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32・2守ってくれる?

「という訳でね、一ヶ月は王宮に行かなくていいんだ」

 私の話を聞き終わったリヒターは、なぜか深いため息をついた。


 ルクレツィアは毎週月曜日に遊びに来てくれることになっている。ユリウスと父からの許可をもらった。クラウディアも可。

 クリズウィッドは。一応私は王宮侍従長からの罰を受けている身なので、婚約者に会うことは控えることになった。……というか、そういうことにしてもらった。父にお願いをして。


 だって王宮では王子と公爵を手玉にとってる悪女って言われているらしいんだもの。もちろん事実を知っている人たちもいるけど、私の人付き合いの狭さが仇となって、信じてしまっている人たちもいるという。

 きちんと謹慎している体をとらなければ、本当に悪役令嬢としてのエンドがやってきそうな気がする。


「お前なあ。嵌められたんだろ? 怒れよ」

 呆れ声のリヒター。

「うーん。でも王宮に行かなくていいのは都合がいいからなあ」

「王子が泣くぞ」

「……それはおいおい考える」

 リヒターは黙って私の肩を小突いた。


「まあそれに公爵に会わなくて済むのも、いいよね。彼の取り巻きたちから、敵認定されちゃっているみたいだから。このひと月であの人は私に全く興味がないってわかってほしいよ」

 あと主人公ね。私は恋路を邪魔する気は毛頭ない!

「私はあの人には関わりたくないのにさ。強く強くそう思っているのに!」

「……そんなに嫌な奴なのか?」

「違うよ。良い人だよ。でもさ、前に話したよね。占いだと私とルクレツィアを破滅に追い込む人なんだ」

 ふうん、とリヒター。

「もうだいぶまずい状況になっている気がする」


 と。前から顔見知りの主婦さんが来る。挨拶をしてすれ違う。リヒターも会釈をする。

 この前の近衛事件の時にバリケードになってくれた人の一人だ。

 すっかりあの主婦さんたちとは仲良くなって、ときには立ち話もする。

 リヒターには、公爵令嬢のくせに馴染みすぎだろうと、ひかれているけど結構意気投合しているのだ。


「あのね、リヒター。真面目な話」

 足を止めて見えない顔を見上げる。

「なんだよ」とリヒター。

「この先、もっと笑えない状況になるかもしれない。咎められ、罰せられることになるかもしれない。でも信じてね。私は意地悪なんてしない。誰も陥れない。お願いだから、そんな娘だと思わないでね」


 それは切実な願いだ。もしゲーム通りの悪役令嬢エンドになってしまったら。自分の末路よりもリヒターに、私がそんな人間だと誤解されることのほうが辛い。


「アホか。思うわけねえだろ。こんなポンコツ娘」

「へへっ」

 嬉しい。

 大好き、と心の中だけで伝える。


 二人でパン屋に入る。

 あの事件から、そうしてもらっている。最初は嫌そうな顔をしていた店主も、リヒターが主婦たちと普通に挨拶をしているのを見て態度が和らいだ。

 なんだか普通の夫婦のお買い物みたい。

 そんな妄想をしちゃったりして、こっそり楽しんでいる。


 やっぱり、結婚したくない。

 ずっとこんな日が続けばいいのに。


 店主といつものやり取りをして、友達の主婦さんたちとちょっと話して店を出ると。

「お前は庶民に馴染んでんよな」

 とぽそりと言われた。

「令嬢向きじゃないの」

「なんかあっても、この辺の奴らはお前の味方だ。心配すんな」

 見えないリヒターの顔を見る。

「ありがとう。すごく嬉しい」

「どのみち」リヒターの手が私の頭を乱暴に撫でた。「王子様がちゃんと守ってくれるって」

「……うん」ちょっと複雑な気分。「リヒターも守ってくれる? 料金弾むよ!」


 いつもの調子で。本音が出ないように、明るく言う。

「当たり前だろ。お前はいい金づるだかんな」

「へへっ」


 さらりと帰ってきた返答。どんな理由でも、当たり前という言葉が嬉しくて。

 ふと地面に伸びる二人の影に気づいて、そっと影の手を重ねた。


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