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24・4アレンについて

 一通りクラウスの話しを終えると、私は隣室をちらりと確認してからシンシアに尋ねた。

「アレン・バグナーのことだけど」

 彼女はやや頬を染めながら、うなずいた。

「『えっくん』のような素振りはあった?」

「わからないわ」と彼女は首を横に振った。



 以前から私たち悪役令嬢トリオの議題の一つが、『えっくん』は誰か、ということだ。シンシアも知らないと言う。


 彼についてのヒントは

 1、『えっくん』という愛称

 2、王宮に出入りできる人物。

 3、恐らくは攻略対象全員をよく知っている。

 4、恐らくは攻略対象並みのイケメン。

 しかない。


 ルクレツィアとどんなに考えても、これだ、と思える人物がいないのだ。


 私としては容貌からアレンが一番可能性があるのではないかと思う。クラウスに付いて王宮に出入りもしている。主人、ウェルナー、クリズウィッドについてはそこそこ詳しいだろう。

 ブルーノとラルフも同じ条件を満たしているけど、年齢的に違うと思う。


 だけどシンシアは、私の説には懐疑的だ。

 まず名前のどこにも愛称が『えっくん』になる要素がない。

 王宮に出入りはしているけれど、基本的にクラウスのそばに控えているはず。

 ジョナサンとルパートとの接点がない。


 是非どちらにしても、決定打がない。そこでシンシアがアレンの様子を伺う約束になっていた。


 フェルグラート家の面々が聞いている説明だと、アレンはクラウスが修道院にいた時に一番親しくて信頼がおける友人だったという。俗世間に一人で戻るのが不安だったから、共に来てもらったそうだ。

 修道院に入る前のアレンは、地方都市の一般的な商家の五男坊で、家の事情で出家させられたという。

 品が良くマナーも完璧、加えて博学だそうだ。修道士にしておくのも、従者にしておくのももったいない人物らしい。


 もっともそれは主人であるクラウス自身がそうだから、そんな方針の修道院だったのかもしれない。と、フェルグラート家の面々は思っているそうだ。




「アレンはね、性格も個性的だし、ゲームに出てきそうなキャラではあるのよ」

 シンシアは頬を染めたまま、話しを続けた。

「ただね。やっぱり修道士だったせいかしら、本当に女の子に興味がないみたいなのよ。告白してくる娘を片っ端から断っているって、ラルフが話していたわ。それで恋愛の助っ人をするとは思えないの」

「そうね。……アレンって、そんなに堅物なの?」

「堅物とは違うのよ。堅物なのはラルフね」とシンシアは笑う。「アレンはね、女の子のあしらいがうまいの。本当に修道士だったの?と聞きたいくらい」

「ふうん」

 耳まで真っ赤なシンシア。


 主人公はクラウスルートで確定だろうし、全てのルートをやり終えないと『えっくん』ルートは現れない。何がなんでも知らなければならない情報でもないだろう。


「ありがとう、シンシア。アレンの様子を探ってくれて。もう彼を『えっくん』かと疑うのはやめるわ。わからないままでも、きっと大局は変わらないもの」

 シンシアはうなずいた。

「もし気になることがあれば、あなたにすぐ話すわ」

「ありがとう」


 それからゲームとは関係のない話しで盛り上がった。

 最後のデザートを食べていると、ふいにシンシアが

「私、アレンが好きなの」

 と言った。真っ赤な顔。

「そうなの」私はにっこりと笑う。「素敵な人のようだし、応援するわ」

「従者なのにと言わないの?」

「言わないわよ、だって」


 『私が好きな人も庶民だもの』と言おうとしたところで、当のアレンが顔を覗かせた。驚いて固まる私たち。

「失礼いたします」とアレンは澄まし顔だ。「支配人が挨拶にいらしてます」

 シンシアはすっかり硬直しているので、私が通すよう言い、支配人への対応もした。


 ようやくまた二人きりになると、シンシアは深いため息をついて、ようやく力を抜いた。

「聞かれてしまったかしら」と私。

 シンシアは苦い笑みを浮かべた。

「どのみち彼は気づいていると思うわ」

「そうなの?」

 うなずくシンシア。

「態度で丸わかりですって。小間使いに言われているの」


 実はその小間使い伝にあなたの恋を知っている、と心の中で謝る。

「アレンみたいな人には、追ってばかりではダメだって助言もしてくれるのよ」

「良い小間使いね」

「でもなかなか言われた通りにはできないわ。アレンはきっと、私がオロオロしているのを見て楽しんでいるの」

「そうなの?」

「だって絶対にどSよ、彼!」


 初めて雑貨店で会ったときのことを思い出した。アレンは澄ました顔で主人に辛辣な言葉を突きつけていた。


「そこだけはね、いかにも乙女ゲームのキャラっぽいのよ。優しいな、と思うと次の瞬間には意地悪なの。私が振り回されるのを見ているとき、すごく嬉しそうのよ!」

「……本当に修道士だったのかしら」

「本当! 私も何度もそう思ったわ。でも」

 シンシアは息をついて、なぜか表情を陰らせた。

「やっぱりアレンもクラウスも、修道士なのよ。外ではどうか知らないけれど、うちの中では日々の祈りを欠かさずしているわ」


 この世界は日本人が作ったゲームの世界だから、教会も宗教もあるけれど、ほとんどの人間が信心深くない。

 私みたいにロザリオを持ち歩く人なんていないし、日々の祈りを欠かさないのは宗教関係者くらいだろう。



 そうか。クラウスはチャラい女好き設定で実際にもそう見えるけれど。根っ子の敬虔さは失っていないんだ。

 なんともアンバランスに思えるな。



 ◇◇



 帰り際にふと思いたって。アレンに

「『えっくん』という愛称で呼ばれたことはある?」

 と尋ねた。

 すると氷点下ですかという冷たい目で見られた。そんなにおかしな質問だろうか。

 いいえと答える声も冷え冷えとして、シンシアの言うどSを体感した気分になったのだった。


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