22・1幕開けの9月
都に帰りその足で、三兄妹とクラウスと墓参した。お墓は母君の望みで修道院にあった。
ユリウスの側室になった経緯は知らない。クラウディアに似た性格で、明るくパワフルだったけれど社交界には必要最低限しか出ず、控えめで地味な生活を送るような方だった。
クリズウィッドとの婚約が決まったときは、とても嬉しい、息子を頼む、といった内容の手紙をいただいた。
婚約が解消となったら、あちらで涙してしまうだろうか。
◇◇
予定より一週間早い帰郷。悲しみにくれているルクレツィアとクラウディアに、少しでも気晴らしになればとプレゼントを贈ることにした。
秋らしい素敵な小物を買おうと、以前シンシアと出会った雑貨店へ。店の前で馬車を降り、二三歩歩いたところで突然風に飛ばされたポスターのようなものがスカートにまとわりついた。
何気なくつまみ上げて息を飲んだ。
最初に目に入ったのは。『ラムゼトゥール』の文字。『ユリウス』『王太子』『ワイズナリー』『くたばれ』
激烈な言葉が並んだ批判文だった。
まだユリウスや高官たちは都に戻っていない。だからこそ出回っているのだろう。
呆然としている私の手元を覗いたリリーが慌て取り上げようとした。それを制して、通りすがりの子供にポスターとお駄賃を渡した。極端な国王派に見られないよう、早急にかまどにくべてきてね、と一言をそえて。
リヒターに出会ったときに彼が言っていた。
税金を上げられたから、ますます治安が悪くなるぞ、と。
考えていた以上に国民の不満が溜まっているらしい。
◇◇
早く帰郷したからといって、リヒターに会いたくても連絡方法がないので、当初の約束の日を待つしかなかった。
一日千秋の思いで過ごし、ようやくやって来たその日に駆け足でいつもの場所に向かった。
そこにリヒターは以前と変わらない様子で立っていた。
足が自然に止まり、安堵で涙が出そうになった。
もし来ていなかったらどうしようと不安だったのだ。
リヒターが面倒になってしまったら?
裏町でいざござに巻き込まれて来れない状況になっていたら?
私たちはそんなことはない、と言いきれるような関係ではない。
ほっとして彼に歩みよると、気づいたリヒターは
「よお、久しぶり」
と変わらない声で言ってくれた。
「うん、久しぶり!」
いつものように然り気無くカゴを持ってくれるリヒター。
「変わりなかった?」
と尋ねると、あった、と返された。
「神父が夏風邪ひいてよ。金がねえって言うから俺が医者代払ってやった」
「ありがとう! 幾ら? 私が出すね」
「当然」
「へへっ、リヒターが留守中に通ってくれていて助かったよ」
「その変な笑い方を聞くのも久しぶりだな」
思わずまたへへっと笑ってしまう。
会えてすごくすごく嬉しいんだよ、と伝えたい。でもやめておく。リヒターには思いを伝えないのだから、思わせ振りなことも言わない。
並んで歩きながら、この一月半の出来事をお互いに報告しあった。貴族社会では決して聞くことのない、汚い口調に心が落ち着く。おかしな話だ、と笑いたくなった。
教会に着くと子供たちが走り出て来て、小さい子たちは私に抱きついたり、周りを跳び跳ねたり。いつもより激しい歓迎だ。ロレンツォ神父は変わらぬおっとりさでやって来る。
そんな神父と入れ違いにリヒターは教会の扉に消えた。
バカンス前とは変わらない光景にほっとする。
と、子供たちのリーダー格のジュールが
「アンヌ!」
と呼び掛けて来た。なあに?と返事をすると、
「あいつ」
と目で教会の入り口を示した。
ジュールは子供たちの中でも特にリヒターを怪しい奴だと警戒している。
今もすごく仏頂面をしている。
「……ちゃんと週一でパンを届けてくれた」
「ええ」とうなずく神父。「助かりました。私が風邪で倒れたときは医者を呼び、診察代も薬代も払ってくれたのです」
おや? これはリヒターの株が上がったんじゃないのかな? 二人とも好意的だ。留守中のことを頼んでよかった。
「リヒターはいい人よ。とても」
彼のいる教会へ目を向けた。
私はいつまで彼とここへ来られるのだろう。




