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28・3謝罪とダンス

 今夜もクリズウィッドがエスコートをしてくれると言うので、サロンにシャノンと残った。


 彼が来たらまず、風邪で心配をかけたことを謝ろう。それからにこりと笑ってエスコートをよろしくと頼もう。婚約する前のように自然に会話をして、一曲踊って、楽しい顔をしよう。


 非は全部私にある。

 クリズウィッドは何も悪くない。

 リヒターが言っていたじゃないか。王子が可哀想だ、と。そのとおりだ。


「アンヌローザ様」

 シャノンの声に目を開ける。

 いつの間にか強く瞑っていたようだ。

「クリズウィッド殿下がいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか」

「もちろんよ」

 どうやら彼女に気を遣わせてしまった。

 まばたきを繰り返す。筋肉がほぐれて優しい顔ができるように。


「アンヌローザ!」

 クリズウィッドは室内に入ると、大股でやって来た。

「風邪は?」

「もうすっかり良くなったわ。ご心配をおかけしてごめんなさい」

「構わない、そんなことは」

 と、彼は長椅子に座る私の前に膝まづいた。

「まあ、何を!」

 慌てる私の両手を彼が包み込む。

「すまなかった」

 苦し気な表情をしたクリズウィッドの言葉に首をかしげる。

「なんのこと?」

「腹を立てたことだ。君がブルーノと二人きりで部屋にいたことに」

 思わぬ言葉に体が固くなる。

「私の態度こそ、礼儀を弁えたものではなかった」

「いいえ、あれは私が軽率でした」

「勿論、否定するつもりはない。二度としてほしくない。だが君と同じくらい、私も軽率だった。不寛容で無礼だった私を許してほしい」


 真摯な目が真っ直ぐに私を見ている。

 そのことに、また胸の奥が痛む。この人が元来優しい気質であることは知っている。それなのに私は少しばかり嫌なことがあると、ついついリヒターと比べてしまっている。


「わかりました。お互いに軽率でした」

「許してくれるか」

 はい、とはっきりと答えると、クリズウィッドはようやく笑顔を見せた。

「よかった。もう君は王宮に来てくれないのではないかと思っていた」

 そう言って私の手をとり、指先にキスをした。思い違いではなく確実に、いつもより強く、長かった。



 ◇◇



 舞踏会は普段通りのものだった。美貌の新当主が現れるとか、庶民出身の令嬢がやって来る、という目玉もない。私たちはいつもの席でいつものようにお喋りに興じていた。


 久しぶりにクラウスを見て、そういえばこの人もクリズウィッドに詰られて、嫌な思いをしたのではないか、と思い出した。

 従兄弟同士であるし、普段はお互い対等に言いたいことを言い合っているようだけれど、時々クリズウィッドは理不尽な発言をするし、クラウスはそれを甘受する。


 クリズウィッドが私に謝罪をしてくれるのなら、彼とブルーノにも謝罪をしてほしい。それとももう済んでいるのだろうか。二人は仲良く話している。

 クリズウィッドに尋ねるのは憚れるし、クラウスは話しかけたくない。ブルーノにこっそり聞けたらいいけれど、それはしばらく止めるべきだろう。


 ウェルナーが両手にグラスを持って戻ってきた。先ほどルクレツィアが二杯目を頼み、ついでに私もお願いをした。クラウディアはとうにここを離れ、今はどちらかの青年と楽しそうに踊っている。


 ウェルナーはグラスをひとつクリズウィッドに渡した。クリズウィットがありがとうと言う。ウェルナーはいつもの柔和な笑みを浮かべてうなずく。それから残った一つをルクレツィアにどうぞと渡した。


 おや、と思う間もなく、クリズウィッドが受け取ったばかりのグラスを私に差し出した。

 まばたきを一つしてから受けとる。なんなんだこれは。一応クリズウィッドに礼を言ってから、ウェルナーにもありがとうと言う。


「お気遣いありがとう。だけどそんなに気を回さなくて大丈夫よ」とウェルナーに言う。

 私も彼の素敵な声で『どうぞ』と言われたいしね。

「……ですが婚約者から受けとるものでしょう?」とウェルナー。

 そうなのかな? 取って来たのが別の人でも?

 婚約をしている親しい友達なんていないから、これが当然のことなのかがわからない。でも姉たちは夫以外からも受け取っている気がする。

 帰ったら母にマナーを確認しよう。


 それにしても、当然、となってしまうと私はウェルナーから『どうぞ』と言ってもらう機会がない。

 他にどんなシチュエーションなら、言ってもらえるだろう。

 道を譲ってもらうとき? ってどこの道を?

 椅子を引いてもらう時? は、大抵クリズウィッドがいるはずだ。

 お菓子を勧めてもらう、なんてことも一度もなかったし、ダメだ、思い浮かばない。


 もっとウェルナーの声を堪能するにはどうしたらいいのだろう。なおかつクリズウィットへの配慮を怠ってはならない。難しいな。これはルクレツィアに相談してもいい案件だろうか。


「アンヌローザ?」

 ルクレツィアの声にはっとする。つい考えこんでしまった。


「体調が優れないのか?」とクリズウィッド。

 いいえと答えると、久しぶりに踊らないかと誘われた。

 そうだ。私もそのつもりで来たのだった。喜んでと答えて飲みかけのグラスをそばの卓に置き、手を差し出した。

 クリズウィッドにその手をとられてフロアに連れ出される。


 きっとリヒターにお貴族様は優雅だと言われるなと考えて、急いでその考えを自分の奥に押し込める。今日は彼のことは考えないと決めてきたのだから。


 踊っていたらジュディットが目に入った。相変わらず髪をおろしている。ダンスフロアと社交フロアの境にいるから、どうしたって視界に入る。彼女の周りには数人の青年がいて、その中にはジョナサンとルパートがいた。


 考えていなかった可能性に気づいて血の気が引く。ジュディットがクラウスルートに入ったからといって、ジョナサンが彼女を好きにならないなんて保証はどこにもなかった!

 ジュディットは主人公だ。男性から見て魅力的な女の子に設定されている。容姿も性格も。可愛い娘が大好きなジョナサンにとって、彼女はどストライクではないだろうか。


 ふらりと足元がぐらつく。


 昨日はほとんど眠れなかった。

 ひどいクマは、シャノンの凄技メイクで隠してある。揺れる炎の灯りしかないこの世界だから、十分周りの目をごまかせた。


「大丈夫か!?」焦るクリズウィッドの声。「すまなかった! 休もう」

 彼に優しく導かれて、先ほどまでいた長椅子に戻る。誰もいない。

「ひとりで平気か?」

 ええと笑顔で答えるとクリズウィッドは、飲み物を取ってくる、と足早に離れた。




 動いたせいなのか、寝不足を意識したせいか、急激に不調が襲ってきた。

 気持ち悪い。頭も痛い。世界が回っている。吐きそうだ。







「どうした!? 具合が悪いのか!?」

 声が聞こえるけれど、答えられない。

「クリズウィッドは? どこにいる?」

 ああ、香水の匂いがすごい。気持ち悪い。



 ……この声は、誰だっけ?





 リヒター。

 私、がんばったよ。

 がんばったけど、失敗しちゃった……


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