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27・3風邪の噂

 孤児院からの帰りに寄り道をして、約束だったお酒をリヒターにプレゼントした。本当はおしゃれなスカーフとか、主婦さんたちにあげてしまった巾着の代わりの品とかをプレゼントしたいけれど、それを贈るのは私じゃない。

 お酒を一緒に買いに行けたことで、十分幸せのはず。


 並んで帰路を歩いていると、リヒターが

「そういや」と思い出したように言った。「風邪は治ったのか」

「え?」

 見えないリヒターの顔を見上げる。私は風邪なんてひいてない。ただ……。


「どこから聞いたの?」

「裏町は情報が集まるからな。くんだらねえのから、機密まで」

「私の風邪まで?」

「ま、そんくらいは屋敷の使用人が行く居酒屋で普通に耳に入る」

「そうなの!?」

 個人情報だだ漏れってこと?

「そりゃ大抵の人間は噂好きだろ?」

「なるほど……」

 恐ろしいな。使用人たちになんて言われているんだろう。


「風邪は引いてないの」

 リヒターがちらりと顔を向ける。

「仮病。ちょっと王宮に行きたくない気分でさ」

 先週クリズウィッドに、ブルーノと二人で部屋にいたことを咎められてからだ。


「能天気のくせに。どうしたんだよ」

 足を止めた。足元に伸びる影をみつめる。悩みをリヒターから聞いてくれるなんて、珍しい。それだけで嬉しくなってしまうから、いけないんだ。


「あ? また泣いてんのか?」

 焦った声に、顔をあげる。うつむいていたから勘違いしたらしい。

「泣いてないよ」


 そして、また小路に入って他人様の玄関先をお借りして座り、何があったかを話した。


「50パーお前が悪い」

「50? 100パーセントだよね?」

 完全に自分に非があるのだ。クリズウィッドの腹立ちは婚約者として当然だ。

「あとの50パーは公爵。なんで二人きりを許可したんだか」

「私が頼んだの」

「頼まれたらなんでもホイホイ聞くのかよ」

「リヒターは聞いてくれるよ」

 つるっと出てしまった言葉に、リヒターが沈黙する。

「いつも感謝してる! ありがとう!」

 深いため息がつかれる。

「……とにかく良識ある男なら、頼まれたからって友人の婚約者を男と二人きりにしちゃダメだろうが」

「だってブルーノだし。信頼がおける人だから、公爵も許してくれたんだよ」

「お前がそいつを庇う必要は一切ねえ。王子が可哀想だ」

「……わかってるよ」


 私だってちゃんとわかっている。わかっているけど、私はクリズウィッドのモノじゃない、という気持ちを押さえることができない。


「わかってんなら、いつまでも仮病を使って逃げんな。婚約者が自分を避けた挙げ句に、こっそり他の男と会ってるなんて知ったらショックで寝込むぞ」

「……他の男って、リヒターのこと?」

「あ? 他にも会ってる男がいんのか?」

「いないよ。リヒターだけだよ」

 だってその言い方だと、会うことが目的みたいじゃないか。なんて、そんな考えは自意識過剰かな。


「……とにかく、非はお前と公爵にあんだ。ちゃんと顔を見せに行ってやれ」

「……うん」


 ずっとリヒターのそばにいられたらいいのに。

 リヒターが私のそばにいたいと思ってくれればいいのに。


「……いよいよダメだって時は、逃げ道を考えてやっから。もうちょい、王子のことを思ってやれ」

 嬉しいのか苦しいのかわからないセリフを吐いてリヒターは、私の背中をポンと叩いた。


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