20・2手
私はちょっとだけクラウスを睨んだ。見てよ、ルクレツィアを。心の準備があるのよ!という意味を込めて。確実に目が合ったのに、奴は素知らぬ顔をして親友を見た。
「クラウディアに頼まれた。四人で湖に来てほしい、と」
「どうしてだ?」
と何も気づかない様子のクリズウィッド。しばらくクラウスの顔を見ていたけれど、返事はない。私を見る。違う! 妹を見て!
「君は……知っていたのか?」
うなずく。クリズウィッドは再び友人を見る。
「……クラウディアがお前とボートに乗るために?」
違うと苦笑するクラウス。
仕方ない。彼に言わせるのはルクレツィアがかわいそうだ。
「ルクレツィアのためにクラウディアが考えたの」
私の言葉を聞いてもまだ理解できていない様子のクリズウィッド。鈍いのか!
「彼女はジョナサンと親しくなりたいのよ」
ルクレツィアはますます赤くなってうつ向いた。
クリズウィッドは瞬いて。それから。
「え!? あんな馬鹿と!?」
と叫んだ。途端にゴスッと変な音がして、クリズウィッドがよろけテーブルがガタリと動いた。隣りの友人に顔を向けるクリズウィッド。クラウスはやや眉を寄せて渋面だ。
まさかクラウスが蹴ったの? テーブルの下で? 優雅の権化みたいなくせに?
意外とやるなあ。
「いや、すまない」
失言に気づいたクリズウィッドは妹に素直に謝った。
「そうか。そうだったのか」
うん、と一人でうなずいている。かなり驚いているのだろう。ジョナサンから家名と顔を取ると、良いところを見つけるのは難しい。
「兄として力を貸すべきだろう」とクラウス。
「まあ、そういうことなら仕方ない」とクリズウィッド。
……ということは、クラウスはルクレツィアと結婚する考えはないのかな。良かった!
クラウディアだったら幾らでも差し上げるからね!
「このバカンスが良い機会だと思うの」
私はクリズウィッドに提案をする。
「お互いに決まった相手はいないし、時間もイベントもたっぷりあるでしょう」
「そうだね」
と笑顔を向けてきたクリズウィッド。テーブルの上の私の手に自分のそれを重ねた。思わず引っ込めそうになったけれど、がっしりと握られてしまった。
「ルクレツィアのために、ありがとう」
「……親友ですもの」
答える顔がひきつっている気がする。
手なんてたいしたことはないけれど。
ダンスや挨拶では触れていた。
クリズウィッドは嫌いじゃない、むしろ好感度は悪くないけれど。
でも。
これはちがう気がする。
やっぱりダメだよ、リヒター。
例えすっぱりフラれても、気持ちを切り替えて結婚なんて、私には出来そうにないよ。




