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第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(三)

 アーディ機は両手のブレードを交差し、タイタニアの猛烈な突進斬撃を必死に受け止めていた。


 激突するタイタニアのブレードとアーディ機のブレードが、甲高い悲鳴のような金属的摩擦音を上げ、もうもうと火花の煙幕を散らす。


《あ、あたしが競り負けてる……? あり合わせのナノマシンで使ったせい? いや、そんな――》


 驚きと狼狽の色が、今やはっきりとアーディの声に含まれている。


「ふ、ふふふ……こんなの予想外の展開だったかしら? いいのよ、言い訳しても」


 笑みを交えながら告げるタイタニア。


 高揚感と戦闘意欲と喜びが、身体の中で手を取り合って華やかなワルツを踊っているみたいだった。


《そ、それでも強い……! こんなの、アレスの戦闘データには無かった! がらくた武装でも、あたしなら十分に……調律して、動員して、絶対勝てるはずだったのに……》


 アーディの声が、わなわなと震えていた。


 タイタニアがこれほどしぶとく、しかも逆にアーディ自身がここまで追い詰められるなど、想定外だったのではないだろうか。


 そんなアーディの様子を察知し、タイタニアはカマを掛けて問いかける。


「はは〜ん、自分自身が危機に陥るなんて始めて、という感じね……あなた、今までずいぶんと楽な戦いしか、経験してないんでしょ?」


 タイタニアが翼を操作、推進力が膨れあがり、アーディ機を押してゆく。


 ガリガリ!と激しい音を立て、火花が一層大きく舞い上がった。


《違う、それは違う! あたしが、あたしがこんなことぐらいで――》


 アーディが躍起になって反論する。


「ふふふ、そういうのなら、見せてご覧なさい! あなたの気合いと根性を!」


 タイタニアは敢えて挑発的な言葉を選んだ。


 このまま一方的な攻防になるよりは、最後まで互いの死力を尽くした激戦であることを望んでいたからだ。


《……くううっ》


「うぬうううっ……」


 つばぜり合いを繰り広げながら、黙したまま対峙するタイタニアとアーディ。


 そして、アーディがタイタニアの言葉に応えた。


《……そう、そうとも……あたしは、アレスのバトル・アイドル!


 伊達にその名は語らない……あたしは誰よりも先頭で戦うの!


 あたしの笑顔が、あたしの舞いが、みんなを奮い立たせるの!


 それなら見せてあげる!


 これがバトル・アイドルの意地だよ!》


 誇りを侮辱され、猛烈な怒りを覚えたのか。


 純粋な闘志といってよいものが、アーディの声の端々からほとばしっていた。


 アーディ機の全身が、ぼうっと橙色を帯び始める。


 それまで押されていたアーディ機が、両腕を払い、一閃――タイタニアのアームブレードを弾き返した。


 出力が明らかに上がっている。


 アーディ機を構成するナノマシン群が、活性度を高め、仕様上の限界値を突破。


 ナノマシンの活動の高まりで、放出される熱が機体全体の温度を上げていたのだ。


 相当な負荷とナノマシンの損耗を代償に、機体性能を無理矢理に増幅するのである。


 アーディは勝負に撃って出た。


「――さあ来なさい! 逃げも隠れもしはしない……私はここよ!」


 アーディの闘志に喜び震え、タイタニアは雄々しく叫び、突進する。


 タイタニア及びアーディ機の双方が、目にもとまらぬ速さで斬撃を繰り出す。


 互いに、肩から先は攻撃速度のあまり、視覚的に確認が困難で、姿が見えなくなっていた。


 超音速で斬り払われる刃が、宙で絶え間なく激突を繰り返す。


 数百、数千もの稲妻が駆け抜けたみたいに、大気を引き裂く雷鳴音が途切れることなく発生。


 無数の打ち上げ花火が散華したみたいに、飛び散る火花が眩く夜空を照らしあげる。


《あははははっ! お遊戯はもうおしまいだよ! やってやる……やってやる! 絶対に狩ってやるっ!》


 笑い叫ぶアーディ。


 アーディ機の斬撃の圧力が、ぐぐっと重くなる。


 タイタニアが、じりじりっと後方に押し返され始めた。


 相当な負荷を掛けているのだろう――アーディ機の表面から、力尽き、活性を失ったナノマシンが、火の粉のように舞い散っていた。


「いいね、いいね! 速い! 重い! 熱い! それくらいじゃなきゃ……そうこなくっちゃね――ッ!」


 タイタニアも、抑えきれない興奮が爆ぜたみたいに叫んだ。


 全身の装甲思念体が放つ輝きが、一層強くなる。


 双瞳が放つ緋色の光が、燃えさかる炎のように猛った。


 思念科学素子が喜び勇むあまり、のたうち回るみたいに活性化。


 タイタニアの体内では、強い刺激が外部から加わったおかげで、思念科学素子が十分に発奮。


 思念科学素子の中に、遙か昔より蓄積された膨大な戦闘経験知が次々と動員されてゆく。


 現在繰り広げられている激戦の感覚情報と結合し、タイタニアの戦闘行動に絶え間ない最適化が加えられてゆく。


 翼の出力を変動させるタイミング、アームブレードに力を加えるタイミング、身体の各部・各関節を伝搬する力の流れ――猛烈な勢いで修正が蓄積され、見る間に斬撃の速度と威力が向上する。


 過負荷と引き替えに、大幅な性能増幅を施したはずのアーディ機が、再び押され始めた。


《くっ……また強くなってる! また速くなってる! また重くなってる! あはははっ、すごい、すごい! でも、アーディは負けないっ! どんな方法でもチャンスを作り出す! それがバトル・アイドル魂っ!》


 ナノマシンへの過剰負荷という捨て身の切り札をもってすら、状況をひっくり返せないアーディ。


 だが、その声にはまだ諦めはにじんでいない。


 タイタニアとアーディ機の両腕が、超音速の剣戟を繰り広げている最中――アーディ機の両太ももにあるサブ・ミサイルポッドの中で熱源が発生。


 残されていたミサイル弾頭を、アーディが不意打ち的に発射したのである。


 極めて至近距離からの弾頭発射であった。


「なっ――ちょっ、そこから来るかあっ?」


 タイタニアは慌ててアーディ機を押し、わずかに間合いを確保、すかさずアームブレードを左右に開くように斬り払う。


 すんでの所で、辛うじてミサイル弾頭を両断した。


 だが、タイミングが遅かったためか、タイタニアのすぐ背後で弾頭が爆発。


 爆風を背に受けて、体勢を崩してしまう。


「しまっ……」


 ハッとして正面を見上げるタイタニア。


 アーディ機の近接用格闘ブレードが頭上から振り下ろされ、今にもタイタニアを真っ二つにせんとしていたのだ。


《――もらったッ! あはははっ!》


 アーディが嬉々とした声を上げる。


 アーディ機の両腕のブレードが一瞬の隙を突き、タイタニアの両肩部に食い込んだ。


 装甲思念体と接触し、もうもうと火花を散らし上げた。


 アーディは、ブレードを押し込み、タイタニアの身体を切断しようとする。


 鋭い痺れと衝撃感が、タイタニアの両肩から侵入し、身体を貫いていった。


《三枚に……三枚に斬って下ろしてあげる……》


「くううっ……や、やってごらんなさいよ。この私の肉体を、どこまで壊せるか……痛めつけられるか、試してごらんなさいよ……」


 苦痛に顔をゆがめつつも、不敵な笑みを浮かべ、タイタニアは舌先でチロリと唇を舐めた。


 アームブレードを構成する装甲思念体に干渉し、形状を崩し、再構成させる。


 アームブレードが紅の帯状の装甲思念体に解かれていった。


 そして、紅の帯が拳に巻き付いて、屈強な構造を持つ籠手のような装甲と化した。


 握った拳は、戦槌を連想させるほど厳つく、強靭な武装となっていた。


 タイタニアは、武装強化された拳で、アーディのブレードを掴み上げる。


「ぐっ……うぐああぁ……そりゃああああっ!」


 雄叫びを上げ、僧帽筋、上腕三頭筋、三角筋、大胸筋を総動員し、斜め上方にアーディのブレードを押した。


《……これで決める……これで決める、これで決めるううぅ――っ!》


 己に言い聞かせるように声を上げるアーディ。


 タイタニアは翼の出力を上げ、握力をさらに加えてアーディのブレードを握り、押し上げる。


 その時だった。


 アーディ機のブレードに亀裂が入る。


 タイタニアの拳に掴まれた面が、じわっと融解を始めた。


 アーディ機の限界が来たようだった。


 タイタニアの両肩に食い込み、その肉体を縦に切断するはずだった刃が砕け散る。


 赤熱したブレードの破片が、キラキラと夜空に舞い散った。


《う……そ……》


 アーディは、虚脱したような声を上げる。


 タイタニアの意表を突き、会心の一撃と言っても良い斬撃だった。


 それが、見事に打ち破られてしまったのである。


 タイタニアが、すうっと上方に飛翔し、呆然として動きを止めているアーディ機を見下ろした。


「さあ――神妙に、神妙に! 


 因果応報、一罰百戒!


 そんなに歪んだ根性は、真っ赤に熱して叩き直す!


 これぞ世直し乙女道!


 さあ、歯を食いしばりなさい!」


 威勢良く口上を決めると、タイタニアは両拳をきつく握り、力を充満させる。


 輝きとボリュームを増してゆく、タイタニアの拳。


 右腕を大きく引き絞ると、広背筋、上腕三頭筋、前鋸筋、大胸筋、三角筋をリズミカルに動員、拳を前方に突き出した。


 音速を超える拳が大気の壁を突き破り、爆発的な轟音を響かせる。


 その直後――何と、熱衝撃波が巨大な拳の形となって、アーディ機にめり込んでいった。


 アーディ機は、素早く両腕を交差して防御を図る。


 しかし、衝撃波が全身を包み込み、打ちのめしていった。


《おああっ……な、何これ? 触っていないのになんで――》


 先ほどの過剰な性能増幅で、ナノマシンが疲弊。


 アーディ機の機体性能が反動で大幅に減じていた。


 そこに、タイタニアが放つ熱衝撃波の剛拳が豪雨のように降り注いだ。


「熱・拳・制・裁――ッ! ずありゃああああああ――っ!」


 十四メートルの漆黒の巨体であるアーディ機。


 その機体の各所が、明るく輝く熱衝撃波の拳を受け、めり込み、陥没し、ひしゃげてゆく。


 得も言われぬ、気持ちの良い力の放出感――心地よいほどに、拳から放った力が吸い込まれてゆくのをタイタニアは感じ取っていた。


 アーディ機は、無数の熱衝撃波の拳を受け、どんどん高度を下げてゆく。


 ついに、交差して防御をしていた両腕が、力負けして弾かれ、大きく左右に開かれた。


 無防備に四肢を伸ばした格好になる。


 そのまま、なすすべもなく、全身に熱衝撃波の拳を食らい続け、堕ち続けた。


《……か、狩りをしているはずだったのに……あたしが、狩られる側になるなんて……》


 落下するアーディ機が、地表近くまで迫る。


 タイタニアも間合いを維持しながら降下を続けていた。


 そして、右腕を一際大きく振り絞り、全体重を右拳に乗せ、仕上げの一撃を繰り出す。


「さあっ……これでっ……制裁っ、完了――ッ!」


 タイタニアの右腕を包む装甲思念体が明るく輝き、ボリュームが膨れあがる。


 次の瞬間、タイタニアは、気を失うほどに心地よい力の放出感を覚えた。


 恍惚の余り、意識もろとも吹き飛ばされそうになりながら、右拳から溜めに溜めた熱エネルギーを放出。


 放たれた熱エネルギー塊は、直径十メートルはある巨大な熱衝撃波の拳と化す。


 トドメとばかりに、アーディ機を背中から大地に打ちつけた。


 背中から地面に激突する漆黒のアーディ機。


 半径三十メートルに渡って、地表面がすり鉢状に陥没、クレーターを形成。


 次の瞬間、猛烈な高熱気流が竜巻のごとく螺旋を描きながら上昇。


 激しい上昇気流が発生し、黙示録のワンシーンを連想させるような巨大な火柱を作り出した。


 深夜の星空を真っ赤に染め、大地を奥底から揺さぶるような低い轟音が周辺地域一帯に鳴り響いた。


「ふうっ、ふううっ……はあっ……んあっ……き、決まった……よね?」


 タイタニアは、身体の内側に、焼け付くような強烈な疲労感を覚えている。


 ふらふらと左右に揺れるように宙を飛翔し、仰向けに倒れるアーディ機の上に、ふわりと降り立った。


 全身が、まるで鉛塊で覆われたみたいに重たい。


 ぐったりとした足取りで、がちゃ、がちゃと甲冑的足音を立て、アーディ機の上を歩いた。


 気を抜いたら、ふらっと昏倒しそうになりそうだった。


 意識を保つべく己を律しながら、周囲を見回す。


 クレーター内の地面は、先ほど立ち上った火柱のせいで、水分が飛び、表面が焼け焦げ、岩石のように固く乾いていた。


 あちこちで、ぶすぶすと火がくすぶり、煙がのぼっている。


 クレーター中心に仰向けに横たわるアーディ機は、動く気配が無かった。


 機体の各所が陥没し、高熱のせいで、所々で装甲が融解しているのが分かる。


 本当に自分がこんなことをしたのかと、我が目を疑いそうになった。


 だが、一度アーディに殺された後、エリュシオーネとして覚醒し、形勢逆転に持ち込んだのは事実。


 よくここまで、試練をくぐり抜け、生き延び、戦い抜いたものだと、自分に感心する。


「おっと、いけない、いけない……お説教は仕上げが肝心。さあ、出てきなさい! この中にいるんでしょ?」


 タイタニアは、睡魔にも近い疲労困憊感と戦いながら、つま先でアーディ機の機体をカツカツと蹴った。


 胸の中央の膨らんだ部分――恐らく、この中にアーディは鎮座しているはずなのである。


「ほらほら、出てこないと説教できないでしょ? じゃあ、こっちから……乗り込んじゃうからね!」


 『それっ!』とかけ声一つあげて、タイタニアはアーディ機の胸を強く蹴った。


 ところが、その刹那――なんと、タイタニアのつま先を覆う装甲思念体が砕け散って、はがれ落ちてしまったのである。


 バラバラになった装甲思念体は、深紅の光の泡に還元された。


 そして、ふわふわと宙を浮遊し、タイタニアの胸元や腹部など、肌がむきだしの部分にぺたりと付着。


 そのまま身体の中に吸い込まれていった。


「え、ええっ? どうしたの? 私の身体が……鎧が……」


 突然の出来事に、タイタニアは思考が止まりそうになる。


 目を見開き、事態を確かめるべく、自分の身体に視線を走らせた。


 一体、自分の身体はどうしてしまったというのか。


 驚愕するタイタニアを尻目に、全身を覆う装甲思念体に次々と亀裂が走ってゆく。


 細かく砕けた装甲思念体の破片がパラパラと落ち、赤い光の泡に還っていったのである。


 脱力感、疲労感がますます強くなって行った。


 堪えきれなくなったタイタニアは、がくっと膝をつく。


 装甲思念体の活動限界時間が訪れたのであった。


 特に、覚醒したばかりのタイタニアの場合、装甲思念体の活動時間は限定的である。


 さらに、派手な戦闘を展開し、惜しみなく思念科学素子の活性を消耗した。


 ただでさえ短かった活動限界時間が、より一層短くなったのである。


「うっ……うくくっ……あ、脚が……」


 身体を覆う装甲思念体がどんどんはげ落ちていった。


 それに合わせて、白磁のごとき肌が露出度を高めてゆく。


 その時だった。


 アーディ機が、むくっと上半身を起こし――ガバっとタイタニアの身体を両手で掴んだのである。


 タイタニアの身体を覆っていた装甲思念体が一斉に砕け散り、赤い泡となって霧散、身体の中に吸収されてしまう。


 守るものが何も無くなり、タイタニアは生まれたままの姿にされてしまった。


「な、なっ……まだ、う、動けたって、いうの?」


《……あ、あはは……い、息切れしちゃったかな、ティナお姉ちゃん? と、飛ばし過ぎは、よ、よくないよぉ……》


 地獄の底から這い上がってきたみたいな、うっそりとした調子の声だった。


 アーディが息を吹き返してきたのだ。


「……や、やれるもんなら、や、やって……ご、ご覧なさいよ」


 タイタニアは苦痛に顔をゆがめながらも口元に笑みを浮かべた。


 怪しい呂律ながらも啖呵を切って、強気を押し通す。


《……今度こそ、ちゃんと、食べてあげる……丁寧に、丁寧に、解体して、ひとかけらも残さずに……ね!》


 アーディは、力を振り絞るかのように、腹の底から声をひねり出した。


 タイタニアの身体に巻きついたアーディ機の五指が、一気に締め付けてくる。


 その直後だった。


 激痛の塊が、タイタニアの両胸で爆発、鮮血が勢いよく飛び散ったのである。


 さきほどアーディのフィンガーブレードで貫かれた傷口が開き、そこから出血したのだった。


 稲妻のように激しい痛みがタイタニアの肉体を駆け抜け、蹂躙する。


 意識が幾度となくちぎれそうになった。


「く、くくくっ……んがあああ――っ!」


 カッと目を開いて、必死に痛みに耐えるタイタニア。


 何度も白目を剥きそうになる。


 アーディ機の手が、万力のごとくタイタニアの身体を締め上げる。


 両乳房に穿たれた十以上の貫通創から鮮血があふれ、赤い筋となって迸った。


 タイタニアの肉体は、まるで圧搾機にかけられた赤い果実みたいだった。


《も、もう手加減なんてしないっ! ここで決める! ここで解体する! ここで食べてあげる!》


 粘着質な執念めいた声で、アーディは叫ぶ。


 タイタニアを圧搾する力が、さらに強くなった。


 アーディがありったけの力でタイタニアの身体を握りつぶしにかかったのである。


「ぎ、ぎぎっ……あ、あっ……あああっ……」


 タイタニアは、もう涙ぐんでいた。


 悲痛なうめきが、喉から漏れてくる。


 ここで終ってたまるか、本当に解体されてたまるか――タイタニアは必死に抵抗し、拘束を解こうとする。


 しかし、強烈な握撃の前になす術がなかった。


 出血が激しくなり、意識に霞がかかってくる。


 血の泡をごぼりと吐いた。


 何度も悲鳴を上げるうちに、タイタニアの声は徐々に弱弱しくなってゆく。


 やがて、猛烈な眠気がタイタニアを襲った。


 視界が急にきかなくなり、考える事さえままならなくなる。


 意識が、どんどん闇の中に引きずり込まれてゆく。


 今にも意識が途切れそうになる中で、ろくに思考さえできない中で、タイタニアはひたすらに願った。


 まだ死にたくない、まだ生きたい。


 生きて、ジュリアスに会いたい、ユーリカに会いたい。


 ひたすらに、強烈な生への渇望。


 しかし――


 アーディ機はタイタニアを掴んだまま、ゆっくりと立ち上がり――そして、機体出力を全開にして、無慈悲にタイタニアの身体を握りつぶした。


「――っ! んぐ……ううっ、あ……あぁ……か……」


 閉じそうになっていたタイタニアの目が、最後に大きく開かれる。


 そのまま白目を剥き、意識は完全に闇に飲み込まれた。


《今度こそ、あたしの身体の中に取り込んであげる……おやすみなさい、ティナお姉様》


 タイタニアの腕、肋骨、脚の各部位で骨が砕ける音が生じる。


 このままアーディ機が力を加えていけば、いくら強靭な肉体を持つタイタニアといえども、解体されてしまうのは時間の問題であるように思えた。


 アーディは、少しずつ、少しずつ、機体の腕に力を加えてゆく。


 一度には壊さず、じっくりと時間をかけて、タイタニアの肉体が潰れてゆく感触を堪能しようとした。


 新品のオモチャを与えられ、無邪気に楽しむ幼子みたいだった。


 ――戦闘不能となったタイタニアの裸身をもてあそぶこと数分。


 ところが、いつまでたっても、タイタニアの身体が圧壊することはなかった。


 アーディが、突如、驚きの色をあらわにして叫ぶ。


《おや? 手応えがおかしい……ずっと力入れているのに……ん? な、何だこれ? 指に何が巻き付いているんだ?》


 アーディ機の指に、何かキラキラと光るワイヤーのようなものが巻き付いていたのだ。


 機体の指に這い登り、隙間に潜り込むようにして、次々と極細のワイヤーが巻き付いてくる。


 非常に強靭なワイヤーで、アーディ機の指の動きを封じ込めているようだった。


《これは一体どこから……はっ、まさか……まさかこれは……》


 戦慄したように、アーディが声を上げる。


 クレーター面から無数の極細のワイヤーが伸び、みるみるうちにアーディ機の手首にがっちりと絡みつき、拘束していたのだ。


 ナノマシン外殻機動装甲の関節部に、ぴったりと食い込んでくるワイヤー群。


 アーディの機体も、先ほど過剰負荷をかけたため、機体性能が全般的に劣化している。


 ワイヤー群の強度が、どうやらアーディ機のナノマシン装甲より勝っていたようだ。


 ゆっくりとだが、バターをナイフで切るみたいに、ナノマシン装甲の表面に切れ込みが走る。


《……しまった、他のエリュシオーネか! どこだ、どこに――》


 アーディが周辺領域を熱源的及び電磁気的に索敵する。


 その時だった。


 巨大な水の塊が二つ、宙で螺旋を描き、ものすごい速さで突撃して来るではないか。


 いいや、水の塊などと生やさしいものではなかった。


 大きなアギトを開き、今にもアーディ機を飲み砕かんとする水の龍というのがふさわしい。


 全身から激しい勢いで水蒸気の奔流をジェットのごとく噴き放ち、水の龍が左右から飛びかかってきた。


 水の龍は、アーディ機の両方の肩から腕に牙を突き立て、噛みつき、空へ向かって飛翔しようとする。


《こ、こいつっ! こんなところで、こんなところで邪魔されて――》


 アーディ機が抵抗する間もなかった。


 二匹の水の龍のアギトが、アーディ機の両腕を食いちぎらんばかりに圧力を加える。


 アーディ機の手首に巻き付いたワイヤー群が、さらにきつく締め上げてきた。


 みるみるうちに装甲が削られ、手首の関節部が引き延ばされ――ついに切断される。


《うっ……ぐうぅ……ああああ――っ!》


 堪えかねたみたいに、アーディが絶叫した。


 ナノマシンを介して感覚を機体と共有しているが故に、手首を切断されたのと同等の激痛がアーディを襲ったのである。


 手首を切断された腕を振り回し、もがくアーディ機。


 二匹の水の龍が、のたうつアーディ機を空高く引き上げていった。


 漆黒の巨大な手に握られたまま、タイタニアの身体が地面に向けて落下してゆく。


 だが、地面に激突する直前で、ふわっと宙に静止した。


 無数に絡みつくワイヤー群が、支えているのである。


 そこに、神秘的な青い光を放つ妖精のような姿が飛来した。


 青く透き通った湖を連想させるような、美しく優雅なドレス型の装甲思念体に、非常に美少女的な顔。


 それは、ジュリアスだった。


「あぁ……そ、そんな……ティナお姉様……!」


 悲痛な面持ちで、喉をひくひくとさせるジュリアス。


 タイタニアの身体を握っている巨大な指に、パッと飛びつく。


 無我夢中といった様子で、ワイヤーを指の間に滑り込ませ、自分の手で抱え上げ、一本一本引きはがしていった。


 巨大な十本の指を全てこじ開けると、一糸まとわぬ裸身を余すところ無く鮮血に染めたタイタニアの姿が現われる。


 ジュリアスは、つんのめるようにして巨大な手の平の中に入り込み、押し開いた。


 そして、支えを失って崩れ落ちるタイタニアの身体を、正面から抱きとめる。


 長い四肢が、ジュリアスの身体に絡みつき、流れる血が青い装甲思念体を紅に染めていった。


 多くの血を失ったせいだろうか――肉付きの良い太股も、張り切れそうなほどに量感満点だった乳房も、肉体の至る所が瑞々しい張りを失っているみたいだった。


「お願い……どうか、どうか間に合って……どうか死なないで――」


 ジュリアスは、血にまみれることなど意に介さぬ様子で、意識を失ったタイタニアにそっと頬を寄せる。


 背中に映える六枚の長大な翼が、ジュリアスの感情に呼応するかのように、淡い青光を帯び始めた。



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