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29・4 突然の告白

 シンシアは思いの外すんなりとみんなに馴染んだ。クラウディアが普段通りの快活さであれこれ話しかけて、すっかり彼女の緊張を解いてしまったのだ。

 その様子に安心した彼女は、クラウスを引っ張って小池のボートに乗ってくると去って行った。


「嵐のような人ね」

 と目をぱちくりするシンシア。

「とってもいい人よ」

 と私は力説した。


 残った六人でとりとめもない話をする。


 ジョナサンには予めシンシアが引きこもった理由を打ち明けて、くれぐれも発言に気をつけてくれと釘を差した。そのせいなのか、普段よりかは残念な思い込み勘違い発言も少ない。

 クリズウィッドとウェルナーとも無難に会話をしている。

 やればできるじゃん!

 数ヶ月前より、ずいぶん好感度があがったよ!


 あとは隣のツンしかないルクレツィアの本心に気づいてくれたら、完璧なんだけどな。こればかりは、ルクレツィアの努力が足りないから、仕方ない。


 暫くしてクラウディアたちがボートから帰ってくると、入れ替わるようにクリズウィッドが立ち上がって、私をボートに誘った。笑顔で私も立ち上がる。

 クリズウィッドに差し出された手にも、一瞬の躊躇のあと、ちゃんと手を乗せた。

 余計なことは考えず、婚約者らしい態度で、と心の中で何度も何度も繰り返した。




 リヒターに報告をした。仮病をやめて、ちゃんとクリズウィッドに会ったと。ついでに寝不足で踊ってうっかり倒れてしまったことも。


 てっきり、なにやってんだと笑い飛ばしてくれると思っていた。

 ところが、怒られた。

 王子のことを考えてやれとは確かに言ったけど、だからといって無理すんじゃねえ、と。結構な剣幕だった。


 そんな器用なことはできない。クリズウィッドから逃げないためには、自分を偽る必要がある。どうしたって、自然の私では無理だ。だってリヒターが好きなんだもの。


 最後のところだけ抜かして、そう答えるとリヒターは頭を抱えた。もうちょい気軽に構えろよ、と。

 それから頭を撫でて、だけどよくがんばったなと褒めてくれた。


 だから。私は今日もがんばるよ。本当は逃げだしたいけど。ちゃんと婚約者らしく振る舞うよ。

 いつか逃げ出すとしても、それまではみんなを不安にさせたり心配させたりしないようにする。そう決めた。




 ◇◇



 ボートを漕ぐクリズウィッドは心なしか嬉しそうに見えた。

「君のおかげでようやくクラウスの妹に会えたよ」

 なるほど。彼も会ってみたかったらしい。

「なかなか可愛らしい娘だね。君とルクレツィアの良い友人になりそうだ」

 もちろん、と大きくうなずく。

「他の社交界の方々に会うのは、まだだいぶ恐ろしく思っているようなの」

「そうか。ゆっくり慣れてくれるといいな。あんな嬉しそうなクラウスは初めて見た」


 確かにクラウディアと会話が弾むシンシアを見るクラウスは、珍しくそんな表情をしていた。だけど初めて、ということはないんじゃないかな、と首を捻った。

 それから私は、きっとウェルナーも含め四人で食事したときに嬉しそうな顔を見たのだろう、と思い当たった。


「良い兄なのね」

 クリズウィッドはうなずいた。

 そして彼も、友人の笑顔に喜ぶ良い人なのだ。


 以前の私は、彼となら結婚しても良い、穏やかな生活を送れるだろうと思っていたじゃないか。

 そう考えて胸が痛む。

 気軽に構える、っていうのは、どうやればいいのだろう……。


「実は、君に謝らないといけないことがある」

 先ほどの表情から一転、真剣な顔をしたクリズウィッドは楷を漕ぐ手も止めて真っ直ぐに私を見ている。

 居ずまいを正して何でしょうと尋ねる。


「思う女性がいるんだ」


 婚約者の思わぬ告白に目を見張った。


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