恋にまつわる試練です
すぐさま自分の愛しい人を見つけた彼が、立ち尽くすソアラをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫か!? 痛いところはないか!? 君にかけた魔法のお陰で貞操の危機はないと知ってはいるが……」
そりゃそうだ。
あれで無事な人間がいたらお目にかかりたい。
「それまでの間に殴られたりとか……触られたりとか……」
言いながら怒りが募るようで、ソアラの身体のあちこちを服の上から触った結果、後ろ手に縛られているのを感じた瞬間、それが頂点に達したようだ。
「消し飛ばなかった下半身はどこだ? 細切れにしてやる」
「下半身はおろか、上半身もちゃんと残っております」
ソアラを抱き寄せたまま、器用に手首の戒めを解くジェイドにげんなりしてそう告げれば、彼は片眉を上げる。
「そうか。なら今からセットで灰も残らぬほど吹き飛ばそう」
「一国の王太子です、ジェイド様。できれば姿かたちは残しておいていただけると」
「いやだ」
ようやく両手が自由になった瞬間、もっときつく抱きしめられ、ソアラは二の句が継げなくなった。
かすかに彼の身体が震えているようで、触れた部分からジェイドがここ数時間抱えていたであろう不安が流れ込んでくるのがわかった。
どくん、と一つ、鼓動が飛び跳ね、そこからとことこと駆け出すように早く脈打つ。
(うわわ……)
誰かに心配してもらえるというのが、こんなにもくすぐったい気持ちになるものだとは知らなかった。
それに、耳を押し当てるジェイドの鼓動も同じくらいに早い。
彼から香る、甘く優しい、ほんのり苦いビターチョコレートのような匂いを胸いっぱいに吸い込んでいると、ひょいっと抱き上げられるのがわかった。
「……今回は、妻に免じて引き下がるが……今後もし、彼女に手を出すようなことがあったら……」
わかっているな、とジェイドが笑顔で念押しする。
その顔が『すさまじく』て、抱き上げられているソアラの身体にも震えが走る。
イケメンの笑顔の怒りは破壊力が違う。
一国の王太子が霞んでいる。
がくがくと首をふる二人を見下ろし、ジェイドは優雅に身を翻した。ふわり、と彼が着ている長衣の裾が翻り、その深紅がまるで王者のようだと、ソアラはぼんやり思った。
小屋の外にはジェイドが引き連れてきた魔法学園の後輩とリンドールの近衛騎士、それからスターゲイト公爵家の私設護衛までいて、ソアラが別の意味で震えた。
「寒い?」
すぐに気付いたジェイドが尋ねる。
「い、いいえ……ただ……」
近衛騎士が出てきたジェイドとソアラに申し訳なさそうに頭を下げると小屋の中に入っていく。
今後の騒動を考えないようにして、彼女はひたすらに彼を見上げた。
「今になってちょっと震えが……」
目の前で炸裂した攻撃魔法の白光は……非情だった。ほんとうに。うん。一ミリも人の持つ慈悲が無かった。
それがこのひと……ジェイド・ノワールの真実だ。
でも……どういうわけか恐怖の中にかすかに心が浮き立つようなドキドキが混じっている。
(ま……まさか本当に? これが……恋? 恐怖と恋って表裏一体なの?)
かあっと頬が熱くなるのは……どうしてなのか。
そんなことを考えて、目を白黒させていると、ジェイドが人の子らしくこほんと咳ばらいをして、嬉しそうに告げた。
「今日は一度君の実家に戻ろう。お義父上とお義母上にご挨拶がしたい」
「ええ……………………ええ!?」
一度頷きかけ、内容に顔を上げる。
そこにはにこにこと屈託なく笑うジェイドが……。
「ま……まってください、挨拶? 挨拶ですか?」
「ああ。ちゃんと君を貰う手続きをしてこなかったからね。ヴェルフォード公爵にきちんと申し出をして許可をもらって初夜にしよう」
「まてまてまてまて……展開が早い。ていうか、なにかさらっとトンデモナイことをいいましたわね!?」
「きちんと許可をもらうことの何がとんでもないのかな?」
「その後!」
真っ赤になって告げれば、数度目を瞬いたジェイドが、並の女性なら魂を抜かれそうな非の打ちどころのない笑顔を見せた。
「君だって、自分に迫る男が全員、上半身を失くすのは忍びないだろう?」
忍びないどころか大問題だ。
唖然とするソアラは、恐る恐るジェイドに尋ねた。
「もしかして……結婚しないと出られないってうのは物理的に出られないのではなく……」
他の男と接触するようなことがあったら、そのすべてを破壊するからろそういう……?
蒼白になりながらも、ソアラはぎゅっとジェイドの衣装の襟元を掴んで彼を見上げる。
「このオカシナ制約魔法を解除する方法は?」
その彼女の耳元に、そっと唇を寄せた彼が甘い声で囁く。
その内容に、ソアラは眩暈がした。
自分はまだ生娘で、はっきり言って色恋が何なのかよくわかっていない。
現状、ジェイドに抱いたのはほんの少しのときめきと不安と……何故かそこに混じる安堵のみだ。
そんな自分に……ジェイドが語った内容は……。
「………………私、いつまでこの厄介な魔法を背負っていくのでしょうか」
げっそりして告げるソアラの頬に、ジェイドは笑顔で口付ける。途端、真っ赤になって頬に手を当てるソアラに、彼は恐ろしいほどの笑顔を見せた。
「心配いらない。その気になるまで俺が口説き倒すだけだからね」
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