15・3寄り道
孤児院での時間を楽しみながらも、私は浮き足だっていた。子供たちにも、今日はいつもより楽しそうだねと言われてしまった。
だってさ。バルに行けるし。リヒターから声をかけてもらえたし。例え別料金が目当てでも例え仕事のつもりでも、気分は上がっちゃうよ。
……なんだかこれじゃ、孤児院に来るのが目的なのか、リヒターに護衛をしてもらうのが目的なのか、わからないや。
◇◇
時間が来て、いつものように参列席で寝ているリヒターを起こしに行く。
毎回、声を掛ける前に起き上がってしまうけど、その僅かな隙に彼の頭近くにしゃがみこんで、形良い鼻を観察するのが私の楽しみ。
リヒターの鼻は、よくよく見ると肌もきれい。色白で染みも吹き出物もない。皮が厚くてごつごつして傷がある手とは、別の人の部位みたいだ。
私の気配に気づいて起き上がるリヒター。
「……なんだよ」
このかすれ声も好き。
「いつも器用だよね。よく落ちない」
「どこでも寝られるんだよ。品良いお育ちじゃねえからな」
「特技だね」
「……ちげえと思うぞ」
呆れた声音も好き。
「……お前、今日はいつもに増して変だな。ニヤニヤしすぎ」
「へへっ」
「単純な奴」
「扱いやすくて楽でしょ?」
「どこがだ! 毎回毎回しょんぼりしてたり、ぶっ飛んだ相談ふっかけてきたりしやがって」
「えへへ」
「『えへへ』じゃねえ。人を都合良く使いすぎだ」
「感謝してるよ。今日は全部ごちそうするから」
そうかいという言葉とため息を吐き出して、リヒターは立ち上がった。
「……呆れてる?」
リヒターの呆れ声は好きだけど。本当に呆れられてしまうのは嫌だ。
「当たり前だろうが」
手が伸びてきて、拳固で肩を小突かれた。
「こんな公爵令嬢、見たことねえよ」
その声は優しくて、ほっとした。
◇◇
バルは前から気になっていた所にした。リヒターお薦め店を尋ねたら、裏町だからダメと断られてしまった。さすがに私も裏町は怖いから諦めるしかない。
ドキドキしながら白葡萄ジュースとサンドイッチを頼み、リヒターはお酒を注文し、お支払いをしようとしたら何故かリヒターが払ってくれた。
バルで女性に払わせるのは粋じゃないんだって。
「勉強になるなあ」
と言えば
「お前が世間知らずなだけだろ」
と返された。それから
「後で別料金に上乗せしろよ」
ときっちり請求も。
「うん。……リヒターはお酒だけでいいの?」
「ああ。食いもんは食事のときしか食わねえ」
「だからスタイルがいいんだ」
「お前はデブりそうだな」
「……気をつける」
リヒターは笑いながら顔を覆うストールを無造作に引き下げた。
……やっぱり口元は形良い。これはそれなりの美男に違いない。
グラスを口に運ぶとリヒターは、まるで水かのようにごくごくと飲んだ。
お酒にかなり強いとみた。
今日はまた彼の新しい一面を知ったぞ。ラッキーだなと思いながらサンドイッチにかぶりつく。
「美味しい!」
「ここのは絶品だぜ、嬢ちゃん」
隣の見知らぬおじさんに声をかけられた。
「本当だね。これは全種類制覇しないといけないね」
「……おい」横からうんざり声。
「できたらいいな」
渾身の力を振り絞って、可愛らしい顔を作ってリヒターを見上げる。
どうだ、おねだり笑顔だ。
だけど返ってきた言葉は……。
「……好きな男を誘ったらどうだ」
もう誘ってるよ。
とは言えない。代わりの言葉を吐き出す。
「一緒に来れたら素敵だよね」
慣れないおねだりをしても、ダメか。
へへっと笑い、泣きそうな顔をごまかすために、さっきよりも大きな口を開けてサンドイッチにかぶりついた。




