邸に帰って最後の悪あがきをしてから、試験に臨んだ。
答案はすべて埋めた。
答えだってそんなに外した気はしないが、結果がわからないのが怖い。
でも、やるだけやったので、あとは結果を待つだけだ。
みんなでSクラスになれていたらいいな。
そんな王立学園入学前には、次年度に入学する人たちのための、夜会がある。
入学前の試験が終わり、その結果が出る前の親睦会的なものだ。
夜会とはいえ、子供たちのものなので、夕方の早い時間から開始となり、遅くならない時間に帰る。
でも社交界の夜会の雰囲気は感じられる、プレ夜会なのだ。
参加は入学する子供たちと、その保護者だけ。
入場時は保護者にエスコートされるが、しばらく挨拶をしたあと、保護者と子供にわかれて交流することになる。
なので、当日はお父様にエスコートをしてもらう予定だ。
婚約者不要の夜会なのだ。
フリーディアちゃんも、当日は兄フレスリオさんにエスコートされる予定で、第二王子とは一緒にいなくて済むと喜んでいた。
しっかり嫌われとるやん、第二王子。
私のところにはライル殿下から、ドレスを準備したとお呼び出しがあった。
一緒に出るわけではない夜会のドレスをプレゼント。
ちょっと意味がわからない。
前回お会いしたときの最後に、私の中のおっさんについて暴露した。
なのであちらには、すっかり引かれていると思っていた。
そのまま辺境に帰ったので、お会いするのはあれ以来初めてだ。
わざわざ呼び出されたということは、引かれていなかったということだろうか。
明日、王城に部屋を用意してくださっているそうな。
準備してくださったドレスを私が着て、そこでお直しなどもして、ライル殿下とお茶会をする。
そしてそのドレスで、プレ夜会に参加して欲しいというお手紙をもらった。
当日王城で馬車を降りるとき、迎えに来てくれたのはアルトさんだった。
「目に魔力を集めて観ることに成功したが、見えるのは魔力の流れだけなんだ。毒はわからない」
会うなりそんな話をされた。
私にその相談がしたくて、積極的に迎えに来てくれたようだ。
あー、うん。だよね。
実は普通に魔力を目に集めて観ると、そうなるんだよね。
鑑定っぽいのは、そうなるようにかなりイメージしないと出来ない。
なので、成分分析っぽいイメージを説明し、さらにそれを有害か無害かイメージすることを教える。
王城の廊下で立ち止まり、イメージするためか目を閉じて、ウンウン唸っているアルトさんと、その横で立ち尽くす私。
通り過ぎる方々から奇妙なものを見る目を向けられるが、アルトさんは真剣だ。
私はついてきた侍女とともに、遠い目になりながらアルトさんを待った。
そう、私には専属侍女がついている。
マイラという侍女は、今年18歳になる。
侍女になる前の少女時代、父親と一緒に森で狩りをしていた経験があるらしい。
なので冒険者登録もさせた上で、私専属の侍女として育てることになった。
侍女として、それなりの礼儀作法はできる。
だが、まだお茶の入れ方などが下手だという。
今は王都別邸の侍女頭テネッサさんに、色々と手ほどきを受けているらしい。
しばらく唸りながらイメージを練っていたアルトさんだが、このまま出来るまで待ち続けるわけにはいかない。
私はひと月ほどかけて出来るようになった。
贈り人は特殊魔法を身につけやすいと聞いたので、アルトさんはさらに数ヶ月かかるかも知れないと伝えた。
でも出来る可能性がありそうなことで、またもやる気まんまんで張り切られた。
うん。なるべく私を巻き込まずに頑張ってくれたまえ。
その後アルトさんエスコートで部屋に案内され、侍女にドレスを着せられた。
光沢のある蜂蜜色をベースに、深い青色を配した可愛らしいデザインのドレス。
私の髪や瞳の色に合った雰囲気で、鏡を見てもしっくり来る。
裾や襟の細かな銀糸の刺繍が、とってもおしゃれで、テンションが上がる。
殿下の銀髪と同じだなとか、ポイントにつけられた小粒宝石が殿下の瞳の色だとかは、見なかったことにした。
ライル殿下の待つ庭園に向かうと、笑顔で迎えられた。
「思ったとおり、とても可愛いよ。似合っている」
以前お会いしたときより少し男らしくなった、王子様な笑顔で褒められた。
いや、本当に王子様だけどな。
お礼を伝えて、殿下と微笑みを交わしながら、ニコニコとお茶を飲む。
パートナーとして行くわけでもないのに、ドレスを贈ってくれた。
そのドレスを着た姿をお披露目だけはして欲しいと、こうしてお茶をする。
うん。なんか、婚約者ってこういうのなのかな。
よくわからないが。
殿下はお疲れな顔をしていた。
笑顔が少しくすんで見える。
私が辺境で魔道具作りや、ときに冒険者ルックで魔獣討伐に行き、辺境を満喫していた間に。
マスクルの戦闘民族なクセの強さに苦戦していたらしい。
今回、中央軍の主要地位に、マスクル公爵家ゆかりの方々が多くついた。
しかしその昔、中央で働くことになったマスクルのものたちの不満が爆発し、国家分裂の危機があったのだ。
奴らは戦闘民族だ。つまり戦いがないと、退屈なのだ。
書類三昧や訓練、ときに軍事演習程度では、つまらないのだ。
心躍る手強い魔獣討伐がしたいのだ。
中央のお偉いさんの椅子に座るというのは、その退屈でつまらない生活に浸ることになる。
でもひとつの国になったからには、中央に協力しないといけない。
中央に従うと、心躍る戦いができない、制限かかって嫌だ!
元のように好きに戦いたい!と、独立に動き出した。
結果、中央に協力はしてもらうけど、中央の軍でお偉いさんの椅子に、無理に座らなくていいよ。
戦力が欲しいときに協力してね、ということで、話し合いがついた。
強引に独立したかったわけではない、ただつまらない生活が嫌だ!だった彼らは、納得した。
戦闘民族のマスクル公爵家ゆかりの者が、中央の軍事の主要席を埋めていなかったのは、そんな理由だった。
まあ、全員が全員そうだというわけではないので、書類仕事が大丈夫な中央勤めの人もいる。
マスクル公爵家ゆかりの者が皆無だったわけではない。
大多数が彼らになると、脳筋率が増えて問題になるのだ。
うちの父は、ちゃんと勉強をして知識を増やして、机にもそれなりに長時間向かえるので、マシな方だ。
血気盛んな側近たちとは違い、普段はとても穏やかな物腰でもある。
殿下の側近になったロイド・マスクル様も、机に向かえるタイプの人だろう。
だがまあ、その父でさえ、王都別邸で書類仕事漬けになっていると、脱走して魔獣討伐に行く。
そして王都の森の魔獣は手応えがなくてつまらないと、こぼすのだ。
対人戦でも、それなりに勝負になる人と戦えば、ストレス発散になる。
父はダズさん始め側近の人たちと、ストレス発散の手合わせをして、また書類仕事に戻っている。
実は王都別邸の裏庭は、父とダズさんたちの戦闘で、壁が砕けたり木々が破壊されてるんですよ。
お客様をお招きする表の庭はきれいだけどね。
さて、今回も戦闘民族な奴らがお偉いさんの椅子に座ることになり。
昔より丸くなったかと思いきや、やはり戦闘民族な血は続いていたのだ。
そこで陛下と宰相とライル殿下は、魔獣討伐遠征をしてもらうことにした。
南部の地域ほどではないが、国の各地で魔獣被害は勃発する。
お偉いさんの椅子に座った人は、普通は遠征などはしない。
でも行かせることにした。
そうしないと、不満が爆発するので。
そのしわ寄せで、奴らは書類仕事を溜めまくったそうな。
魔獣討伐遠征にウキウキと出かけ、書類を放置しやがったそうな。
それを王太子管轄でフォローしろと、陛下と宰相に押しつけられたらしい。
父の側近たちを思うと、なんだか想像がつく。
だから厳しい戦争でも生き残ったとも言える。
まあ、そんな戦闘民族なマスクル公爵家旗下の者については、適度なストレス発散は必須だ。
ロイド・マスクル様とも相談し、今後どうするか頭を悩ませているところだとか。
遠征よりも、マスクルの者同士で対人戦の方がいいとは、ロイド様から意見が出たそうな。
ただ演習場が破壊される可能性があることで、頭を悩ませているらしい。
なんか、うちの戦闘民族たちがご迷惑をおかけしています。
そこで私が、ラングレードの領城には、魔道具で防護されている鍛錬場があることを話した。
殿下もロイド様から、マスクル公爵領でも同様の魔道具があると聞き、設置を検討していたらしい。
ただその素材や、作成できる魔道具士をすぐに手配できず、困っていたという。
ならばと、今回私の家庭教師に加わった、魔道具士のベルヘム先生を紹介することになった。
ちょうど一緒に王都別邸へ来てくれている。
そして必要な素材は、私の空間収納にあるのだ。
辺境で魔道具の勉強をする私に、ゴルダさんたちが特殊素材のお土産をくれていたからな。
出かけるたびに、素材をくれていたからな。
殿下からは、非常に感謝された。
今現在の彼らとの交流が、とても疲れるのだそうで。
これで少しは解放されると、疲れた顔を晴れやかにしていた。
本当に、うちの戦闘民族たちがご迷惑をおかけしております。
余談ですが、実は王立学園が出来たのは、そのマスクルの独立騒動のあとでした。
それぞれの公爵家旗下の関係を越えて同世代を交流させ、関係性を持たせたいと。
各地の独自文化だけではなく、他地域との交流で、協力体制を持たせれば、独立騒動は起きないのではと。
それが始まりだったそうな。
バストール公爵家のいちばんになりたい気質も迷惑だが。
戦闘民族マスクル公爵家も大概だなと、思ったのでした。
なんか、スマン。
さて、プレ夜会の日がやって参りました。
ライル殿下プレゼンツのドレスを身につけ、髪型も整え、顔も作ってもらって。
いざ参戦!
お父様の夜会姿は、軍服チックなスーツに華やかな刺繍があり、まさに眼福!
テンションの上がるまま、お父様を褒めちぎり、お父様から褒めちぎられての出発です。
このまま会場でずっとエスコートをして欲しいけれど、お父様は途中から大人ゾーンに行かねばならない。
ひとまずはお父様と一緒に、マスクル関係の人や、お父様が係わったことのある人たち、そのご子息ご息女たちとご挨拶。
入学前にフリーディアちゃんたち以外にも、ご縁が作れてほっとした。
なんといっても貴族の通う学校だ。
前世の学校のように、気が合ったからすぐ友達になれる、というわけではない。
入学前に、お父様つながりの安心できるご縁を知っておくのは、大事なのだ。
そして子供たちだけでの交流に変わり、お父様は大人ゾーンへ去って行く。
がっかりしていた私だが、すぐにフリーディアちゃんたちと合流して、テンション上昇しました。
瞳の色にあわせた、ラベンダー色のふんわりドレスが、まるでお姫さまのよう!
他のご令嬢方も目一杯のオシャレをして、またも眼福!
そして褒め合い合戦が、またも勃発。
私のドレスは、どうやら人気のデザイナーによるものらしい。
ミリアナちゃんが、ドレスのこの部分に特徴があると、熱く語ってくださった。
確かに私もとても気に入ったが、おしゃれな彼女はテンション爆上がりだった。
ライル殿下からの贈り物だと言うと、さすが殿下とベタ褒め状態。
「センスもよろしいわ。アリスティナ様の印象を、きちんとデザイナーに伝えられてこその、そのドレスですわ」
「本当にライルフリード殿下は、アリスティナ様を大切に想っていらっしゃるのね」
「ご自身が参加されないこの夜会で、ドレスをお贈りするだなんて」
「あの第二王子殿下と大違いでいらっしゃるわ」
最後のナナリーちゃんの言葉に、ミリアナちゃんとメリルちゃんが頷き、フリーディアちゃんは苦笑。
聞けば、私が辺境を満喫していた間に、子供たちのお茶会があったそうな。
そこでフリーディアちゃんに対する第二王子の態度に、彼女たちが抗議。
その抗議に対する態度も極めて悪く、彼女たちは第二王子への鬱憤がたまっているという。
「まあ、私が辺境で楽しく過ごしていた間に、色々とおありだったのですね」
そんな話をしていたら、王子妃候補がそろっているからと、挨拶に来た子供たちがいた。
お父様と一緒に挨拶をした子供が、さらに他の子を連れてきていて、めまぐるしく挨拶合戦になる。
なんとか頭をフル回転させ、名前と顔と間柄をなるべく記憶に残せるようにする。
隣でフリーディアちゃんたちも、似たような状況だ。
ひとしきりそんな挨拶合戦をしたあと、隙を見て歓談席へ行くことにした。
そちらの席につけば、歓談中に割り込むのはマナー違反になる。
しばらくは私たちだけで、ゆっくりとおしゃべりが出来るのだ。
たくさんの人たちと挨拶をして、私たちはひと仕事終えた気分になっていた。
席について、お茶を飲んで、彼女たちから改めて子供たちのお茶会の話を聞く。
以前私も、フリーディアちゃんに対する第二王子の態度に腹を立てていたが、あれと似た状況だったらしい。
当然、ナナリーちゃんたちも腹を立てて、抗議したそうな。
だがあの明後日の方向へ向かっている第二王子だ。
抗議も明後日の方向へ解釈した。
あのときのライル殿下への言葉などを思い出し、さもありなんと頷いた。
プリプリと怒る彼女たちの話を聞いて、ふと思いついた。
第二王子の態度の悪さを、誰にでもわかる記録に残してしまえば、いいのではないかと。
そこで私は辺境で、魔道具作りに挑戦したことを話す。
完成した作品として、記録水晶を取り出した。
「稀少魔道具ですわ!」
またもメリルちゃんが引き加減だったので、私は語った。
トーダオの遺跡ダンジョンの目玉の魔物から、すべては始まったのだと。
素朴な疑問から、記録水晶を作りたいのでその素材が欲しいと漏らしたこと。
そこから張り切ったゴルダさんたちに、採取地を連れ回されたこと。
途中で同情されそうになったので、奇跡のような風景に感動したことも話した。
北部山岳地帯の秘境の神殿に感じた歴史ロマン。
東部湖沼地域の神秘的な美しさ。
野営準備で見た夕焼け。
騎獣でゴルダさんに抱えられて夜通し移動した、夜明けの天から伸びる光の梯子。
森の川で、虹色の魚が跳ねるのを見たこと。
あの半年かけての旅は、本当に得がたい体験をしたのだ。
貴族令嬢には本来できない体験ばかりだった。
なのでフリーディアちゃんも、ミリアナちゃんも目を輝かせて。
メリルちゃんも、自分の知識と照らし合わせて興奮して。
ナナリーちゃんは、野営や騎獣での移動などを、ひたすら羨ましがっていた。
そんなこんなで集められた素材。
鉄扇の材料である魔蜘蛛絹が、見えざる糸のおまけ素材だったことも驚かれた。
そして記録水晶は、魔道具作りの基本工程すべてを使うこと。
でも初歩の技術ばかりで、魔力さえあれば練習にちょうどいい魔道具だということを説明。
「ひたすらこの記録水晶作りで、魔道具の技術を磨いておりました」
私は人数分の記録水晶を取り出し、彼女たちにプレゼントした。
経緯を知れば、稀少魔道具だと恐れずに、受け取ってくれた。
お友達の手作り魔道具だからな。
練習で大量作成した中のひとつだからな。
元手もゼロだからな!
せっかくなので使い方を説明しようと、ひとつを手に取り、起動方法を話す。
「この部分の魔石が光を放っている、この状態が撮影中ですわ」
「まあ、では今この場の映像が、記録に残りますの?」
「せっかくですもの。皆様の初めての夜会ドレス姿を映しましょうよ」
歓談席から立ち上がり、キャッキャウフフと盛り上がっていたときだった。
「こんなところにいたのか」
第二王子が、取り巻きを引き連れてやってきたのは。




