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三度目の正直




 王妃はソアラがサイファーとのやり直しを切望し、王宮に留まるものだと真剣に考えていたようだ。だが、結果そうはならず、ソアラは従者もなくリンドールに取り残されることになった。


 街歩きから帰ってきたソアラが消えたアーヴァイン子爵邸ではきっと大騒ぎになっているはずだ。


 王妃が「ソアラは無事です」なんて魔石通信をするとも思えないし。


 仕方ない、と彼女は王妃付きの侍女に頼んで魔石車を用意してもらうことにする。それで一旦、王都にあるヴェルフォードの街屋敷(タウンハウス)に戻り、そこから連絡を入れよう。


(王都からならランジェルド王都への魔石列車が走ってるし……まあ……七日かかるけど……)


 ていうか、そろそろ『転移魔法』を制限する時なのではないだろうか。


 今までは人一人を移動させるためには相当の魔力が必要で、おいそれと使えない、という理由で制限されてきてはいなかった。


 だが今回の様に国境を越えて使用されるようでは……考えものだ。


(魔法省に提案だけするかな……)


 移動魔法を使える人間は限られており、彼らの名は世界を網羅する魔法協会に記載されている。彼らは賢者として考えられている……かもしれないが、ソアラをあっちからこっちへと移動させたのはその賢者だ。


 王妃に頼まれた魔法学園の校長と、歴代最高の成績を収めたジェイド・ノワール。


(……どっちも戦争を起こしそうにはないけど……)


 やっぱり人徳頼みではダメだろう。


 そんなことを考えながら、ソアラは魔石車に乗り込みヴェルフォードの街屋敷を目指したのだが……なにも誘拐は転移魔法を使わなくたって可能だということを、この時のソアラはすっかり失念していた。







(またこのパターン……)


 乗った車が王都を越え、東に広がる森へと入っていくのソアラが気付いた時には遅かった。

 道が違います、と訴えた瞬間、振り返った運転手から霧状の物をかけられ、あっというまに気を失ってしまった。


 次に目が覚めた時には隙間風の入る掘立小屋に、両手を後ろで縛られて転がされていた。

 前回と違う点は木の床に直に寝かされているという点だ。


(ぬかったわ……王妃陛下くらいしか私の価値を認めてないと思ってたのに……)


 どうやらそうではないらしい。


 木の床をごつん、と踏む軽めの足音がしてソアラは首をもたげる。


 温かな日差しの差し込む扉の前に、腕を組んでドレスを着たクリスティンが立っていた。


(あ、こいつか……)


 妙に冷静に、冷めた頭脳が状況を把握する。

 彼女は木の床を踏みしめソアラの目の前に来ると、綺麗な赤色に染まった唇を醜く歪めた。


「提案なのですけど、レディ・ソアラ」

「お断りします」

「そう、これはあなたにとって……──はあ!?」


 かっと目を見張るクリスティンに、ソアラは飄々と言ってのけた。


「お、こ、と、わ、り。お断り」


 どこか遠い、東の国で流行ったらしいフレーズを使っていえば、クリスティンの唇どころか顎まで歪んだ。


「どうせ、王太子妃教育が苛烈過ぎて、思ってたんと違う、ってなったんでしょう? 本当……呆れかえるわ」


 ふん、と鼻で笑って見せればすっかり見透かされてしまったクリスティンの身体がぶるぶると震えるのがわかった。


 青ざめるのと怒りで赤くなるのとが混じり合って、青紫になっている彼女の顔色を見上げながら、ほんの少し可哀想だったかな、と考える。


 なにせ、このおめでたい令嬢はソアラが張り巡らせた罠に引っかかっただけなのだ。


(そう……真の悪役令嬢とは私のことよね)


 さんざん王妃にも言ったが、馬鹿王子を諫める機会は五歳から婚約者を務めた自分にもあった。


 ただ言い方が甘く、親身になってはいなかった。彼が変わると信じてもいなかったし。


 自分は早々に、サイファーを見限った。


(でも……それでよかったのよ。私の人生は私にしか舵取りできないんだから)


 ちやほやちやほやする人間と小言ばかりを言う人間とでは、絶対に前者の方がいいに決まっている。

 向上心がないのならなおのことだ。


 結果、学園に入学してからサイファーの矯正は無理だと悟り、距離を取る方向にした。


 この後の長い人生を、自分ではない存在を正しく導くために使うなんてまっぴらだ。


 無理な相手に心をすり減らす必要などない。


 そう思い切ったソアラが次に考えたのはどうやって婚約を破棄させるかだ。


 そこに浮上したのが……クリスティンだ。何かにつけてソアラに食ってかかり、ライバル視する相手。サイファー王子もまんざらではなさそうだし、あとはちょっと押してやれば簡単に食って掛かって来るだろうと信じていた。


(ようやく事態の重さに気付きましたとさ)


 だが遅いのだ。


 拳を握り締めるクリスティンにソアラがゆっくりと告げる。


「レディ・クリスティン。あなたは王太子妃になるべき存在です。未来の王妃であり、将来は国母かもしれない」


 ぎらり、とクリスティンの瞳に銀色の光が過る。それを見つめながら、ソアラが淡々と告げる。


「そのために必要な教育です。受けられないのならそれまで。あなたの座を狙う人は他にもたくさんいるわ」


 嫉妬、羨望、打算……自分の欲を叶えるために、王太子妃とどう付き合うか……それを試算する眼差しをいくつもいくつも受けてきた。


 あわよくば引きずりおろそうという魂胆も。


「せいぜい頑張って。サイファーがあなたを選び続けるのなら、あなたもそれに応えないと」


 ごくごく簡単な内容だ。


 だって……愛があるらしいから、二人には。どんな困難にも立ち向かえるだろう。


 だが、クリスティンは「王妃」という立場を愛していて、その立場に付随する責任は愛せないらしい。


 ソアラが見ている前で、クリスティンの表情がすん、と抜け落ちる。


 訝し気に見上げていると、彼女は至極冷徹な声でゆっくりと告げた。


「ええ。だから私は……王妃の座はあなたに譲ろうと思いますの」

「………………は?」


 ぽかんとする。


 そんなソアラを見下ろしながら、クリスティンは鼻に皺を寄せる。


「サイファー様はあなたと結婚する。あなたが王妃としてサイファー様をお助けするの。そして、彼の疲れた心を癒す愛人に私はなりますわ」


 うっとりした表情で告げる少女に、ソアラは開いた口が塞がらなかった。





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