29・1不穏な兆し
舞踏会で気分を悪くし、挙げ句に気を失ってしまった私は、そのまま王宮に泊まった。目覚めたのは翌日のお昼で、スッキリとした目覚めに気分が良かったのは最初だけ。
周りの人たちがどれほど心配していたかに気づいて、申し訳なさと不甲斐なさに悶死しそうなぐらいだった。もちろん平身低頭で謝りまくった。
更に私を打ちのめした事実を、世話してくれた侍女から聞いたときは、目覚めたばかりにも関わらずに気が遠くなりかけた。
広間から私を運んだのはクラウスだったという。
あの人に悪気はないだろう。友人の婚約者をなんとかしなければという気遣いだけで精一杯だったに違いない。
だけど! ますます悪役令嬢に近づいてしまったかもしれないじゃないか。広間にはジュディットもいた。彼女の前で(もちろん他のご令嬢の前でも)、私に関わらないでほしい。
ルクレツィアもそれを心配してくれている。
あの後の広間は、クラウスが私を抱き抱えて連れ出したと、大いに話題になっていたそうだ。そこに『具合が悪くて』とか『医者にみせるため』とかいう類いの説明は一切なかったという。
ウェルナーと踊っていて何も知らなかったルクレツィアは、それを耳にして卒倒するかと思ったという。
ということは、主人公だって勘違いをしている可能性がある。再び血の気が引いたけど、ルクレツィアはクラウディアに、然り気無さを装って真実を言い触らすよう頼んでくれたという。
持つべきものはルクレツィアとクラウディアだ!
どうか主人公(や他のご令嬢たち)が間違った思い込みで、私をライバル認定しませんように!
ところで。今回の舞踏会が、本来なら私たちが悪役令嬢として主人公に最初の一撃を与えるはずの舞踏会だったのではないか、とルクレツィアは言った。
ゲームでクラウスルートの場合、主人公は彼に声をかけられる。
前回のドレスは申し訳ないことをしたけれど、今回は連れに気を付けるよう釘を刺してあるから安心して舞踏会を楽しむといい、といったことをだ。
主人公の返答がどんなものでも、次に私たちが二人で現れて、庶民出が調子にのんなよ的な意地悪を言う。
で、実際。
クラウスは舞踏会が始まった直後、ジュディットに話しかけられたようだ。長引く話に彼は、クリズウィッド殿下に呼ばれているから失礼するが、君は舞踏会を楽しむといい、と答えて去ったらしい。
この話がすっかりご令嬢や侍女の間で広まっているそうだ。嘲りを含ませて。シャノンが耳にしたという。
多少の差違はあるけれど、『舞踏会を楽しんで』という発言は同じだ。
それからルクレツィアは顔を赤らめて、
「私、主人公に意地悪を言いに行きたい気分になったの。もちろん思い止まったけれど、これってゲームの通りでしょう?」と言った。
彼女が意地悪を言いたい?
聞き間違いかな?
びっくりして言葉に詰まっていると、
「ジョナサンが彼女の取り巻きにいたの」
とルクレツィアは泣きそうな顔になった。
そうか、あれを見たのか、と胸が痛む。
空々しい気休めを言うべきか迷い、結局、
「何か対策を考えましょう」
としか言うことができなかった。




