33・1ゲームと現実
シンシアは腕組みをして難しい顔で、自分が書いたゲーム進行表を睨んでいる。正直、ご令嬢感がまったくない。それぐらい真剣に考えてくれているのかと、申し訳なくも嬉しい。
最近私たち二人のお気に入り喫茶店。長居をするせいなのか、近頃は隅の人目につかない離れた席に案内される。
おかげで秘密の話をしやすくなった。
ふう、と息をついてお茶を飲んだシンシアはやれやれというように、首を横に振った。
「やっぱり分からないわ。あなたが彼女にワインをかけるエピソードはここだけど」と進行表を指差す。「あなたが謹慎になる展開なんてないもの」
彼女は兄や従者兼護衛たちから話を根掘り葉掘り聞き出し、主人公とクラウスの間に一切の進展がない、と予測している。
ルクレツィアも私も悪役令嬢になりたくないから、意地悪をしていない。起こっているのは、ゲーム補正なのか私が悪役令嬢に見えてしまう偶然の出来事だけ。
中途半端すぎて、この先どのエンドになるのか予測がつかないとシンシアは言う。
普通に考えればルクレツィアと私が刺し違えることなんておきない。だけど蝶の間の出来事のように、悪意ある第三者に嵌められてゲーム通りの行動になってしまう可能性もある。
そして可能性という点ならば、これからクラウスが主人公を好きになる可能性だってあるわけだ。
「何を用心したらいいのか、予想出来ないわ」困り顔のシンシア。
「ありがとう。大丈夫、自分でなんとかするわ」
「私が困るのよ。せっかく出来たお友達だもの。ずっと仲良くしたいわ」
頬を染めてはにかむ彼女はとてもかわいい。
「私だってずっとお友達でいたいわ」
それは本当。シンシアともルクレツィアともずっと友達でいたい。だけど近頃考えている。まだ誰にも打ち明けていない。ルクレツィアに話したらきっとショックを受けるだろう。
少しの間だけ逡巡してから、口にした。
「実は家を出ることも視野に入れているの」
「家を出る?」首をかしげるシンシア。「都から離れるの?」
「いいえ。庶民になるの」
シンシアの手からクッキーが落ちる。
「……どうやって?」
「上手くいくかは分からないけど、このまま悪役令嬢の振る舞いが続けば立場が悪くなるでしょう? 意地悪の責任をとって庶民に下る、と宣言しようと思うの」
「でも、がんばって回避すれば……」
「私、結婚もしたくないのよ。結婚、悪役令嬢の末路、両方から逃げるのにはこれが一番良いんじゃないかしら。幸い前世は庶民だから、やっていけるわ。もう主婦友もたくさんいるし。パン屋に弟子入りさせてもらう予定で、作る練習も始めたの」
こっそりリヒターの目を盗んでパン屋の店主に尋ねたら、いつでも来いと言ってくれた。弟子は常に何人か抱えてるから、一人増えたって問題ないって。
「本気なの?」
「ええ」
「好きな人が庶民だから?」
「違うわ」
リヒターと今以上の関係になれはしない。それに彼はお人好しだけど、私との関係は割りのいい仕事だと考えている。庶民になってお金がなくなった私に手のひらを返すことはないだろうけど、距離は遠退くだろう。
「……クラウスルートでなければ、あの人に助けを求められるのに」
「やめて! ますます泥沼になりそう」
笑うとシンシアも笑った。
「彼にもラルフたちにも悪気はないのよ。あなたの謹慎には本当にショックを受けていて、かわいそうなくらい落ち込んでいるの」
「ラルフは堅物だものね」
「クラウスもよ。クリズウィッドが大荒れしてるって」
「そうなの?」
「王子の婚約者を嵌めるなんて、もっと裏があるはずだって憤慨しているようよ。クラウスとラルフたちの密談を盗み聞きしちゃった」肩をすくめるシンシア。「あなたの一大事だと思ったからね!」
彼女は大きなため息をつくと、進行表をまた指差した。
「多分、次は時期的にこれが来ると思うの」
それは、『怪文書事件』とある。
以前、シンシアにこれは何かと尋ねた。
ヒロインや悪役令嬢たちに直接の関係はないらしい。
とある人物を告発する内容の怪文書が、王宮や町で撒かれるそうだ。この事件から、ゲームの雰囲気が暗くなっていくという。
「内容を教えてもらえるの?」
以前の時、彼女はゲーム進展を見てから話すと言って教えてくれなかったのだ。
シンシアはため息をついた。
「触れなくて済むならそうしたかったのよ」




