22・2バルにて
帰り道にバルに寄った。私は全メニュー制覇のために毎回違う品を頼む。リヒターはいつもお酒だけ。
「リヒターって修道士だったとかないよね?」
「あ? なんでだよ?」
バカンス中に知ったのだけど、クラウスはゲーム通りに食が細い。少量を時間をかけて食べる。
父たちは、修道士の生活が抜けない、貧乏臭いと嘲笑っていた。本人は急に食生活は変えられないと、気にかけていない。
代わりにお酒はうわばみらしい。水のように飲んでいるのを見たし、クラウディアが『どんなに飲んでも顔色ひとつ変えてくれないと』なぜか残念がっていた。
だからなんとなく、リヒターと似ている気がした。何度かバルに一緒に来ているけれど、食事しているのを見たことがなく、代わりにお酒の飲みっぷりはやはり水のようで、酔いもしない。
そう話したら笑われた。
「俺は単に食いもんより酒が好きなんだよ」
「体を壊しちゃうよ」
「今壊れてねえからいいんだ」
「……できればご飯も食べてね」
「帰ったら食ってるよ」
もしかしたら恋人と一緒にご飯食べるために、中途半端な時間に食事しないようにしているのかな。
そう思い至ってもやもやし、そんなことでもやもやする自分の狭量さが悲しくなった。
別料金とはいえ、一緒にバルに寄ってくれるだけで嬉しかったはずなのに、どんどん欲深くなってしまう。
私は嫌な奴だ。
恋人が、私の護衛をすることに文句を言わないでくれるから、今二人でいられるのに。
あなたの大事な人を横取りするつもりはありません。
だから私のワガママを許して下さい。
自分勝手な願いを見知らぬ女性に請う。私が彼女の立場だったら、すごく嫌な気持ちになるのに。
「で、婚礼が延期だって?」
リヒターの言葉に我に返る。
「……もう町にも知られているの?」
「そりゃな。久しぶりのロイヤルウェディングだ。しかもまともだと噂の王子だ。儲ける機会じゃねえか。早いとこは便乗グッズを作ってるし、裏町じゃ賭けが始まってる」
「賭け? ……結婚するかしないか?」
ちげえと笑うリヒター。
「婚礼一年以内に赤ん坊が生まれるか生まれないか」
「あか……」
言葉が出ない。
こっちは結婚したくなくて悩んでいるのに! 世間てば酷い!
「俺は賭けてないぜ」
「……」
ロイヤルウェディング。
素敵な響きだ。世の中的には、歓迎ムードだったのか。気づかなかった。歓迎してないのは私だけなのかな。
「よかったじゃねえか、延期んなって。なんでそんなしょぼくれ顔なんだよ」
「だって……」
「王子の母親も空気読んだんだろうな。今挙式を敢行しちまうと、嫁に逃げられちまうって」
リヒターの見えない顔を見上げる。
「……どういう事?」
「息子のために、嫁に腹をくくる時間をくれたんじゃねえの?」
「時間を……?」
だろう?とリヒターはさも当然のようにうなずく。そんなこと考えもしなかった。だけど自分に都合良すぎる解釈だよね。
「王子も助かったよな。婚約者に修道院に逃げ込まれてみろよ。大恥じだわ、痛々しいわで哀れだぜ」
いつもの口調と見えない表情。だけど。
「……リヒター」
「なんだよ」
「ありがとう」
「……なにがだよ、変な女」
へへっと笑って、食べ掛けだったパニーニにかぶり付いた。
やっぱりリヒターは優しいや。




