23・1主人公がやってくる
バカンスの余韻も消え、日常が戻ってきた頃。これから秋シーズンが始まることを告げる舞踏会に、ゲームの主人公が出席するとの噂が広まっていた。
そもそもバカンスの時から彼女は話題に上がっていた。還暦間近のゴトレーシュ伯爵が、庶民の娘を養女に迎えた、と。その口調には明らかな揶揄があり、特に父一派は、耄碌とか色ボケとか、酷いことを言っていた。
ゴトレーシュはかつてはフェルグラート派だった人物で、ユリウスが国王になると失職し、それ以来、領地に引きこもっていたそうだ。
それが今回可愛い娘を社交界にデビューさせたいと、都に戻ってくるという。
彼女の名前はジュディット。八月に十六歳になったばかりのはずだ。
ゲームでは色白ですべてのパーツが丸みを帯びて可愛らしく、庇護欲をそそるタイプの女の子だ。
瞳はハシバミ色。ストレートの美しいストロベリーブロンドが自慢で、ゲームでは結っていることはなかった。
あれは現実ではいただけない。自邸ではいいけれど、王宮では不調法だ。恐らく他の女性からは、だらしない、汚い、礼儀がなっていないと詰られてしまうだろう。
かといって余計な口出しをしたら、悪役令嬢ものでよくあるパターン、『よかれと思ってマナーを教えたら、キツく当たられたと誤解されて断罪』となりかねないし。
『三ない運動』は守りたいし。
さて、どうしたものか……。
◇◇
そして件の舞踏会当日がやってきた。クラウスの時ほどではないけれど、それなりに盛況だ。大半は元庶民を値踏みしてやろうという輩だ。
ルクレツィアと私、クラウディアは定位置となりつつあるいつもの隅の長椅子に陣取っていた。
ルクレツィアを真ん中にして両脇にクラウディアと私。クリズウィッドや友人たちは立っているのが、この広間の場合のスタイルだ。今、男性陣は飲み物を取りに行っていていないけれど。
本来なら喪中の三兄妹だけれど、おめでたい席でなければ出席するようにとユリウスから言われたのだそうだ。母君は側室だったから、あまり悼む様を見せると父が抗議をするらしい。さすがに婚礼だけは喪に服すことを赦したそうだけど。
これではどちらが上の立場なのだか、分からない。この根底にどんな原因があるのか考えると恐ろしい。
ルクレツィアとクラウディアはまだ傷心なのに、酷い仕打ちだと思う。
もっともルクレツィアは主人公が気になっているから、ちょうど良かったのかもしれない。
ちなみにクリズウィッドは……。
傷心なのは確かだけど、どちらかと言えば挙式が延びた失意に沈んでいるようにも見える。
その辺りは深く考えないようにしている。
ふとこちらを見ている青年に気づいた。ジョナサン弟だ。どう見ても睨んでいる。
「どうしたのかしら」
私の疑問にクラウディアが笑った。
「ちょこっと本気のフリをして遊んであげたの。で、ポイ捨て」
「ええっ!」
ルクレツィアはため息をついている。 知っていたようだ。
「『だってそういうのが好きなのでしょう?』って言ってやったら呆然としてたわ。すっかりプライドがズタボロみたいよ」
すごい、クラウディア。本当にやったのか。
「ルクレツィアに不埒な考えで近づいてくるからよ!」
いつの間に?との質問にクラウディアはバカンスの間に!と返事した。
「お姉様ったら、気をつけてね」とルクレツィア。
「本当、とても恨んでいそう」私。
「大丈夫よ。中身はサイテーでも、モテているもの。すぐに忘れるでしょう」
クラウディアは笑顔でジョナサン弟に手を振る。彼はプイっと視線を反らして去って行った。
飲み物を手にしたクリズウィッド、ウェルナー、クラウスが戻ってきた。
「どうぞ」
とウェルナーがグラスをルクレツィアとクラウディアに渡す。私には
「はい、アンヌ」
とクリズウィッドからだ。
私もウェルナーからほしい、特にあの素敵なお声が……とは言えないので、ありがとうと礼を言って受け取る。
クリズウィッドにクラウスからは飲み物を受け取りたくないと頼んだけれど、ウェルナーは拒否していない。それなのに、一度も彼から渡されたことはない。
かといってウェルナーは問題なし、と言うのも何か違う。ルクレツィアは渡されているわけだし。
これはやっぱり、ウェルナーが私をクリズウィッドの婚約者として気遣っているからだろう。
ついつい恨めしい目でウェルナーを見てしまう。『どうぞ、アンヌ』と素敵な声で言ってもらいたい。
ふと『あら、あれが』とか『まあ、思ったよりかは』なんて声が耳に届いた。
どうやら主人公のジュディットが到着して広間にいるようだ。




