24・2友達
予め異母兄の美貌を知っていたシンシアだったけれど、それでも初めて会ったときは圧倒されたそうだ。
「だって推しキャラだったのよ! そのクラウスが生きて動いて喋っているの。気を失うかと思ったわ。キラキラオーラは凄いし、尊すぎて目がつぶれたぐらいよ」
「いやいや、見えてるよね」
「そのくらいの衝撃だったのよ」
まあ、わからないでもない。私もウェルナーの生声をそばで初めて聞いたときは、鼻血を出すかと思ったもの。
彼女にそう言うと、ほらね!と笑われた。推しキャラに会ったらそうなるものよ、と。
ちなみにシンシアは前世を思い出して、自分が推しキャラの血を分けた妹に転生していると気づいたとき、神を呪ったそうだ。それから実は血が繋がっていない可能性を探したそうだけど、徒労に終わったらしい。
だけど拍子抜けしたことに、クラウスに会っても恋しなかったそうだ。
自分でも不思議だ、とシンシアは笑った。私もウェルナーに恋してないのと話すと、理想と現実は違うね、という結論に達したのだった。
彼女が付き合いやすいなと思うのは、ここでルクレツィアはどうなのかと詮索してこないところだ。同じ悪役令嬢で前世の記憶持ち(これはルクレツィアの許可の元、私が話した)だから、気になるはず。
だけどシンシアはそうしなかった。
ところで二人はほぼ他人のような境遇の兄と妹だけど、兄はちゃんとした兄らしく、妹を気遣っているらしい。
クラウスが当主になった日に言われたそうだ。家族を政治の駒に使うことはしないから心配しなくていい。だけどその代わり自分から動かなければ、いつまでも屋敷の中だけで暮らすことになるよ、と。
だから彼女が外に出たいと望むことは大歓迎で、そのための協力は惜しまないらしい。
◇◇
クラウスは、私たちが二人だけで話しができるよう、個室には給仕のとき以外は人が入らないよう言いつけてくれた。おかげでのんびり秘密の話ができる。
「クラウスは結構な変わり者だと思う」
給仕が下がるとシンシアは言った。
「長く修道院にいたから、というのとは違うと思うの。上手く言えないけれど。主人公は攻略は出来ないんじゃないかな。あ、」
彼女はカトラリーを運ぶ手を止めて私を見た。
「さっき店内で会ったでしょ?」
ええとうなずく。
「ゲームだと、この時期にはなかったわ」
「そうなの?」
うなずくシンシア。彼女の手紙での『危険』とは、悪役令嬢二人と攻略対象二人というメンバーでの外食が、シンシアと私に悪影響を及ぼさないかという危惧だったそう。ただゲームでは先ほどの言葉通りに、この時期での出来事になかったから、敢行したという。
だがまんまと主人公に会ってしまった。
「中盤にはあるのよ。クラウス、ウェルナーと悪役令嬢三人と、リストランテでばったり会うシーンが。ちなみにクラウスの両脇にあなたたちね。私はもちろんウェルナーのとなり」
思わず苦笑する。
「質問の答え方によって好感度が上がって、後日二人で食事に行けるの」
「シチュエーションは似てるわね」
「クラウスも話しかけていたし」
先日のドレスについてだ。私も改めて謝罪はした。だけど主人公になるたけ関わりたくないので、すぐに退いた。そのあとも彼女はずっとクラウスに話しかけていた。
「あれは完全にクラウスルートの顔ね」とシンシア。
「そう見えるわよね」
「で、あなたは悪役令嬢ね」
「やっぱり……」
がくりと肩を落とす。
「彼女は誤解をしているんじゃないかしら」
誤解?と聞き直す。
「いただいた手紙によると、主人公に会ったとき、クラウスと二人でいたのでしょう?」
「そうよ」
「そして今日も一緒。私はただの妹」
「だから?」
「あなたがクラウスの恋人と誤解」
「ええっ!!」
思わず大きく叫んでしまった。
「だってあなたが汚したドレスの弁償をクラウスがするのでしょう?」
「そうか……」
伯爵は私がクリズウィッドの婚約者と知っているだろうけれど、娘にそれを伝えたかはわからない。伝えていたとしても……。
「……ライバル認定されてる?」
「あの顔はきっとそうよ。『こんな素敵な人が隣にいては私なんてだめよ』って表情だったわ。あ、そうだわ」
彼女は手を額に当てた。
「なんておバカなのかしら。思い出せる限りのクラウスルートについて、書き出しておいたのよ。なのに持ってくるのを忘れてしまったわ」
「書いてくれたの!?」
ええ、とうなずくシンシア。
「私がプレイしたのは中盤までだから、半分はネット情報だけどね。メモがあればいつでも見返せるし、ルクレツィア殿下には、話すより正確に伝わるでしょう?」
「シンシア! なんて言っていいかわからないわ! ありがとう!」
「でも忘れたのよ、私。王宮経由で届けるわね」
実は私たちの手紙はルクレツィア経由だ。何しろ父はクラウスから届いたカゴ盛りフルーツを窓から捨てた。シンシアからの手紙も捨てられてしまうかもしれない。
「わかったわ。本当にありがとう」
「だって」シンシアは頬を赤らめた。「初めてのお友達だもの」
その言葉に切なくなる。
「……あなたとお友達になれて、私は嬉しいわ」
それだけを返す。
「私も。あの日、がんばって出掛けてよかった」にこりとシンシア。「そうそう、それでね、話が反れてしまったわ、クラウスよ。変わり者よ、彼」
進度が牛歩ですみません…




