30・2プレゼント
リヒターが少しなら時間が取れると言うので、帰りにジュールへの就職祝いを買うことにした。
左官屋で働く彼に、何をプレゼントすればいいのだろう。
読み書きができることを買われたようだから、ペンとインクがいいのか。
無難にタオルとか帽子とかマフラーとか、左官仕事で使いそうなものがいいのか。
それとも靴もいいかも、でもサイズを聞かなかった。とか。
あれこれ悩みながら商店街を歩き回る。
と。
「そういや誕生日はいつなんだよ」
リヒターが商品のマフラーを見ながら言った。その横顔を見上げる。
「覚えてくれていたの?」
その話をしたのはひとつきほど前だ。これだけで嬉しい。
「あさってなの」
明後日は屋敷で私が主役の夜会だ。
本当は好きではないけど年に一度の親孝行の日だから、毎年我慢して公爵令嬢らしくしている。
私が楽しみにしているのは、ルクレツィアが開いてくれる個人的なパーティーだ。参加はルクレツィア、クラウディア、クリズウィッドのみ。
今年はちょっと胃が痛いような気もするけど、楽しみなことは変わらない。
リヒターは、ふうんと言ってそれで話は終わった。
おめでとうぐらい言ってほしかったけど。覚えていてくれたのだから、充分だ。
ジュールにはペンとインクと帽子を買った。少額しか持っていなかったので、手持ちのお金は使いきってしまった。リヒターには買いすぎじゃねえかと呆れられたけど、ひとつに決められなかったのだから仕方ない。
私はもう渡せる機会がないので、リヒターに託した。二、三日中に孤児院に行ってくれるという。さすがお人好し。
「遅くなっちゃった。時間は大丈夫?」
リヒターはそれなりに忙しいようで、いつでも寄り道できるわけじゃない。今日は急遽買い物をすることになったから、もしかしたら無理をしているかもしれない。
まあな、とうなずいたリヒターは。続けて
「なんか欲しいもんはあるか?」と言った。
足を止めて見えない顔を見上げる。
『欲しいもの』? それは、もしかして。
「誕生日なんだろ?」
「……いいの?」
「高えもんはムリだぞ」
どうしよう。嬉しくて泣きそう。でも泣いたらまた言われてしまう。懸命に笑顔を作る。
「戻ってもいい? さっき気になるのがあったんだ」
◇◇
私が選んだのは刺繍が美しい小さな巾着だ。リヒターの言う『高い』がどの程度なのかがわからないけど、私がこれ、と手にとると、彼は何も言わずにそれを買ってくれた。
前からロザリオを入れる巾着がほしいと思っていたのだ。さっそく入れると、見ていたリヒターは、
「ロザリオに対して袋が貧相すぎねえか」
と文句をつけた。
そんなことないよ、と口で言って。
ロザリオよりも巾着のほうが余程宝物だよ、というセリフは心の中だけに留めた。
別れ際、私の大好きな人は
「おめでとさん」
と優しい声で言ってくれた。




