28・1良心の呵責
リヒターに叱られたので、仕方なく自分に鞭打って、ルクレツィアに元気になった旨の手紙を送った。返事はすぐに来た。私の回復をとても喜んでいて、彼女まで騙していたことに良心が疼いた。
折よく元から参加予定の舞踏会があったので、早めに王宮に上がってルクレツィアと会うことになった。
通されたのは西翼の小さなサロンで、入るとルクレツィアは、立ち上がってやって来て、私を抱き締めた。
「ああ、アンヌローザ! よく来てくれたわ!」
熱烈な歓迎に驚く。
「ごめんなさい。だいぶ心配をさせてしまったようね」
「ええ、ええ、いいの! あなたが顔を見せてくれれば!」彼女は私の手を握りしめた。「大事な親友に会えなくて淋しかったわ! 来てくれて、本当にありがとう」
良心がキリキリと痛む。ごめんなさいと言うのが精一杯だ。
「謝らないで! 美味しいお菓子でも食べましょう。とびきりのものを用意したのよ」
彼女の言葉通りに、卓上には隙間がないほど様々な菓子やケーキが並んでいた。かろうじて二人分のティーカップが置けるぐらいだ。
「私の好きなものばかり」
「お兄さまが張り切ったのよ。あなたが来るなら好きなものを山程用意してやってくれって。さ、座りましょう」
……クリズウィッドだって優しい人なのだ。会ったらちゃんとにっこり笑って婚約者らしくしないと、私は自分が嫌いになる。
それにリヒターに叱られたんだ。がんばらなきゃ。
ルクレツィアととるに足りない話を楽しくしてしばらく経つと、シャノンが下がり二人きりになった。
ということは、ゲーム関係の話かもしれない。
主人公が現れたのが二週間前の今日。彼女には近づかない・関わらない方針だから、どんな状況かはわからない。ただ家族の会話から、毎日ゴトレーシュ伯爵とサロンに来ているらしい。そして誰から見ても主人公はクラウスに恋しているそうだ。
ルクレツィアは
「ジュディットのことは聞いている?」と尋ねた。
「サロンに日参しているそうね」
「ええ。伯爵は、攻略対象全員に彼女を紹介したようよ。すっかり噂になっているわ。だけどクラウスルートで確定ね」
「ジョナサンでなくて良かったわ」
「あんな人を好きになる物好きはいないわ」
ルクレツィアは頬を赤らめた。
「あら、でも彼の第八師団は評判が良いと聞いたわよ」
「それは副隊長のおかげでしょう。いいのよ、彼がバカな人には変わりないもの」
ルクレツィアはちゃんとジョナサンの隊の状況を知っていたんだ、と驚く。だけどそうか。好きな人のことはなんでも知りたい。私だってそうだもの。
「お兄さまでなかったのも良かったけれど、できたらルパートが良かったわ。一番私たちと接点がないもの」
そうねとうなずく。
「クラウスで良かったのは、シンシアが詳しいことね。今、あの娘はどこまで進んだのかしら。わかる?」
「いいえ」とルクレツィア。「今日の舞踏会でわかるかもしれないわね」
「遠くから見るだけにして、近づかないようにしましょう」
私たちの最初の意地悪はべたな悪口だ。他の令嬢から遠巻きにされている彼女に、更に追い討ちをかけるかのようにひどいことを言う。
「彼女、やはり令嬢たちに遠巻きにされているのかしら」
「そのようよ。サロンでももっぱら男性としか話していないみたいで、余計に疎まれているようよ」
主人公に女友達はいなかった。唯一の同性の味方が小間使いの女の子だけど、ゲームでは名前さえなかった。出て来るのは屋敷か馬車の中のどちらかだけ。
「誰か気の合う方はいないのかしら」
「あら、そうだわ」とルクレツィアは隠しポケットから折り畳んだ紙を出してきた。
「お友達になれそうな女の子一覧よ!」
「ルクレツィアが作ったの?」
彼女は無言でそれを私に差し出した。
六名の名前がある。だけどこの見覚えのある美しい字は……。
「公爵?」
「正解よ。あなたと私と気が合うお友達がほしいとお兄さまに話したの。そうしたらこれをもらえたの。お姉さまからもお墨付きをいただいたわ」
ただ。二人が男爵令嬢で四人が子爵令嬢。しかも父一派でもない。恐らく私たちに尻込みをしてしまう。
私の微妙な表情に気づいたのだろう、ルクレツィアも苦笑した。
「残念だけど、あちらが私たちに近づきたがらないわね。そもそもサロンや夜会にもあまり来ない方たちみたい」
それもそうか。社交場を仕切っているのは高位の貴族、しかも大きな顔をしているのは父一派だ。野心がある肉食系のご令嬢でなければ、そう頻繁に顔は出さないだろう。
「何か機会があったら声をおかけしてみしましょう」
ルクレツィアの言葉に、そうね、とうなずいた。




