19・4余波
ルパートとジョナサン弟の低俗な企みは、阻止するためにその日のうちに、各人に伝えた。
ルクレツィアはゴキブリを踏み潰したような顔をして、クラウディアは『あら、私がポイ捨てしてあげようっと』と笑い、クリズウィッドは『ルクレツィアに近づいたら返り討ちにしてやる』と息巻いた。
ジョナサンは珍しく暗い顔をして、『馬鹿な弟ですまない』とぼそぼそと言った。悩みなんてない奴だと思っていたけど、それなりに苦労はあるようだ。
◇◇
その晩ルクレツィアの部屋から東棟に帰ろうとして、クラウスに出会った。向こうは自室に帰るところなのだろう。こういう時に限って、お互いに侍女も侍従もついてない。
『三ない運動』に抵触するよとうんざりしながらも、ルクレツィア作戦の礼をまだ言ってなかったので丁寧に頭を下げた。
「ご協力をありがとうございました」
「ああ」とうなずくクラウス。「逆効果だったようだが」
うっと言葉に詰まる。
「……貴重な時間を割いていただいたのに、すみません」
沈黙。怒っているのかな?
廊下を照らす灯火は、ゆらゆら揺れるばかりで相手の表情を判別するには力不足だ。
「……どうしてあなたたちは私に敬語なんだ」
うっとまた言葉に詰まる。確信を突かれてしまった。
「そんなに疎まれることをした覚えはないが」
うぅっ。
作戦失敗だ。気を持たせないつもりの態度がかえって怪しまれていた。卒なく距離を保っていたつもりだったのに。
思わず深いため息が出た。
目前の攻略対象を見上げる。
この人はどんな人だろうとわずかな間考える。きっと小手先の誤魔化しは効かないのだろう。
辺りを確認。他に人の姿はない。それから、
「占いよ」と言った。
「占い?」
鸚鵡返しにうなずいて、リヒターにした説明をした。
「なるほど」とクラウス。「それで私に近づきたくない、と」
「それにあなたの取り巻き達の視線が痛いの。巻き込まれたくないわ。お茶やワインの掛け合いなんて御免だもの」
ぷっと彼は吹き出した。
「だから二人きりでお話しもしたくないの。誤解されたら困るから!」
「わかった。気を付けることにしよう」
思わぬ返答に拍子抜けする。
信じたの? この突拍子もないホラ話を。いや、信じたのは取り巻きの件だろう。自覚ぐらいあるはずだ。どのみち助かる!
「協力してくれるの? ありがとう」
もしや、いい奴なのかな。
「ボートの借りがあるからな」とクラウス。
そんなことで?
「義理堅いのね。私は何もしてないのに」
むしろ素敵な景色を見られてラッキーだった。
「まあ、ルクレツィアは苦労しそうだな。助けが必要なときは言え」
「いいの?」
「面白そうだからな」
「……興味本位は困るわ」
「さてね」
そしてクラウスはお休み、と言ってすれ違った。その背中に、お休みなさい、と返す。
あれ?
何か引っかかる。
何だろう。
首を捻りながら、自室に向かった。




