表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/251

22・1幕開けの9月

 都に帰りその足で、三兄妹とクラウスと墓参した。お墓は母君の望みで修道院にあった。

 ユリウスの側室になった経緯は知らない。クラウディアに似た性格で、明るくパワフルだったけれど社交界には必要最低限しか出ず、控えめで地味な生活を送るような方だった。

 クリズウィッドとの婚約が決まったときは、とても嬉しい、息子を頼む、といった内容の手紙をいただいた。

 婚約が解消となったら、あちらで涙してしまうだろうか。



 ◇◇



 予定より一週間早い帰郷。悲しみにくれているルクレツィアとクラウディアに、少しでも気晴らしになればとプレゼントを贈ることにした。

 秋らしい素敵な小物を買おうと、以前シンシアと出会った雑貨店へ。店の前で馬車を降り、二三歩歩いたところで突然風に飛ばされたポスターのようなものがスカートにまとわりついた。

 何気なくつまみ上げて息を飲んだ。


 最初に目に入ったのは。『ラムゼトゥール』の文字。『ユリウス』『王太子』『ワイズナリー』『くたばれ』


 激烈な言葉が並んだ批判文だった。


 まだユリウスや高官たちは都に戻っていない。だからこそ出回っているのだろう。

 呆然としている私の手元を覗いたリリーが慌て取り上げようとした。それを制して、通りすがりの子供にポスターとお駄賃を渡した。極端な国王派に見られないよう、早急にかまどにくべてきてね、と一言をそえて。


 リヒターに出会ったときに彼が言っていた。

 税金を上げられたから、ますます治安が悪くなるぞ、と。


 考えていた以上に国民の不満が溜まっているらしい。



 ◇◇



 早く帰郷したからといって、リヒターに会いたくても連絡方法がないので、当初の約束の日を待つしかなかった。

 一日千秋の思いで過ごし、ようやくやって来たその日に駆け足でいつもの場所に向かった。


 そこにリヒターは以前と変わらない様子で立っていた。

 足が自然に止まり、安堵で涙が出そうになった。

 もし来ていなかったらどうしようと不安だったのだ。

 リヒターが面倒になってしまったら?

 裏町でいざござに巻き込まれて来れない状況になっていたら?

 私たちはそんなことはない、と言いきれるような関係ではない。


 ほっとして彼に歩みよると、気づいたリヒターは

「よお、久しぶり」

 と変わらない声で言ってくれた。

「うん、久しぶり!」

 いつものように然り気無くカゴを持ってくれるリヒター。

「変わりなかった?」

 と尋ねると、あった、と返された。

「神父が夏風邪ひいてよ。金がねえって言うから俺が医者代払ってやった」

「ありがとう! 幾ら? 私が出すね」

「当然」

「へへっ、リヒターが留守中に通ってくれていて助かったよ」

「その変な笑い方を聞くのも久しぶりだな」

 思わずまたへへっと笑ってしまう。

 会えてすごくすごく嬉しいんだよ、と伝えたい。でもやめておく。リヒターには思いを伝えないのだから、思わせ振りなことも言わない。


 並んで歩きながら、この一月半の出来事をお互いに報告しあった。貴族社会では決して聞くことのない、汚い口調に心が落ち着く。おかしな話だ、と笑いたくなった。




 教会に着くと子供たちが走り出て来て、小さい子たちは私に抱きついたり、周りを跳び跳ねたり。いつもより激しい歓迎だ。ロレンツォ神父は変わらぬおっとりさでやって来る。

 そんな神父と入れ違いにリヒターは教会の扉に消えた。


 バカンス前とは変わらない光景にほっとする。

 と、子供たちのリーダー格のジュールが

「アンヌ!」

 と呼び掛けて来た。なあに?と返事をすると、

「あいつ」

 と目で教会の入り口を示した。

 ジュールは子供たちの中でも特にリヒターを怪しい奴だと警戒している。

 今もすごく仏頂面をしている。


「……ちゃんと週一でパンを届けてくれた」

「ええ」とうなずく神父。「助かりました。私が風邪で倒れたときは医者を呼び、診察代も薬代も払ってくれたのです」


 おや? これはリヒターの株が上がったんじゃないのかな? 二人とも好意的だ。留守中のことを頼んでよかった。

「リヒターはいい人よ。とても」

 彼のいる教会へ目を向けた。

 私はいつまで彼とここへ来られるのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ