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 広間に戻るとルクレツィアがいなかった。ジョナサンも見当たらない。

 私が二人を残して席を立ったと知ったクリズウィッドの顔が険しくなった。


「まさかあのバカ、ルクレツィアを連れ出して……!」

「心配ないだろう、あいつはそこまで下衆じゃない」とクラウス。

「いいや、ダメ男だ!」

「軟派なのは確かだが、下馬評よりはマシな奴だ」


 ……ちょっとジョナサンが気の毒になってきた。

 二人のやり取りは放っておいて、彼女を探しに行こうとしたら、ジョナサンが帰ってきた。私を見つけると、真っ直ぐにやってくる。


 うん、疚しいことがある顔じゃない。よかった。


「ルクレツィアは?」

「気分がすぐれないそうだ」とジョナサン。「部屋まで送ってきた」

「まあ。ありがとう」

 ちらりとクリズウィッドを見る。まだ眉間にシワがあるけれど、さきほどより険しさの薄れた表情になっている。

「……妹が世話をかけた」

 無言でうなずくジョナサン。

「もしアンヌローザが良ければ、部屋に来てほしいそうだ」

 当然、主人公のことが気になっているよね。

「すぐ伺うわ。ジョナサン、本当にありがとう」

 彼はうなずいて、ではこれでと去って行った。

 十歩も歩かないうちにもう、女の子に声をかけている。

 ジョナサン。せっかく上がった評価が地に落ちたよ。


「あれのどこを信用しろと!?」と友人にくってかかるクリズウィッド。「いや、お前と同じ穴の狢だから、甘いのか」

 クラウスはわずかに眉を寄せた。だが反論はしなかった。


「……私、失礼します。ルクレツィアの様子を伺ってくるわ」

「送ろう」とクリズウィッド。

「いえ、ばっちり健康だから大丈夫。舞踏会を楽しんでいて下さいな」

 小さく頭を下げて、その場からさっと離れる。



 確かにクラウスはゲーム通りに女好きだ。私たちの元にいない時はいつも周りは女性だらけだし、ルクレツィアによると、毎晩違う女性と夜を過ごしているらしい。

 だけど彼の目は冷静に周囲を捉えていて、その上でジョナサンを評価している。

 さっきのクリズウィッドの言い分は、友人を貶めているのではないだろうか。たとえそんなつもりではなかったにしろ。


 あまり気分のいいものじゃない。



 ◇◇



 ルクレツィアの部屋に行くと、案の定、彼女は長椅子に座って元気そうにシャノンとおしゃべりをしていた。

 シャノンに下がってもらい二人きりになる。

「主人公は帰ったわ。クラウスルートよ、きっと」

 私はにっこりと笑う。

「だけどまずは、あなたとジョナサンのことを聞かせて」

 ルクレツィアの可愛らしい顔が赤くなる。


「アンヌったら、急に彼を呼ぶのだもの」

 ちょっと拗ねた表情が素晴らしく可愛い。ジョナサンにそれを見せたら即落ちなんじゃないだろうか。

「だってタイミングがよかったのですもの。おかげでジョナサンルートではないのよ」

「まだ確定ではないわ」

「確定よ。彼女のクラウスを見つめる顔といったら! とろっとろのとろっとろに蕩けていたわ」

「アンヌ」なぜか苦笑いのルクレツィア。「ウェルナーから初めて挨拶を受けたときのあなたの顔もそうだったわよ」

「本当? 私、そんなに?」

「ええ。しかも今でも頻繁に、彼の声に蕩けているわよ」

 おかしいな。気をつけているのに。それを凌駕しちゃう素敵な声なんだな。

「もっと気を引き締めるわ」

「お願いね。悪役令嬢回避のためにも」

 ええとうなずく。


「それでジョナサンの話よ」

 私の言葉にルクレツィアは口を尖らせた。うまく話を逸らしたつもりだったのかもしれない。

「……いつもどおりよ。彼が話をして、私は相槌をしているだけ。居たたまれなくなって、気分がすぐれないから部屋に戻ると言ったの。そうしたら送ってくれると言ってくれて。一度断ったのだけど、あなたに頼まれているから送らないわけにはいかないって」

「ジョナサンって、良いところがあるわよね。ただの可愛い娘好きじゃなくて、女の子に優しい」


 そうね、と呟くルクレツィアは淋しそうだった。

 そうか、しまった。ルクレツィアからしたら、全ての女の子に優しいなんて、嬉しくないのだ。


「……お礼は言えた?」

「言えたわ」

「良かった! がんばったわね、ルクレツィア」


 ゲームが始まるまでに両思いになることはできなかったけれど、幸い主人公はクラウスを選んだ。まだ望みはある。


 望み……


 一瞬胸の奥がちりっと痛んだ。


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