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17・1お人好し

「リヒター!」

 約束の日。いつもの時間にいつもの場所で。先に来ているリヒターに駆け寄った。

「挙式の日が決まっちゃた!」

「そうかい」

 興味なさそうに返事をしながらカゴを私の手から取るリヒター。

「お前は外見はいいからな。きっと綺麗な花嫁になんぞ」

「そんなのなりたくない」

 ため息が降ってきた。

「いつなんだ?」

「十月」

「まだ猶予があんじゃねえか。そんな顔すんな」

「うん……」


 やっぱり優しい。その言葉は胸の内にとどめる。

 綺麗じゃなくていいからリヒターの花嫁になりたい。それも口にしない。


 歩き出したリヒターの横に並びながら、なるたけこの時間を伸ばしたいと願う。




 婚約が決まった時点では、挙式は来年の三月予定だった。その月にユリウス国王の在位二十周年記念式典がある。それが一通り終わったあと、まだ列国の賓客が滞在しているうちにサクッと済ませてしまおう、という話だったのだ。

 それなのに、なぜ変更になったのか。

 どうやらユリウスが、式典の記憶が息子の挙式に刷りかわってしまわないかと不安になったかららしい。なんてアホな理由なんだ!



 ところでゲームの開始は主人公が社交界にデビューする九月で、ゲームのエンディングは二月末にある特別な夜会だ。当然その間に私が結婚するなんて展開はない。


 普通に考えたら、九月までに式を延期する何かが起こるのだと思う。

 だけれどルクレツィアは、私に悪役令嬢になる要素がなくなったから、ゲームとは異なる未来になったのではないかと言う。


 悪役令嬢にはなりたくないけれど、こんな未来は困る。私はクリズウィッドと結婚したくない。




「……告っちまえば?」

「え?」

 ふいに告げられた言葉が何のことか分からず、隣の見えない顔を見上げる。綺麗な稜線を描く鼻。続く額もきっと形良いのだろうなと思わせる。

「好きな奴に告って盛大にふられれば、諦めがつくんじゃねえのか?」

「……なんでふられる前提なの」


 リヒターってば気づいてるのかな。まさかね。

 あ、ダメ、泣きそう。


「……だってそいつと結婚したくて、王子と婚約解消したいわけじゃねえんだろ? 望みなしだからじゃねえのか?」

「……そうだけどさ」


 もやもやする。

 ……違う。

 痛い。

 胸が、痛い。


「バカっ!」リヒターを拳で叩く。「意地悪っ!」

「おいっ、やめろよ!」

「バカっ! バカっ!」

「おいって!」

 叩き続けていると、腕を捕まえられた。

「……泣くなよ」

「泣いてない」

 必死に涙を堪える。

「……このままでいいの。でも結婚もしたくないの」

「我が儘」

「わかってるよ」


 盛大なため息をつかれる。

 胸が傷む。呆れられたくない。だけど折り合いもつけられない。


「まあ、まだ四ヶ月あるしな。どっちに転んでも相談料、手数料、がっつり取るぞ」

「……うん。ありがと。頼りにしてる」


 またため息。


「……さっさと行くぞ」

「うん」



 ◇◇




 一日が終わり、屋敷そばまで帰ってくると、リヒターはまた大きなため息をついた。

 なんだろう。今日はいつもに増してため息ばかりだ。また呆れさせることをしちゃったのだろうか。

「……秋祭り、な」

「うん?」

「好きな奴と行けなかったら、連れてってやる」

 驚いてリヒターを見上げる。隠された顔の表情は見えない。

「……本当?」

「料金、目ん玉飛び出るぞ。祭り中なんて危ない奴らがうようよいるかんな」

「うん。……でも恋人さんとは行かないの?」

「恋人じゃねえって。どのみちあいつは仕事。稼ぎ時だから」

「そうなの? 働き者なんだね」


 複雑な気分だけど……。

 恋人らしき人には申し訳ないけれど……。

 だけどすごく嬉しい。高額の料金を払おうが、私にとってはデートだ。顔がにやけてしまう。

「へへっ。楽しみ」


 頭にポンとリヒターの手が乗せられた。

「……さっきは悪かった」

「え?」

 じゃあな、と言ってリヒターは去って行った行った。

 珍しいことだ。いつも私が見えなくなるまで周囲を見ていてくれている。貰った料金分の仕事はするぜと言って。


 もしかして、行きのことを気にしているのかもしれない。

 きっとお詫びのつもりで秋祭りの護衛を申し出てくれたんだ。



 リヒターてば。本当にお人好しだ。


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