32・1悪化…?
私の王宮出入り禁止は若干の問題を惹き起こした。困惑や激怒など各人各様の感情が入り乱れたようだ。そんな約束を守る必要はないと皆言った。
けれど、宰相の娘だからとか、王子の婚約者だから罰を免れた、なんて陰口を言われたくない。そう説明して私はおとなしく『約束事』に従った。
だいたい主人公と距離をおけることは、悪役令嬢になりたくない私にはラッキーなことだ。私は彼女に嫌われてしまったようだもの。
また最近いまいち考えがわからないクリズウィッドから離れられることも、ちょうど良い。冷静に考える時間が持てる。正直なところ、私の心の平穏を保つには必要な時間だ。
だからのんびり謹慎生活を送ろうと、喜んでいた。
……いたのに!
なんでこの人はここにいるのだろう。
私のうち、ラムゼトゥール邸に堂々とやってきて、応接間に普通の客のように座っているクラウスを見て、隠すことなくため息をついた。
父一派と反目しあっているんじゃないの?
ユリウスや父から何かされると考えているから、元修道騎士の護衛をつけているんじゃないの?
よくしれっとうちに来れたわね!
それに言ったよね!
あなたと関わりたくないって。
取り巻きたちの争いに巻き込まれたくないって。すでにおかしな嫉妬だか怒りだかを買ってこんな目に遇っているのに、どうしてうちに来るのよ!
そんな思い全てを込めたため息に、クラウスはなぜか笑みを浮かべた。
開け放したままの扉の向こうがざわつく。小間使いたちが見物しているのだ。
そりゃ見に来ちゃうよね。絶対に訪れることがないと思っていた噂のイケメン公爵が美しい御嬢様(私のことね)と向かいあって座っているのだもの。
きっとこの出来事は、小間使い界に瞬く間に広がってしまうのだわ。
もしかしたら、使用人たちが行くという居酒屋で、今夜の肴になるかもしれない。
ああ、げっそり!
「言いたいことはわかる」とクラウスが言った。「お前が来たら余計にややこしくなる、と腹をたてているのだろう?」
分かっているんじゃない!
「それなら何故来るの。意地悪かしら?」
まさか、とクラウス。
「宰相殿に、詫びに来たついでだ」
クラウスは『宰相殿』を強調した。外の小間使いたちに聞かせるためかもしれない。
確かに先ほどまでは父と話していたらしい。けど、ついでって。ついでの訪問なんていらない。いや、ついででなくても、いらない。
扉の外には小間使いたちが山といるけど、この部屋には私と執事、クラウスとブルーノしかいないのだ。どう考えたって歓迎できないよね。
クラウスが、卓上に手紙をのせた。
ユリウスとの署名がある。フルネームではないし、封蝋に紋章もないから非公式のものだろう。それでもつい。
「なぜ!?」
と、素で叫んでしまった。
手紙を読むと、あのご婦人がしたことを詫びる内容だった。なぜクラウスの取り巻きがしたことを、国王であるユリウスが謝るのかな?
目前のチャラい女好き設定の奴を見ると、真顔で
「彼女は彼の何番目かの愛妾だ」
と言った。それはつまり……。
「……引くわ」
「一応弁明するが、彼女が勝手に私の周りをうろついていただけだ。彼がその方が助かるというから、放置していた」
「……」
その真偽はともかく。彼女は国王の後ろ楯があると思っていたから、あんな自信満々に意地悪をしてきたということか。
だけど。
手紙に目を落とす。
この事件の落とし前をつけさせるために、彼女は修道院に送った二度と戻ることはない、と書かれていた。
それは、したことに対して罰が重すぎるのではないだろうか。
「彼女は気に入られていると思いこんでいたようだがな、彼は縁を切りたくて機会を伺っていた。ちょうど良い塩梅で事件が起きてくれたわけだ」と表情のない顔でクラウスが言う。
複雑な事情でもあるのかな。国王、それも暴君よりの国王なのだから、縁を切るぜ、と宣言すればいいだけに思えてしまう。
あまり深く尋ねないほうが得策なのか。だけど問題をはっきりさせないとまずい。
「この件は王宮でどう思われているのかしら」
「……申し訳ない」
「……なるほど」
私にとってマイナスということか。
若き美しい公爵に想いを寄せる、庶民出身の可憐な美少女。そんな彼女に、父親の威を借りて意地悪をする私。
正義感溢れる国王の寵妃が私を注意するが、父親の権力を使った私に修道院に追いやられてしまう。
「……といったところかしら?」
乙女ゲームでありそうな展開を話してみると、クラウスは済まなそうな顔をしてうなずいた。
もう完全に悪役令嬢ルートに乗っかっているじゃないか!
どうしてくれるんだ!
きっ、と攻略対象その二を睨む。
「あのラルフが取り乱していてな。『死んでお詫びを』なんて言い出すものだから、皆で宥めている」
死んでお詫び!?
「そんなことをされたら、私は立ち直れないわ! ラルフのせいじゃないもの!」
「だとしても、どのみちあなたと二人きりで行動したのは良くなかった。決してしないよう注意はしていたのだがな」
「それなら侍女を下がらせたのは私だし、彼は悪くないわ」
彼はため息をついた。
「気取りのないところがあなたの……良い所だが、軽率すぎる。クリズウィッドがあなたが男と二人きりになるのを嫌がっていることぐらい、痛感しているだろう」
本当にそうだ。ブルーノと部屋で二人きりの状況をあれだけクリズウィッドが怒ったのだ。たとえ密室でなくてもやめておくべきだった。
ラルフと二人きりだったからあんな事件が起きた訳ではないけれど、クリズウィッドは狭量のようだから、怒りをラルフに向けるかもしれない。
「ごめんなさい」
「私に謝る必要はない。それは心配性の婚約者に言ってやってくれ」
微妙にクラウスの受け取り方がちがう気がするけれど、無言でうなずいた。彼はいつも親友を立てる。
「シンシアがお茶をしに行きたいと言っている。付き合ってくれるか」
「もちろんよ。ありがとうと彼女に伝えてね」
今日イチで素敵な話題だ。自然と顔がほころぶ。
巻き込まれることを恐れずに、悪役令嬢ルートを邁進する私に会いたいと望んでくれるなんて。
「シンシアは良いお友達だわ」
「……伝えておく」
そうしてクラウスは、ユリウスからの手紙を回収して帰って行った。きっと公にしたくない内容だからだ。
そしてそれをユリウスは父ではなくクラウスに託したわけだ。
それにしても。
出したお茶もお菓子も手がつけられていなかった。
毒殺されることでも案じているのかな。




