27・2変化
それから教会に着くまでに、嵐の日のあれこれを聞いた。
孤児院と教会の両方の建物が破損したこと。
子供たちは怖がっていたけれど、ケガもなく無事なこと。
いつものパン屋は開店してなかったので、他から調達したこと。
建物の破損は修理依頼済みだけど、都中あちこちに被害が出ていて大工が足らず、まだ直っていないこと。
ついでに先日の近衛兵の件を危惧しているらしいリヒターは、できるならパン屋を変えたいと言った。それは嫌だと答えると、そう言うと思ったと肩をすくめて、それ以上は何も言わなかった。
だけど彼の身の安全を考えたら、変えるべきなのだと気がついた。やっぱり変えようと言うと、私の思考をお見通しらしいリヒターは、俺は大丈夫なんだよ、と答えた。そしてため息をついて、
「護衛なのに、お前を巻き込んじまったら意味がねえだろ」
と言った。
リヒターはちょっとだけ装いを変えている。高い襟のついた外套で、横からは顔の下半分を見えなくした。襟の中でスカーフをふんわりと巻いて口元をカバー。怪しさ全開だけど、帽子も変えているから、以前のリヒターを探している人の目は多少誤魔化せるだろう。
もっとも近寄って左手の傷をみれば、一発でバレてしまうけど。
「十分気を遣ってもらってるから、気にしないで」
そう答えて、結局いつものパン屋に行くことにした。どのみちフェルグラート邸が近いから、何かあってもブルーノかラルフに助けを求めやすい。
シンシアにも事件のあった週末には喫茶店で会って、全部打ち明けた。リヒターを好きなことも含めて。いつでもその彼を連れて逃げ込んできてね、と笑顔で言われた。そんな怪しい男は……、とは言われなかった。ありがたい。
それをリヒターに伝えて。
「あなたに会ってみたいそうよ」
そう言うと、しばしの沈黙があった。それから、
「これ以上、貴族のお嬢様とかかわり合いたくねえ」
と低いテンションで言われた。
「お前に振り回されるだけで大変なんだぞ」
「……反省する」
「しおらしいお前は気持ちわりい」
肩を小突かれてへへっと笑って。教会へ向かった。
◇◇
教会も孤児院も、予想以上に被害を受けていて、立ち尽くした。よくよく見ると、すでに補修されている箇所もある。
迎えに出て来たロレンツォ神父がリヒターに丁寧に挨拶をして、補修はすべて彼がしたのだと話してくれた。
「大工仕事もできるの?」
と尋ねると、多少はな、との返事が返ってきた。一体リヒターはどんな人生を送ってきたのだろう。
まだ直されていないところはリヒターの手には負えないそうで、彼はいつもどおりに、寝てると言って教会の中へ入って行った。それを小さい子が追おうとして、ロレンツォ神父が止めた。
すっかり信頼関係が出来上がったらしい。
よかった。
けど、ちょっと淋しいような。リヒターの素晴らしさをみんなに知られるのが嫌だ、というのは独占欲なのかな。彼は私の恋人でもないのに。面倒な感情だ。
ふと視線を感じて見ると、ジュールがまだ四つのサニーと手を繋いでじっと私を見ていた。
「どうしたの?」
「あのさ」とジュールは真っ直ぐな視線を向けてくる。「アンヌはあいつの顔を見たことがある?」
思わぬ質問だ。以前既に答えている。ロレンツォ神父も振り向いた。
「ないわ」
「……そう」
ジュールとサニーは顔を見合わせた。
「どうかしたの?」
二人は相手の顔と私の顔を見比べていたけれど、結局
「なんでもない!」
と言って走って行ってしまった。
何だったのだろう。
二人はリヒターの顔を見たのだろうか……。




