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さて、謁見が無事に終わり、私たちは別室のお茶会に向かっている。
ライル殿下と私のお茶会があるのだ。
お父様やダズさんも一緒なのはわかる。
ライル殿下とともに、アルトさんがいるのもわかる。
だけどなんで、陛下と宰相まで一緒なのかは謎だよねー。
ライル殿下とアルトさんとのぬるいお茶会だと思っていたのに。
またも近衛騎士に囲まれて城内を移動する。
私にお城見学をさせるつもりは皆無かよ!
今回の移動はライル殿下のエスコートだ。
お父様のエスコートではなくなったことに、ちょっとがっかり。
ていうか、ボディガードの手を確保すんな。自由にしとけ。
ライル殿下にドキドキするということはない。
アリスティナちゃんは私の中にとけてひとつになったが、メインの人格は、日本人女性の方だ。
ときどきアリスティナちゃんを感じるけど、感情を共有している感覚。
以前は別の存在で、心の中で宥めたり慰めたりしていたそれが、私の中に溶けているのがわかる。
そして私はショタコンではない。
三十代の女性に、十六歳のライル殿下は、まだ子供だ。
日本人感覚では民族的に上の年齢に見えるが、大人のこなれた感じは見られない。
なので十六歳の美青少年な殿下は、キラキラしていてちょっと引いてしまう。
エスコートされるとムズムズする。
まあ、同じ十二歳だと子供過ぎてさらに困ったので、せめて十六歳でよかったと言うべきか。
お茶会の席に着き、陛下や宰相から改めて、戦争時の辺境伯家と私に対して、労いの言葉を頂いた。
謝罪は何度もできないから、労いになるらしい。
そこからは、冒険者として保護されていたときの私の話を聞きたがった。
初級ポーションを作れるので、採取して生活を立てられると考えた話をすると、感心された。
元から空間魔法を使えたので採取物が劣化する心配がないと言ったら、驚かれた。
そこで知ったのは、時間停止の空間魔法は、稀少な魔法だそうだ。
私の年齢で使えるのはすごいという話になったので、家庭教師のマーベルン先生による教えだと話した。
彼は空間魔法を得意としており、幼い頃から師事を受けていた。
空間魔法をあとちょっとで発現できそうだというところで、王都へ避難することになった。
馬車の中でも熱心に教えてくれて、王都に着いてすぐくらいに、やっとできるようになったのだ。
ここで判明する新事実。
マーベルン先生、かなりチート級なお方でした。
知らんがな!
「僕、空間魔法得意なんだー」
ヘイヘイ! みたいなノリで言われてたんだよ。
あ、そうなの、としか思わないじゃん。
世界のトップレベル走ってるなら、もう少し重々しく言ってよ!
なので彼に教わった私も、この年齢でチート級らしい。
まあ、私が初めて収納魔法ができたとき、時間停止まで出来たことに大喜びされていたな。
感激で泣いたくらいだから、確かにすごいことだったんだろうな。
「この年齢でこれが出来るって、僕より天才!」
そう言ってたな。
僕よりってのが、そんな高レベルな話と思ってなかったっちゅーねん!
ちなみに先生は、大規模転移魔法とかガンガン使えます。
そんでもって先生は、戦争などで魔法を使うことが、禁じられている身だと言っていました。
だから私と一緒に王都へ来て、王都でも家庭教師を続けてくれたんだ。
今思えば世界規模で高レベルだから、制限かかっていたわけだが!
殿下からは、虐待前に空間魔法を身につけていたのかと驚かれた。
冒険者になってから習得したと思われていたようだ。
お父様を含めて辺境の人たちとは、冒険者だったときの話はあまりしていない。
王都別邸を出たあと、私がゴルダさんの家にいて、冒険者として暮らしていたことは話してある。
でも、その詳細については、誰も聞かないし話さない。
たぶん贈り人が発現したことは、察しているのだろう。
贈り人の覚醒は、絶望と死の淵に立つ感覚だ。
私が贈り人になったことを彼らが知るのは、傷口をえぐられるようなものだろう。
だから私からは話さないし、あちらも確定するような話はしたくないはず。
なのでお互いに、その話題は避けている。
今回の話は、王都に来てから空間魔法を使えるようになったこと。
そしてポーション作成の話。
どちらも幼い頃から学んだことだったので、お父様やダズさんにも安心して話せる内容だ。
お父様やダズさんも、楽しそうに話を聞いてくれていた。
冒険者としてゴルダさんに師事を受けたことも話した。
「陛下、私が保護されていて、身に危険がなかったとするお言葉、ありがとうございました」
改めて陛下にお礼を述べた。
あの場で陛下が宣言なさったことで、今後はそれに関して攻撃材料にできない。
お父様たちが傷つけられる心配が減ったことが、何より嬉しい。
私がゴルダさんに保護されていたときのことを口実に、お父様たちを傷つけ、交渉を有利にしようとする人は出てきただろう。
貴族とは、そういうものだ。
王妃の言葉には呆れたが、結果として助かった。
あの発言がなければ、あの場で陛下が、あの時期の私に問題がなかったとする言葉を発されることも、なかったかも知れない。
陛下からも改めて、王太子の救助についてお礼を言われた。
万能解毒薬と上級ポーションについては、惜しいポーションの説明をした。
殿下に使ったのが惜しいポーションだったことに、陛下と宰相が笑った。
だってそれしか持ってなかったのだから、仕方がないだろう。わざとではない。
殿下も苦笑されたが、安定して作れるまで何度も挑戦するのは良いことだと、褒めてくれた。
お礼に惜しい万能解毒薬を何本かプレゼントした。
陛下と宰相も欲しがったので、さらに何本かあげた。
お父様と、その後ろに控えたダズさんが何か言いたげだったので、そっと「ちゃんと完成品を差し上げます」と伝えた。
もう家に戻っているので、完成品をすぐに売り払う必要はなくなったからね。
でもなぜか、惜しいポーションが欲しいという。
まだ残っているからあとでねと伝えた。
空間魔法の話に戻り、王城に出入りするときには魔法解除が必要だと言われた。
原則として、王城では限られた場所以外での魔法は禁じられている。
魔法での戦闘や、犯罪を防ぐためだ。
貴族や王族の間での、魔法によるトラブル発生を防ぐ目的もある。
魔法の発現は感知されるが、常時展開の魔法は感知されにくい。
常時展開したまま王城に出入りする場合、許可証を発行するそうだ。
私は魔法解除ではなく、許可証が欲しいと伝えた。
まず私の魔法空間には、大量に収納している素材がある。
ダンジョンで手に入れたり、旅先で討伐した素材だ。
もちろん売れるものは売る。
だが一度に流通させられない物や、複数を売却することで価値が下がる物がある。
それらは、一部だけ売却して、収納しっぱなしなのだ。
もちろんゴルダさんたちに預けられたものは、きちんとリストで管理している。
中には解体を一度にできないものを、悪くなる前にひとまず収納したものがある。
つまり、狩りたてホヤホヤの魔獣が入っている。
あと大量の料理。
野営のときに便利だから、作りたての鍋を収納している。
熱々食べ頃で収納している。
熱湯鍋も入れている。
ポーションの基本は、そこに素材投入で魔力と混ぜ合わせること。
冷水で作成するポーションもあるが、基本はいったん沸かした湯が必要だ。
なので熱湯鍋があれば、いつでも大量にポーションが作れるのだ。
そういったことを説明すると、皆様に生ぬるい微笑みを向けられた。
あろうことか、お父様にまで!
空間魔法も時間停止の魔法も稀少ということは、それができる魔道具もない。
魔法を解除しなさいと要求しても、損害を出すことを前提の要求ではない。
狩りたてホヤホヤの魔獣や、食べ物が腐る危険があるなら、魔法解除を要求できなくなるのだ。
私の収納している物を預かる技術も王城側にはない。
宰相の指示で、私の空間魔法の許可証は、速やかに発行されることになった。
あえて誰も口にしなかったが、空間魔法の解除は武装解除でもある。
武器がそこに入っていないことが条件になる。
実は武器が入ってますけどね。
私のためにゼンデズさんが作成してくれた短剣とかね。
言う気はないよ。
なにより、ドレスにたくさん仕込んでいる暗器の方が重大だろうからな。
そしてお茶会が終盤になった頃に、それが起きた。
陛下と宰相が退出されることになり、私たちも立ち上がってお見送り。
そのときまた、うなじがチリチリする感覚がした。
身体強化を巡らせ、耳にとらえた風切り音に、咄嗟に動いた。
殿下に迫っていた小さく細いナイフを、鉄扇で弾く。
キンと甲高い音がして、弾いたナイフがテーブルに刺さった。
あっぶねーな!
お父様とダズさん以外、護衛たちは反応すらしていなかったが、殿下の側頭部に刺さる直前だったよ!
騎士が呆気にとられて、こちらを見ている。
いや、君、犯人確保しろ?
「あちらから飛んで来ました!」
声を上げて方向を示せば、ようやく護衛騎士たちが動き出す。
陛下や宰相の護衛も、殿下の護衛と打ち合わせて連携をとって動き出した。
今までも、ライル殿下は命を狙われることがあった。
でも陛下や宰相の前で行われたことはなかったらしい。
今回の、バストール公爵家に対する処分で焦ったものか、警告か。
後日聞いたが、犯人は毒で自害しており、背景はわからなかったとか。
護衛たちが動いて追跡や安全確認をしている間、陛下と宰相はこの場に留まることになった。
各所に指示を出したあと、反応できた私を褒めそやす。
「私の冒険者の師匠、ゴルダさんのおかげです!」
意気揚々と、私は師匠の自慢をしておいた。
私が身につけた戦闘能力は、ゴルダさんの指導によるものなので。
そして私の鉄扇に陛下たちの視線が向かう。
なので話した。
この婚約が、護衛が間近で守れない、武装できない場におけるライル殿下の護衛のためだとわかっていると。
婚約の申し込みは、義母や義姉の企てを暴露するためだった。
でも今も辺境と話し合いをしながら、取り下げていないのは、そのためだろうと。
「委細承知しております。正装が必要な場でも、戦える術を身につけて参りました」
指先まで意識しての、令嬢としての華麗な礼をご披露する。
「ライル殿下。御身の安全は、どうぞこのアリスティナにお任せ下さいませ」
実は、決めぜりふ的に言えるよう、特訓していたのだ。
噛まずに言えたぜ(ドヤ!)
瞬間、陛下と宰相閣下がすごい勢いで咳き込んだ。
げほげほと、苦しそうに身をひねっている。
砂埃でも吸ったのだろうか。
殿下はなぜか明後日の方を向き、薄い笑みを浮かべていた。




